神上げの儀式
「ありがとうございます、小鳥遊さん。おかげで、踏ん切りがつきました────儀式の方をやることにします」
若干青ざめながらも、高宮二郎は覚悟を決めた。
『やり方を教えてください』と申し出る彼に、俺はコクリと頷いて手順を説明する。
そして、物資と共に戻ってきた悟史と簡易的な祭壇を建てた。
「本当にこんなんでいいの?」
日本酒の入ったグラスと御札が置かれただけの祭壇……もといダンボールに、悟史は苦笑を漏らす。
『ほぼ有り合わせで作っただけじゃん』と呆れる彼に、俺は小さく肩を竦めた。
「相手が何の神なのか分からないんだから、しょうがないだろ。第一、祭壇なんてしっかり作ろうと思ったら何日も掛かるし」
「だからって、さすがにダンボールはないでしょ」
「はっ?ダンボール、舐めてんのか?これは祭壇っぽく飾り立てられて、尚且つ簡単にお焚き上げも出来る便利グッズだぞ」
「いや、便利グッズって。まあ、確かに普通のテーブルや机だとお焚き上げは難しいだろうけど」
リビングの中央に置かれたガラステーブルを見やり、悟史は『うん、ダンボールの方がいいな』と納得する。
ヤクザの跡取りでも、ガラステーブルをお焚き上げするのはさすがに無理だと理解したようだ。
いそいそと和紙を折る彼の前で、俺は杉の木の枝を軽くカッターで整える。
────と、ここで奥の部屋に行っていた高宮二郎が戻ってきた。
「あの……本当に礼服でよろしかったんですか?」
仕事用のスーツよりずっと上等なジャケットを着こなし、高宮二郎は少し不安がる。
こんな現代っぽい服装でいいのか、と。
きっと、神の怒りを買いそうで怖いのだろう。
「ええ、だってさすがに神職の着ているような
「それは、まあ……そうですけど、浴衣や甚平くらいならありますよ」
「あー……和服で良ければいいって、訳じゃないんですよね。もちろん、相手の価値観に合わせようとするのは大事ですけど。でも、ここで一番大切なのは冠婚葬祭で着るようなキチッとした服装で臨むことなんですよ」
悟史の作成した
ぶっちゃけ、昔の普段着のような格好で挑んで神に『無礼なやつだ』と思われるよりかは、現代の礼服で挑んで『変なやつだ』と思われる方がマシだから。
まあ、そこら辺の価値観は神の歳や性格にもよるだろうが。
『でも、安牌は確実にこっち』と考えつつ、俺は即席
「という訳で、はいどうぞ」
「あっ、どうも」
神職がお祓いのときによく使っている
その場でサクッと作ったものだが、何となく粗末に扱っちゃいけないのは分かっているらしい。
緊張した面持ちで大幣を見下ろす彼に、俺は
「じゃあ、早速ではありますが────始めましょう」
と、声を掛けた。
なんだかんだ準備に時間を掛けてしまったため、日没までもうあまり余裕がないのだ。
縁切りの儀式までやるとなったことを考えたら、尚更。
『正味ギリだな』と夕焼け空を眺め、俺は配置につくよう促す。
すると、高宮二郎は打ち合わせ通り祭壇の前で正座した。
「えっと……では、まず神上げの儀式から行います」
そう一声掛けてから、高宮二郎は真っ直ぐ前を向く。
と同時に、大きく深呼吸した。
「天の宝珠を授かりし御霊よ、我が身に宿しその欠片謹んでお返し申す」
今回の儀式のために用意した言霊を述べ、高宮二郎は大幣を大きく振る。
その途端、周囲の空気は一気に重くなった。
恐らく、高宮二郎の体に入り込んだ神の力が反応しているのだろう。
『さて、あっちはどう出るか』と身構える中、高宮二郎は言葉を続ける。
「こちらの不手際故に礼儀を欠いたこと、心よりお詫びする。
何とか最後まで言い終わり、高宮二郎はより一層大きく大幣を振るった。
かと思えば、突然身動きを止めてある一点を凝視する。
釣られるように、俺と悟史も彼の視線の先を見ると────そこには、黒く変色した盃が。
「チッ……!やっぱ、そう簡単に帰ってくれないか!おい、今すぐ縁切りの儀式を始めろ!」
急いで御札を神上げの儀式バージョンから縁切りの儀式バージョンに貼り替え、俺は目で悟史に合図した。
すると、彼も慌てて盃に日本酒を足す。そりゃあ、もう溢れるほどに。
通常の神上げの儀式だと、盃はこんな風に黒くならない。
儀式を執り行う者の力量にもよるが、大抵見た目はそのままに味だけ無くなるか、物理的に無くなる。
というのも、神が酒を飲んで天に昇って行くから。
要するに、盃として捧げる酒はこちらへ来てもらった手間賃のようなものだ。
味はさすがに見ただけじゃ分からねぇーけど、少なくとも量は減ってない……!
多分、相手は帰る気0だ!むしろ、『こんな形で帰すなんて』と憤っている可能性もある!
「おい、聞いてんのか!?さっさとやれって、言っているんだ!」
呆然としたまま固まる高宮二郎を叱り飛ばし、俺は『体を乗っ取られていいのか!』と警告する。
そこでようやく、高宮二郎はハッと正気を取り戻した。
「す、すすすすすすす、すぐやります!」
慌てて大幣を床に置き、高宮二郎は両手の人差し指・中指・親指を突き合わせる形で印を結ぶ。
と同時に、少し目を伏せた。
「我が身に降り掛かる厄災、歓迎すべからざる者よ。貴方様との縁を断ち切ることを、ここに宣言する。これは警告でも嘆願でもなく、通告であり命令である。金輪際、我が身に近寄ることは……」
不自然なところで言葉を切り、高宮二郎は真っ青になった。
かと思えば、口から黒い液体を吐き出す。
ヘドロのように臭いソレを前に、彼はこちらに縋るような目を向けた。
『本当に大丈夫なのか?』とでも言うように。
「問題ない!それは恐らく、相手の最後の抵抗だ!本当に縁を切られそうで……いや、体から追い出されそうで焦ってんだよ!だから、続けろ!」
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