幕間 新人メイドC

 私の名前はC子、オーテクから来た姫様たちのお世話をするのがお仕事の四十代。

 ちなみに夫は単身赴任中。


「ふぅ」


 この屋敷にお勤めしてから、それなりの日時が経過しました。

 家事には慣れているつもりでしたが、本格的となるとやはり忙しいものです。

 屋敷の窓を拭き終え、腰をトントンと叩いて喝を入れます。


「歳は取りたくないものね」


 メイド長である忍野さんの年齢は知らないけれど、少なくとも私より上って事はないはず。

 そうなると自然に、この屋敷内では私が年長という事になる。

 そこに不満はないけれど、どうしても若い子に対する暗い気持ちは芽生えてしまう。

 いくら若く見えると言っても、押し寄せてくる老化という波は嫌でも押し寄せてくるのだから。

 それに加えてA子ちゃんやB子ちゃんも含め、綺麗可愛い子が揃っている事がそれを加速させる。


「嫌ね本当に」


 次の掃除場所に移動しながら、自分自身にダメだしをする。

 今の気持ちのように重いバケツを運びながら、そんな事を考えてたからかしら。

 曲がり角から現れた人に気づかなかったのは。


「きゃぁ!?」

「うお!?」


 まるで物語みたいに衝突した私たちは、盛大にバケツに入っていた水を被ってしまいました。


「大丈夫ですか!?」


 自分の身を心配するよりも、先にぶつかった方の心配を優先します。

 そこには純粋に心配だったという事もありますけど、失礼をして仕事をクビにされる恐怖もありました。


「だ、大丈夫です。こっちこそすみません」


 びしょ濡れになりながらも気を使ってくれたのは、この屋敷の中で唯一の男の子。

 一時期社会を騒がした有名人の飛鳥剣の息子さん、聖くん。

 どうしてこの屋敷に住んでいるのかは分からないけれど、失礼をしてはいけない相手という意味ではお姫様たちと変わらない。


「申し訳ございません! すぐにお召し物を!」

「本当に大丈夫ですって。俺の部屋はすぐ側ですし」


 そう言って自分のお部屋に戻ろうとする聖くん。

 だけど何故か立ち止まって、私を見ている。


「あの、やはり何か?」

「よく見たらC子さんも濡れてるじゃないですか。タオルぐらいはあるんで部屋に来てください」

「い、いえ! そんな、お気遣い!」


 申し訳ない気持ちもあったけれど、厳重にメイド長から聖くんのお部屋には入ってはいけないと言われてる。

 服を濡らしただけでなく部屋に入ったりしたら、本当にクビになるかも知れない。

 けれど肉体の方は我慢できないみたいで、思わずクシャミをしてしまう。


「風邪でも引いたら大変ですよ。遠慮しないで」

「で、では少しだけ」


 非常事態という事で許してもらえるかも知れないと言い訳しながら、連れられるままに聖くんの部屋に入ります。

 中は想像よりも整頓されていて、あまり男の子の部屋という感じはしませんでした。


「タオルは……あった」


 箪笥の中からタオルを取り一枚とって渡してくれる聖くんに感謝しながら、濡れてしまったメイド服を拭いていきます。


「うわ~。こりゃ着替えた方がいいな」


 と言いながら聖くんは、躊躇する事なくシャツを脱ぎ始めました。

 本来なら気にしないか、注意すべき事でしょう。

 ですが私は思わず一回り以上も歳が違う少年の上半身を、ジロジロと眺めてしまいました。


(思ったよりも体格がいいのね)


 鍛えている事は知っていたけれど、改めて見ると薄っすらとは言え筋肉がついた体を見ていると何かが芽生えそうになる。


「……」


 そう言えば夫も昔はスポーツマンだったけれど、今は運動もせず小太りになってわね。

 けどやっぱり付き合うならこの位の筋肉があった方が


「……あの~。流石に見られてると恥ずかしいと言うか」

「あ」


 聖くんの困った声を聞いて、ようやく自分が思ってたよりガン見してしまった事に気づきました。


「もももももも申し訳ございませんでした!!」


 急いで離れて頭を下げる。


「まあ別に気にはしてないですよ」


 聖くんは苦笑をしながら別のシャツを着て許してくれました。

 けれど私の心は罪悪感で一杯です。

 何せ見るだけでは飽き足らず、変な気持ちになるだなんて。

 メイドとしてでなく、人として最低な行為でした。


「本当に申し訳ありませんでした。気持ち悪かったですよね、こんな四十代のオバサンに見られるなんて」

「いや、本当に気にしないでください。それにC子さんはまだまだ若いですよ」

「フフ、お世事でも嬉しいわ」


 フォローしてくれている聖くんにそう言いながら笑顔を向ける。

 けれど


「いや本当ですって」


 彼の次の言葉は


「結婚してなかったら是非お付き合いしたいな~。なんて」


 私の心に深く刺さった。


「……本当に?」

「え?」

「本当にそう思ってくれる?」


 自分でも信じられないぐらい低い声で聖くんに質問する。

 長い間一人で居た事で枯らしていた心の何かが、いま目覚めようとしていた。


「こ、怖いですよC子さん?」

「大丈夫ですよ。何も心配する事はありません。……天井のシミでも数えてください」

「忍野さ~ん!! ヘル~プ!!」


 ……この後の事も語らなければいけませんね。

 いつの間にか現れたメイド長によって、私は部屋から引きずりだされました。

 クビにされませんでしたが、厳重注意と減給を言い渡され部屋に近づかないよう念を押されました。


 けれど、何時かまた訪れるかも知れない。

 そんな気持ちが消えずにいたのでした。

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