封印解除
「とりあえず、その場所までご案内します」
そう言って、一つ目小僧は山の中腹辺りにある祠へ俺達を案内した。
大量の御札が貼られたソレを前に、俺達は『なんだ、まだ封印されたままだったのか』と考える。
なら、そこまで急ぐ必要はなさそうだが……結界の状態を見て、事態の深刻さに気づく。
だって、本当にボロボロだったから。
「この封印、大分古いな。軽く数百年は経っているんじゃないか?」
『今までよく持ったな』と感心し、俺はじっと祠を眺める。
僅かに漏れ出た妖の気配を感じ取りながら、どう対処するか悩んでいると、悟史が僅かに身を乗り出した。
「封印は土の気を持つ僕の得意分野だし、やろうか?」
『ちょうど御札も持ってきているよ』と述べる彼に、俺は小さく
「重ね掛けという意味なら、却下だ。さっきも言ったが、この封印は古すぎて……詳細を上手く掴めない」
文字を読めないのはもちろんのこと、どのような儀式や道具を用いたのかも分からない状態。
何から、どう手をつければいいのか皆目見当もつかなかった。
「下手に上書きすれば、逆に封印を弱めたり周囲に悪影響を与えたりするかもしれない。だから、ここは潔く────封印を解除するしかない。再封印するにしろ消滅させるにしろ、話はそれからだ」
『確実に無力化を狙うなら、コレしかない』と話し、俺は四枚の御札を取り出す。
ソレを東西南北の方角に沿って配置し、石などで固定した。
ちなみにその中央には、例の祠がある。
「そういう訳で、結界よろしく」
封印を解いた後、逃げられては堪らないので予め退路を塞いでおくよう指示した。
すると、悟史は二つ返事で了承し、早速結界を展開する。
子狸の一件で大分コツを掴んだのか、とてもスムーズだった。
『出来たよ〜』と述べる彼を前に、俺は結界の中へ入る。
「そんじゃ、まあ……封印を解除するか」
誰に言うでもなくそう呟くと、俺はベリッと御札を剥がした。
とにかく、手当り次第たくさん。
『暑いから、早く出てこい』と願う中、突然祠の扉が開き────赤黒い肌の子供……いや、鬼が姿を現した。
あっ……これ、超ヤバいやつだ。
そこら辺の悪霊よりずっと強い気配に、俺は頬を引き攣らせる。
「マジかよ、こんな大物が来るとか聞いてねぇ……」
『気軽に請け負うんじゃなかった』と後悔しつつ、俺は懐からミニボトルと御札を取り出した。
「悟史、結界をもう三枚くらい張っとけ。あと、気を引き締めておけ。こいつは神様と別のベクトルで、やべぇーから」
「おっけー」
相変わらず返事は軽いものの、悟史も悟史で相手の強さを察しているのかいつもより表情が硬かった。
『子狸より、全然凄そうだなぁ』と呟く彼を他所に、鬼は異様なまでに口角を上げる。
「私、何もしません。しません。しません。しません。しません。しません。しません。しません。しません。しません。しません。しません……」
悪霊寄りとはいえ、一応妖なので理性と知性を保っているのか、鬼は無害アピールをしてくる。
が、全くもって信用ならない。
何より────
「────こっちは依頼で来てたんだ、お前の意思なんか知るかよ」
『説得なんてするだけ無駄だ』と宣言し、俺は御札を投げつけた。
が、当然の如く躱される。
チッ……!悪霊寄りの妖って、やっぱ厄介だな!
考える頭を持っている分、色々やりにくい!
力任せな戦い方じゃ太刀打ち出来ない相手に、俺は眉を顰めた。
『大人しくやられておけよ!』と憤る中、鬼は祠の上に載る。
「私、ちゃんと五百年反省しました。だから、もう
「だから、俺に言われても困るっつーの。てか────」
そこで一度言葉を切り、俺はミニボトルの蓋を開けた。
「────ソレは反省したって
『邪悪極まりないないわ』と言い放ち、俺は中身の酒を派手にぶちまける。
と同時に、鬼は祠から飛び降りた。
でも、量が量だけに避け切れなかったのか右肩辺りに酒を被る。
そのせいでお清めの効果を受けてしまい、小さく呻いた。
浄化と違って痛みはない筈だが、自分の本質を塗り替えられていく感覚は不快のようだ。
「悟史、援護しろ」
「オーケー」
スーツの内ポケットから御札を複数取り出す悟史は、慣れた手つきで結界を増やしていく。
それも、外じゃなくて内に。
恐らく、鬼の行動範囲を狭めていく魂胆なのだろう。
『なかなか、やるじゃねぇーか』と考えつつ、俺は今度こそ御札を鬼に命中させた。
と同時に、右手の人差し指と中指を立てる。
「我は水の加護を授かりし、冬月の遣い。命の源を司る者。全てを清め、癒し、塗り替える力を今ここに────彼の者に課せられた咎を、毒を、重りを全て改めたまえ」
そう言うが早いか、俺は即座に九字を切った。
最後のダメ押しとして。
『これでダメなら、一旦街に降りて日本酒を山ほど買ってこよう』と思案する中、鬼はゆっくりと口角を下げていく。
それに合わせて、赤黒い体は普通の肌色へ変化していき、頭に生えた角も引っ込んだ。
「どうやら、出直す必要はなさそうだな」
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