第18話 可能性の向こう側

ブランコと、ジャングルジムと、すべり台。


広さのわりに遊具の少ない公園の、薄暗い茂みで、俺は腰を屈めていた。


「ないなあ…」


がさがさと音を鳴らして、かき分けた茂みの中を覗き込む。さっきからこの作業を永遠と繰り返しているが、一向にお目当ての物は出てこない。


「あった?」


綺麗な髪の女の子-シノが、真剣な目で尋ねてくる。俺は首を横に振った。


「やっぱりもう見つからないのかな…私の髪飾り」


シノがひどく残念そうな顔で言った。日は落ちて、辺りは既に暗かった。


「もう少しだけ、探してみよう」


顔を引き締め、俺はさらに奥の茂みに手を突っ込んだ。細かい枝が指に刺さって、ちくりと痛みがした。


「いてて…」


腕を抜き、指を見る。線のような細い傷口から、赤い液体が滴り落ちていた。


しょうがないので、俺は指を口にくわえ、血を啜った。


そして、再び枝葉をかき分け、捜索を始める。


「ねえ」


隣から声がした。見ると、シノが不思議そうな目を向けていた。


「りっくんは、どうしてそんなに一生懸命探してくれるの?」


俺は一瞬ぽかんとしてから、思い出したように言った。


「お前が悲しそうにしてたから」


「私が…?」


「そう。理由はそれだけ。てか、そんなこと聞いてる暇あったら、シノもこっち手伝ってくれよ」


「…うん。ありがとう、りっくん」


突然のお礼に、顔が熱くなる。


「絶対見つけるぞ。貝殻の髪飾り」


照れ隠しのために、俺はわざと大きな声を出した。





「……はっ!」


がばっと顔を上げる。ぼやけた視界が徐々に晴れ、さっきまでの映像が夢だったことに気が付く。


「ん…」


すぐ横で声がした。見ると、自分の腕を枕にして眠る凪沙がいた。


「ああ…そうだったな」


俺と凪沙が突っ伏していたちゃぶ台の上には、教科書やノートや筆箱など、勉強道具が散らかっていた。


壁掛け時計に目をやる。針は午前三時を指していた。


凪沙が明里の勉強を見て、その隣で俺が課題に励む。


そんな学生らしい勉強会をやっていたんだった。


もっとも、凪沙の指導力と明里の理解力で、本命の明里の勉強はすぐに終わった。


「私はもう寝るね。あとは二人でごゆっくり♪」


と言って明里が自室に上がった後は、俺が凪沙に勉強を見てもらうことになった。


距離が近いせいで中々集中出来なかったけど、なんとか課題をやり切った俺は、静かなリビングで凪沙と他愛もない話をした。そうする内に、いつの間にか眠ってしまったようだ。


なんとなくテレビを点ける。こんな時間だと言うのに、いくつかの局ではまだニュースを流していた。


『先日、季節外れの雪に見舞われた山陰地方でしたが、今日は打って変わって、気温四十度を越す猛暑日になりました。専門家の間でも、この異常気象は話題になっており…』


欠伸をして、テレビを消した。


俺が目覚めた日、七月三十日に降った雪は、鳥取県全域と島根県の一部のみのものだった。おかげで普段は影を潜めている鳥取も、全国ニュースに取り上げられ、一躍話題になった。


