物理
「────集落の奴らは信用するな」
そろそろ民家が見えてきたので声のトーンを落として、そう言った。
すると、悟史は僅かに目を見開きニヤリと笑う。
「理由は?」
「風来家の人間の捜索にあまり協力的じゃないこと。それから、
『どうせ、直ぐに分かることだし』と述べ、俺は集落の入り口へ足を踏み入れた。
その途端、なんというか……熱気を顔面から浴びたような感覚が走る。
『なんだ?結界か?』と疑問に思う中、一番近くにあった建物から人が姿を現した。
四十代後半と思しき女性と五十代前半と思しき男性を前に、俺と悟史は顔を見合わせる。
と同時に、どちらからともなく頷き合った。
「どうも。俺達、風来家より依頼を委託されて来ました。小鳥遊です」
「弟子の氷室でーす」
『初めまして』とにこやかに振る舞うと、相手方は少しばかり表情を和らげた。
「祓い屋の方々ですね。こんな田舎までよく来てくれました」
「どうぞ、こちらへ。長時間の移動でお疲れでしょうから、今夜はゆっくり……」
「いえ、お気遣いなく。とりあえず、井戸の場所だけ教えてくれませんか?」
『さっさと確認して、お祓いしたいんですよ』と申し出る俺に、二人は一瞬表情を曇らせた。
が、直ぐに人の良さそうな笑みを浮かべて頷く。
「では、井戸までご案内します。付いてきてください」
「自分はちょっと集落の人達に、あなた方の到着を知らせてきます」
そう言うが早いか、五十代前半と思しき男性は一礼してこの場を去る。
集落単位で依頼を出したのだから、この行動は自然かもしれないが……俺の目には不審に映った。
『何か仕掛けてくるつもりか?』と思いつつ、女性の方について行く。
無論、悟史も連れて。
「な〜んか、怪しいね。具体的にどう、という訳ではないんだけどさ」
「同感だ。気を引き締めていけ」
小声で再度警戒を促し、俺はひたすら田んぼの
と同時に、確信した。
『こいつら、やっぱなんか企んでいるな』と。
真っ直ぐ突っ切ればいいところを、わざと右へ左へ曲がって遠回りしている。
多分、時間稼ぎだな。
男の方が集落の人達に俺らのことを伝えて、何か仕掛けるまでの。
恐らく、今までは『長時間の移動の疲れを癒す』という名目で家に上がってもらい、その時間を稼いでいたのだろう。
でも、俺が『直ぐにでも、井戸を見に行きたい』と言ったからこんなことをする羽目になった。
「ったく……ご苦労なことで」
自分にしか聞こえないほどの声量で嫌味を零し、俺はハッ!と乾いた笑みを零す。
────と、ここでようやく前を歩く女性が立ち止まった。
その先には、ちょっとした広場と御札の貼られた井戸が。
如何にもって、感じだな。
ホラー映画に出てきそうな風貌の井戸を前に、俺は『いよいよ、怪しくなってきた』と目を細める。
一瞬、このまま引き返そうかとも思ったが……全貌を掴めていない状態で、逃げ帰るのはリンに悪いため諦めた。
『最悪、報酬金額を減らされるし』と肩を竦めていると、女性がこちらを振り返る。
「あちらが問題の井戸です」
「そうですか。案内、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて『もう用済みだ』と告げ、俺は女性の横を通り過ぎる。
が、案の定彼女は
恐らく、まだ役目が残っているのだろう。
『まあ、大体予想はつくが』と考えつつ、俺は井戸へ近づいた。
「……やっぱ────何も感じねぇーな」
呆れ気味にそう呟くと、隣に居る悟史は少し目を見開く。
「てことは、あの依頼自体虚偽ってこと?」
「多分な。まあ、最初からおかしいとは思っていたんだけどよ。だって、そんなに昔の幽霊が今になって人間を襲うなんて不自然だろ?」
「飢饉やら間引きやらも、取ってつけたような理由だったしね。てか────」
そこで一度言葉を切り、悟史は勢いよく後ろを振り返った。
かと思えば、すぐそこまで来ていた女性を蹴り飛ばす。
「────ここまで敵意剥き出しだと、目的はお祓いじゃないって直ぐに分かるよ」
仰向けになる形で倒れた女性を見下ろし、悟史はヒラヒラとスタンガンを揺らす。
『ちなみにこれ、この人のものね』と述べ、奪ったことを仄めかした。
いつの間に……いや、それよりもこの集落にスタンガンなんて文明機器あったんだな。
『別の意味で恐ろしいわ』と思案する中────周囲の物陰から、ゾロゾロと人が姿を現す。
その中には、先程会った男性も居た。
『おいおい……待てよ、この展開って……』とたじろぐ俺を他所に、彼らはジリジリと距離を詰めてくる。
それも、無言で。
「壱成さ、一応聞くんだけど」
スーツの襟を引っ張りながら、悟史はふとこちらを振り返った。
────と、ここで最初に会った男性が襲い掛かってくる。俺に。
「
「むりぃぃぃぃいいいい!!!」
反射的にそう叫ぶと、悟史はヘラリと笑って男性を蹴り飛ばした。
「あっ、やっぱり?じゃあ、ちゃちゃっと片付けるから少し待っていて」
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