子狸の抵抗

「なあ、今更聞くんだけど────子狸は生け捕りか?それとも、除霊?」


 まさか、騒ぎの元凶が妖だとは思ってなかったので、そこら辺を打ち合わせしておらず……俺はリンの意向を確認する。

一応、依頼者は彼だから。


「そうだね、生け捕りが一番望ましいかな。除霊は極力避けたい。子狸には、色々聞かないといけないことがあるからね。一体、誰から────この儀式方法を伝授されたのか、とか」


 明らかに人為的……プロの祓い屋から入れ知恵されたとしか思えない祭壇の造りなどに、リンは目を光らせた。

『妖単体で思いつく儀式方法じゃない』と確信している様子の彼に、俺は賛同する。


「まず、儀式で人間の霊力を取り込むって考え自体が妖から掛け離れているもんな」


「えっ?そうなの?」


 思わずといった様子で聞き返してくる悟史に、俺は大きく頷く。


「ああ。普通、妖などのこの世ならざる者達は対象に取り憑いて霊力を吸い上げるんだ。こういう回りくどい方法は、基本取らない」


「まあ、プロの祓い屋なら憑依対策を取っているから敢えてこうしたという可能性はあるけどね。でも、やっぱり違和感はあるかな」


「ふ〜ん?」


 『これって、イレギュラーなんだ』と呟き、悟史はまじまじと祭壇を眺めた。

御札やお供え物で溢れ返ったソレを前に、彼はまたもや糸状の炎を踏みつける。

『懲りないな』と呆れながら。


「くっ……!こうなったら、貴様らの精神を操って……!」


「出来るのかい?そんなこと」


 どこか小馬鹿にしたような態度で、リンは子狸を見つめる。

そういう精神操作は基本、心を開いてくれないと出来ないため。

あとは鬱を発症するほど、弱っている時とか。


「いくら神になりかけている存在と言えど、人の心を侵すのは容易じゃない。せいぜい、幻覚を見せて同士討ちさせるのが限界だろう?まあ、そんな罠に引っ掛かるほどヤワじゃないけど」


 『こっちも鍛えているからね』と言い、リンは手首から流れた血を指先につけた。

かと思えば、自身の腕にお経の一節を書き記す。

恐らく、万が一のために術を跳ね返す準備でもしているのだろう。


「今、降参するなら用済みになっても命までは取らない。それ相応の罰は受けてもらうけど」


「……」


 子狸は『そんな話、聞く価値もない』とでも言うように押し黙り、ひたすら毛を逆立たせる。

戦闘態勢を崩さない奴の前で、リンはスッと目を細めた。


「そう……あくまで、抵抗するんだね。なら、しょうがない────セイ、封印を」


「へいへい」


 軽く返事する俺は数珠を親指と人差し指の間に引っ掛け、お経を唱えようとする────が、数珠の飛び散りにより中断。

やはりと言うべきか、ただの数珠で子狸の封印を行うのは難しいようだ。


 一応、相手は神になりかけている妖だからな。

それに霊力もまだかなりある。

封印へ持ち込むのは、時期尚早と言えよう。


「もっと弱らせてからの方が、よくね?」


「いや、このまま押し切ろう。あまり時間を掛けたくない」


 もうすぐ夕暮れであることを遠回しに指摘し、リンは『夜になる前に片をつけたい』と主張した。

恐らく、あちらの力が底上げされることを恐れているのだろう。


「幸い、儀式の道具は揃っているし、封印の媒介となりそうなものもある。陣で囲い込むことさえ出来れば、行ける筈だよ」


「ったく……キチッと型にはまった封印は面倒だから嫌なんだが、しょうがないな────悟史、手を貸せ。土の気を持つお前の出番だ」


 『封印得意だろ』と言い、俺は足元にあったロウソク立てを手に取る。

きちんと火が灯っていることを確認しながら、悟史に目を向けた。


「お膳立てはこっちでする。合図したら、この御札を使って封印しろ」


「了解」


 細かいことはよく分かっていない様子だが、悟史はすんなり首を縦に振った。

『呪文はこの前、教えてもらったやつでいいの?』と問う彼に、俺はコクリと頷く。


「リン、お前は子狸の牽制と誘導な。俺が陣を作る」


「分かった」


 懐から新たな御札を取り出しつつ、リンは意気揚々と子狸に駆け寄った。

その途端、あちらは炎を吹いて遠ざけようとする。

でも、炎を風で押し返され、接近を許してしまった。


「くっ……!」


 陽炎のようにゆらりと揺れて姿を消し、子狸は闇へ溶け込む。

正面切っての戦闘は分が悪い、と判断したようだ。

『そりゃあ、炎と風じゃな』と考えつつ、俺は祭壇へ駆け寄る。

その際、手に持ったロウソクの炎が勢いを増した。


「子狸の仕業か」


 到底ロウソクから出るとは思えない火力に、俺はスッと目を細める。

────と、ここでリンが服の中から笛を取り出した。

ネックレスのようにチェーンで繋がれたソレを口元に運び、彼は思い切り吹く。

が、俺達の耳には何も聞こえない。


 まあ、この世ならざる者である子狸は別だけどな。


「うぅ……!耳がぁ……!」


 対この世ならざる者の武器として作られた笛に、子狸はかなりダメージを受けている様子だった。

その証拠に、建物の軋みが少し落ち着いている。

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