(6)

「『無垢だから』ってどういうこと?」

「…………『男女の関係』に疎い、ということだよ」

「わ、わたしアルトリウスとは恋愛結婚しているんだから、『疎い』ってことはないよ!」


 ニニリナは思わず反論の声を上げる。


 それに対しアルトリウスは再び目を泳がせたあと、ため息を押し殺したような小さな声を出してから、ニニリナに向き直った。


「……君が好きなんだ。好きだから当然……いずれ閨も共にしたいと思っている。でも、それは君がもう少し、なんというか……成長して、きちんと知識を身につけてからにしたいんだ」


 アルトリウスは一度言葉を切り、それから再び口を開いた。


「私は君を傷つけたいわけじゃない」

「……わたし、もうじゅうぶん傷ついた。だれでもよかったなんて……」

「それは、本当に……謝罪してもし足りないと思っている。でも、今はほかでもない君が好きなんだ、本当に。君のお母上の前で誓った愛は嘘じゃない。愛しているからこそ、すぐに……その、『深い男女の関係』に至って、君を傷つけたくないというか……」


 歯切れの悪いアルトリウスの弁に対し、ニニリナはまなじりに涙を浮かべつつも、だんだんとアルトリウスの態度に腹が立ってきて、子供っぽく頬を膨らませた。


「アルトリウスは私のこと、愛しているんだよね?」

「もちろん」

「じゃあ閨をいっしょにして! それで子供を作ろう!」

「それは…………できない」

「……なんで?」


 ニニリナの怒りは情緒不安定に引っ込んで、今度は悲しみがまた押し寄せてきた。


「……君が、人間の営みを理解していないから……」

「……ええ? そんなことないよ。アルトリウスにたくさん教えてもらったし、今も勉強中だし……」

「……それじゃあニニリナ。人間の子供は……どうやったら作れるのか知っているのかい?」

「もちろん」


 ニニリナは「なぜそんな簡単なことを聞くのだろう」と思いながら、胸を張って回答する。


「女性器に男性器を挿入するとできる」

「……まあ、おしべめしべのレベルよりはましかな……」


 ニニリナは、アルトリウスがため息をついたのを見たが、己の回答には自信満々だったので、まったくその理由がわからなかった。


 しかしアルトリウスには、ニニリナは書物に書かれている言葉を額面通りに受け取って、そのまま繰り返しているだけだということが、丸わかりだった。


「ニニリナ」

「うん」

「閨を共にするのはもう少し『男女の関係』について学んでからにしよう」

「なんで?!」

「……私も、欲のあるひとりの男だということだよ」

「?」


 結局、ニニリナはなにもかもが理解できなかった。


 理解できなかったが、それでアルトリウスのことを嫌いになったり、ましてやあきらめるなどといった選択肢を取るなどということはなかった。


 すなわち、ニニリナがぶち上げた「アルトリウスに惚れてもらおう大作戦」はしばらくのあいだ継続することになり――その勘所をことごとく外した数々の作戦が、アルトリウスをおどろかせ続けることになるのは、また別のお話。

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