第7話 有意義な時間

「ふっ! ふっ!」

「おお……」


 マリアとの会話……というか質問攻めを無事に終えた俺に会いに来たのはフェルニゲッシュさんだった。


「話す前に剣舞を見て欲しい」


 との事で、フェルニゲッシュさんは持ってきた剣。

 もちろん刃はついてない練習用で剣舞を見せてくれた。

 武術を習った事はないけれど、それでもフェルニゲッシュさんが見せてくれている動きは無駄がない美しいものだと感じた。


「ふぅ。……今の剣舞を見てどう思った?」

「え?」

「考える事はない。感じたままの事を話せばいい」


 武人扱いしろと言った相手に正直に言うのはどうかと思ったが、考えても仕方ないのでありのままを言う。


「その……美しいと思いました」

「ふむ」


 フェルニゲッシュさんはそう頷くと、イスに座って俺をジッと見る。


「自分は王女である前に武人。それは前に言った事ではあるが、それでも王女である事に変わりはない。故に美しいなど何だと言う輩には慣れてはいるが……」

「が?」

「貴殿の言葉には媚びる意思も嘲りの意思もない。心の底からの言葉だと感じた」

「媚びてもいい事なんて無いですからね。それに力も全然違うのに馬鹿になんて出来ませんよ」

「だが女だと言うだけで嘲る者がいるのも事実。そう言う意味では貴殿を夫とする事に異論はない。……が」


 イスを一気に俺の方に引き寄せて、フェルニゲッシュさんは顔をぶつける寸前まで近づける。


「!!」

「よく覚えておけ。貴殿が我々を見極めているように、自分も貴殿を見極めている。もしそこに嘲りの気持ちがあるのであれば、相応の報復をさせてもらうので覚悟するように」

「わ、分かりました」


 至近距離で脅しとも取れる言葉を吐かれて、首を縦に振りながらそう答える。

 フェルニゲッシュさんはそれに満足したのかイスを最初の位置まで下げると、改めて座り直す。


「まあ、貴殿の態度を見ていればその心配は無いと思うがな」

「それでも、言ってくれてありがとうございます。知らない内に、って事もあるんで」

「その心意気やよし。さて、改めて話でもするか。元々そういう企画であったからな。何か聞きたい事でもあるか?」

「え、え~と。何か趣味あるんですか?」


 咄嗟だったから当たり障りのない質問になってしまったが、それでもフェルニゲッシュさんは真剣に考えながら答えてくれた。


「やはり体を鍛える事だな。やはり鍛えた分だけ強くなると言うのは分かりやすくていい」

「なるほど」


 らしいと言える趣味に俺が納得していると、フェルニゲッシュさんはもう一つ話してくれた。


「後は……甘い物を食べる事ぐらいか? 趣味と言えるかは微妙だが」

「……」

「? 何だその顔は、意外だったか?」

「まあ正直。甘いものなんて筋肉に悪いって言いそうなタイプかと」

「たまに食べる分にはいいさ。それに糖分も立派な栄養だとも。何なら自分で作ったりするぞ?」


 そう言うフェルニゲッシュさんはどこか自慢げであった。

 その態度に思わず笑ってしまう。


「どうした?」

「いえ、可愛らしいところもあるんだなっと」

「可愛い……らしい?」


 フェルニゲッシュさんが言葉に詰まるのを見て、俺は思わず血の気が引く。

 武人扱いしろと言っている相手に、可愛らしいというのは侮辱に当たるのかもしれない。


「いや、その! 決して侮辱の意味があった訳じゃ!」

「い、いや。そうじゃない。そうじゃないんだが……その」


 珍しくフェルニゲッシュさんが言葉に詰まっていると、頬を掻きながら照れた様子で答えてくれた。


「綺麗だの美しいだのは言われ馴れてるが……可愛いらしいは、その、照れてしまう」


 その後、フェルニゲッシュさんが黙り込んでしまったために時間切れ。

 妙な空気を残して部屋を去っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……」

「……」


 そして、最後の一人であるマナナン王女の番が来た訳なのだが。


「……」

「……」


 来た途端に本を読み始めたので声もかけられない状況が、既に数分続いていた。


(どうしよう)


 今までは形はどうであれ向こうから積極的に話しかけてくれていたから、話題にも困らなかった。

 けれどマナナン王女には話しかける気は無いのは明白で、このままだと無言に終わってしまう。

 そんな事を考えていると、マナナン王女が本から顔を上げる事もなく口を開いた。


「質問しないんですか?」

「え? い、いや。読書の邪魔かなっと」

「別に構いませんよ。ご自由にどうぞ」


 淡々と言うマナナン王女に引っかかる所はあったけれど、このまま無言で終わるのもどうかと思ったので質問してみる。


「えーとじゃあ。何の本をお読みになっているんですか?」

「魔法技術理論の応用です。オーテクから持って来たものです」

「な、なるほど」

「……」

「……」


 正直言って気まずい。

 確かに初めて会った時から余り話すタイプでは無いとは思っていたけれど、ここまでとは。


「じゃあマナナン王女は今回の件について、どう思っています?」

「……どう、とは?」

「いや、話を聞いた時に嫌じゃなかった……とか」

「その質問は無意味だと思われます」

「? どうして?」

「これは政略結婚です。私の意思がどうであろうと関係ありません。大事なのはこの結婚で利益を得れるかどうかです」

「……」


 言葉が出なかった。

 今まで俺は好きか嫌いか、その二つだけで考えていた。

 けれどマナナン王女はそれらを超越した視点で、この結婚について考えていた。

 住んでいる世界が違う。

 当たり前の事実だと言うのに、今更それを思い知らされた。


(……)


 それでも。


「確かに、そうなのかも知れません」

「?」


 そう、それでも。

 言い返したい事は、ある。


「これは政略結婚で、個人の意思なんて介入する余地なんて無いのかも知れない」

「……それが?」

「けれどそれは俺がアナタの意思を蔑ろにしていい理由にはならない。俺は一個人として、アナタがどう思っているかを知りたいんです」

「……意味の無い事です」


 本に栞を挟んで閉じると、ようやくマナナン王女は俺の目を見て話し始める。


「知ったところで意味はありません。それに何の意味があると言うのですか?」

「例え意味がなくても、やった事に価値を見出せる事だってあります。……意味が無くては、何もやらなくてもいいんですか?」

「……」


 マナナン王女は黙り込むと、ジッと俺の目を見る。

 値踏みするかのようなその視線に、俺は顔を逸らさない。


「詭弁、ですね」

「……」

「ですが、討論の議題ぐらいにはなるかも知れませんね。話を続けましょう」

「是非」


 それから時間が終わるまで、俺とマナナン王女は様々な事を話した。

 そして終わり際。


「それなりに有意義な時間でした。……また話をしましょう」


 そう言ってくれた事が、とても嬉しかった。

 結婚する気は無いが、それでも三年間暮らすのだ。

 わだかまりは無い方がいい。


「聖さま、如何でしたか?」


 マナナン王女と入れ替わりに入ってきた忍野さんに、俺は笑顔でこう返す。


「うん。とてもいい時間だった」


 この屋敷に来て数日。

 ようやく少し落ち着けた気がした。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 フェルニゲッシュとマナナンがメインの回でしたが、如何でしたか?

 出来るだけ二人の魅力が引き立つよう書いたつもりです。

 次回の内容はまだ未定ですが、ご期待ください。

 では皆さま、また次回にてお会いしましょう!

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