第21話 風邪と夢と姫様と①

「ゴホッゴホッ!」

「三十八度一分。おそらく風邪かと思われます」


 色々と思う事があった観光から帰ってきて、一週間が経ったある日。

 咳の他に悪寒を感じたので忍野さんに相談したところ、風邪だと診断された。

 家に居た頃よりは健康的に暮らしていると思うけど、それでも引く時は引くらしい。


「今日はベットで横になっていた方がよろしいかと。医師も呼びますが屋敷に呼ぶには時間がかかります。申し訳ありませんが今は市販薬で我慢してもらうしかありません」

「ゴホッ! だ、大丈夫。薬飲んで寝れば治るよ、きっと」


 無理して笑顔を作るが、忍野さんは表情は厳しい。


「いけません。聖さまには一刻も早く確実に治してもらわなければ。本来であれば今すぐにでも病院へと向かいたいところなのですから」

「い、いや。大げさな」

「大げさではありません。小さな病が大きな病の前兆である事はよくあります。早期発見が現代医療を支えていると言っても過言ではないのです」

「は、はい」


 あまりの剣幕に押されてしまい、思わず頷いたを見てようやく忍野さんは安堵した表情を見せてくれた。


「とは言え、医師が来るのも午後以降になるでしょう。それまではどうか無理をなさらぬよう」

「分かっているって。あっ、忍野さん! ゴホッ」

「何かご入用ですか?」

「そうじゃないけど。……風邪の事、出来れば姫様たちには言わないで欲しいんだけど」

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「え?」

「病気をうつしたくない、というならば部屋に入れないようにすれば良い事です。何か知られたくない理由でも?」

「そ、それは……」


 観光をしたあの日以来、姫様たちとは着かず離れずの距離を意識してきた。

 けど弱っているこの姿を見られたら、何かが変わりそうな気がしてならなかったのだ。

 という本音を言う訳もいかないので、建前としての理由を口にする。


「ひ、姫様たちに余計な心配させる訳にもいかないから。ただそれだけだよ」

「そうですか。自分はてっきり弱っている姿を見られたくないからかと」

「は、はは」


 まさにドンピシャに当ててくる忍野さんに乾いた笑みを見せながら、ベットに横になる。

 会話を打ち切りたいのもあったが、そろそろ本気で辛くなってきたのだ。


「……承知いたしました。では聖さま、薬をお持ちしますので」

「よろしく。ゴホッ!」


 扉が閉められる音を聞いて一人きりになった部屋の中で、咳を繰り返す。

 風邪のせいか若干心細い気もするけれど、寝ればそれも吹き飛ぶと思って目をつぶる。

 幸いにも眠気はすぐに来て、意識は段々と薄くなっていた。


・・・・・・・・・・・


「おーい」


 夢を見ていた。

 俺に勇者の息子なんて肩書きなくて、普通の生活を送っている夢を。


「おーいってば!」


 それは俺が求めていた理想。

 異世界とか勇者とか、縁遠い話と友人と笑い合っている世界。

 そんな可能性を最初の頃はずっと考えていたハズなのに。


「完全に寝ちゃってるよ。どうしようか?」


 何時からだろう?

 そんな想像を考えなくなったのは。

 何時からだろう?

 姫様たちと暮らすのが、楽しく思えてきたのは。

 ……彼女たちは勇者の血筋を残すのが目的だと、知っているはずなのに。


「そうだ! 折角だし口移ししてみようかな? え? 病気がうつる? 大丈夫! 私って小さい時から病気になった事ないし!」


 そもそも一緒に暮らしている屋敷そのものが、その為の舞台。

 そこから逃れようとしていたハズなのだ。


「そうと決めたら……お薬を拝借してっと」


 だから気のせいなのだ。

 この夢が、姫様たちが側にいないという未来が。


 つまらないと思っただなんて、絶対に


「無い!」

「うわっ! 起きちゃった!?」

「あれ?」


 考えを振り払うように、ベットから跳ね起きると薬と水の入ったコップを乗せたお盆を持った忍野さん。

 だけではなく、何故かエリまで変なポーズを取ったまま部屋に居た。

 ……何で?


「説明させて頂きます。薬を用意していた際、エイリー王女が通りがかりまして。事情を説明したところ、付いていくとおしゃったので」

「いや、さっき風邪の事は言わないって頼まなかった?」

「確かにおしゃいましたね」

「なんで言っちゃってるの?」

「風邪とは言ってはおりません。病気にかかったとは言いましたが」

「そんなトンチじゃないんだから」


 風邪も相まって疲れてきたので、この件には触れない事にする。

 もう来てしまった以上はしょうがないし。


「で? 何でそんなポーズで固まってるの?」

「な、何でもないよ!? あ、あはは」


 エリにしては微妙な笑いを不審には思ったが、頭も重いためこれ以上考えるのを止める。


「まあいいか。それよりエリ、病気がうつるから出た方がいいですよ」

「そうだね。聖くんに薬を飲ませたら出る事にするよ」

「いや、別にそんなところ見なくても……。飲ませたら?」

「ではエイリー王女。お願いします」


 忍野さんはそう言うと、お盆をエリに渡して一歩下がる。

 対してエリは、嬉しそうに受け取るとベットに近づいてきた。


「はい、お口開けて?」

「い、いや。そんな小さな子じゃないんだから、一人で飲めますよ!」

「それじゃあ駄目だよ! 若い男の子が病気になったら、同じぐらいの女の子が看病するのが定番だって聞いたよ!」

「どこ情報!?」

「いいからお口開けて?」


 どうやらエリは退く気はないらしい。

 忍野さんも完全に傍観者になっているし、こっちとしても薬は早く飲みたい。

 仕方なく口を開けると、エリは待ってましたとばかりに錠剤を放り込む。

 そしてコップを口元まで運ぶと、水をゆっくりと流していく。


「飲みましたよ」

「よし! 長居するのも悪いし、私は出てくね」


 満足したのかやっと部屋を出ていくエリの後ろ姿を見ていると、扉のところで急に振り返って衝撃的な発言を置いて行く。


「そうだ。聖くんが病気だって事はもう皆に知らせておいたからね」

「……はい?」

「みんな心配してたから、お見舞いしに来ると思うよ。じゃあお大事に!」

「……」


 黙ったままの忍野さんと、何も言えなくなっている俺。

 二人きりの静かな状況で、ようやく俺は意味のある言葉を口に出せた。


「何で?」


 頭がクラクラするのは、決して病気だけの所為ではないと思ったのだった。

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