〈sequence 04 : いと高きところより〉
0.ある少女の目覚め(3)
ここに一人の少女がいる。
朝が来て、目を覚ましたばかりだ。
ぼんやりとした寝ぼけ
「…………あれ?」
辺りを見回している。
なにかがおかしい、とその少女の本能は感じた。
「ええと……?」
少し考えて、気のせいだろうと少女は結論した。同じように訪れる朝、同じように過ごされる毎日。小さな違和感にいちいちつきあってなどいられない。
「おねえちゃん? 大丈夫?」
部屋の入り口、年の離れた妹が心配そうにこちらを見ている。
「だいじょぶだいじょぶ、心配かけてごめんねぇ」
手を振って追い返して、
「…………うーん……」
壁にかかったカレンダーに目をやる。
今日は6月の5日。それはそうだろう。昨日は6月4日だったのだから当然だ。何ひとつおかしいところはない。
――昨日は、6月4日、だった? 本当に?
違和感がある。当たり前のはずのことが、当たり前ではないように思える。
「っく」
苦しい、と感じた。
心臓が、小さな痛みを訴えている。
いつものことではあるし、慣れてはいるけれど、それでも嬉しいものではない。ベッドを出て、机の上の薬袋から錠剤を取り出す。水差しの水で、二錠ほどを飲み下す。
――忘れてる、ような、気がする。
――大事なことを、いろいろと。
カレンダーを睨みつける。
昨日は6月4日。今日は6月5日。
その隙間に、何かがあったような気がする。とても重要なイベントが起きた、大事な時間が流れていたような気がしてならないのだ。
「…………」
頭を抱えていると、断片的なイメージが、ぼんやりと浮かんでくる。
交差点。転がるボール。走るバス。
二十代半ばほどの、あからさまに目線を周囲にさまよわせる、男性の顔。
その名前も知っている。確か、夢太郎。
いつ、どこで見た光景なのだろう。そして、どこで聞いた名前なのだろう。わからない。昨日、つまり6月4日ではないことは確かだ。どういうことか。
これは謎だ。それも、正答の有無どころか、答えを追う意味があるのかすらもわからない、純正の謎だ。無視するのが一番いいのは間違いないのだろうけれど。
「よし」
決めた。
この寂院夜空は、周りからは、いわゆる良い子だと思われている。本人も、基本的にはそのつもりでいる。学校の授業は真面目に受けるし、好成績をキープしている。ひとの頼みはよく吟味して、そのひとのためになると思ったら積極的に引き受ける。そんなこんなで重ねた毎日が、そんな優等生のイメージを形作っている。
けれど。
不思議な違和感が、夜空の中に蟠っている。
自分は、この謎の答えを追うことができる。出所もわからないそんな確信が、ある。
理屈に合わないことを考えている、とはわかっている。けれど同時に、それは理解が追いついていないだけだ、とも思えている。人間の頭は、まともに理解していることについてしか、まともな理屈を組み立てられない。
そういう状況に出くわした時、選択肢は少ない。無力な理屈にそれでも縋るか、それとも、開き直って直観に身を委ねるか。
彼方を見る。
窓とは違う方向だ。そちらには本棚があり、少女漫画がずらり並んでいて、クレーンゲームでゲットしたぬいぐるみが座っている。けれど夜空の視線はそのどれでもなく、そのさらに向こう側へと向けられている。方角で言えば東北東。そして……距離で言えば二キロばかり先。
見えるはずもないその場所に、何かがある。それがわかる。確信できる。
しばし考えて、
「学校、サボろ」
決意の言葉と同時に、ベッドを降りる。
さようなら皆勤賞。わたしは今日、なにかよくわからないものを探しに行く。
遊び好きの級友たちから聞いた、サボりの作法を思い出す。家を出る時は制服。私服は鞄の中。着替えは駅のトイレ。着替えた後、学生証の類は荷物の奥にしまっておくこと。自分には関係ないと思っていた知識だけど、人生、いつ何が役に立つかわからないものだ。ありがとうミカちゃん今度パフェおごる。
もろもろの準備を終えて、
(オーケーこれで良し)
鏡の前で、ふむん、と鼻息を荒くする。
戦闘準備もとい着替えが終わる。
そうして、今日もまた、寂院夜空の6月5日が始まる。
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