三十一日の朝に退院した俺だが、その時にはすっかり雪は溶け、気温もぐんぐん上昇していった。嘘みたいな寒暖差だ。


俺たちが塩と間違えて料理に砂糖を入れるみたいに、神様も冬と間違えて夏に雪を降らせたのだろうか。


横を見る。すやすやと寝息を立てる凪沙。近くで見るとまつ毛の長さがわかる。


たまらなく愛しい気持ちが、胸の奥からこみ上げてくる。


気付けば俺は、凪沙の寝顔に見入っていた。綺麗で長い髪に、柔らかそうな白い肌。触れたくなる衝動に駆られるが、なんとか踏みとどまる。



「りっくん…」


「!?」


凪沙が寝言を漏らした。しかし、それは俺にとって、ただの寝言ではなかった。


「りっくんは、どうしてそんなに…」


俺は驚愕に顔を染めた。



『どうしてそんなに、一生懸命探してくれるの?』



脳裏に、ほんのさっき夢で聞いた声が響く。


「なんで凪沙が、シノの言葉を…」


「ん…?」


と、俺の声で目を覚ました凪沙が、ゆっくりと顔を上げた。


「私、寝てた?」


「お、おう。俺も寝てて、さっき起きた」


なるべく何でもないように答える。


「そう」と凪沙は呟いて、大きく伸びをした。


俺は、荒れ狂う心臓の音を悟られないよう、必死だった。


凪沙が発した、「りっくん」という言葉。


それは、かつて俺の友達だったシノが、俺に対して使っていた呼称だった。


「な、なあ」


俺は目を逸らしたまま言う。凪沙が俺を見た。


「なに?」


「凪沙は…なんの、夢を見ていたんだ?」


おそるおそる口にした質問。一瞬の静寂が流れる。


「さあ?覚えてないわ」


「そ、そうか。ならいいよ」


凪沙が首を捻った。俺は一気に肩の力が抜ける。


「もしかして私、変な寝言でも言ってた?」


と、表情を真剣にした凪沙が顔を寄せてくる。ふわり、とリンスの甘い香りが漂う。


「ああ。テレビだったら『ピー』が入ってもおかしくない、かなりアウトなことを言ってたよ」


「!?」


凪沙の顔がみるみる赤くなり、あたふたと手を振り出した。


「わわ、忘れて!そんな、恥ずかしいことっ!」


取り乱す凪沙。俺はカモを見つけた詐欺師のような邪悪な笑みを浮かべた。


「忘れようにも、あまりに衝撃が大きかったから、すっかり脳にこびりついて離れないよ。ああ、いつもクールな凪沙が、あんなことやこんなことを言うなんて…」


「~~~!!」


今にも爆発しそうな顔の凪沙が、そばにあったクッションを手に取る。


「忘れなさいっ!今すぐ記憶から抹消しなさいっ!」


「ちょっ…やめろって」


ぼふ、ぼふっ。


凪沙が、俺の肩をクッションで思い切り叩いてくる。


「難しいのなら、私の蹴りで無理矢理忘れさせてあげてもいいわよ!?」


「それはマジで勘弁して!」


凪沙のクッション攻撃は止まらない。隙を見た俺も別のクッションを手に取り、凪沙の体にぶつけてみた。


が、瞬時に腕でガードを作られ、俺の反撃は防がれた。


「くっ…!」


悔しさを滲ませた俺に、「ふふん」と笑う凪沙。


その時俺の視界に、キラキラと光る何かが映った。


「あっ」


ほぼ同じタイミングで、凪沙も声を発する。



真珠の貝殻の髪飾りが、宙を舞っていた。



今の攻防で、髪から弾き飛ばされたのだろう。


キャッチを試みた俺は、髪飾りに手を伸ばした。


その時、頭の中で映像が流れた。



『絶対見つけるぞ。貝殻の髪飾り』



声を張って言う俺に、嬉しそうな顔で頷く女の子。



そうだ。あの時シノと二人で探したものは―。



遠い記憶を掘り起こされ、プツンとした感覚が頭をよぎる。


「間宮くん、どいて…っ!」


「!?」


焦ったような凪沙の声。


衝撃が体に走り、視界が目まぐるしく変化した。


「あ…」


気付いた時には、凪沙の顔が上にあった。


俺は、凪沙に押し倒されていた。



『……………』



そのままの姿勢で、互いに見つめ合う時間が続いた。


凪沙の髪がだらりと垂れ、鼻先をかすめる。


大きく開いた凪沙の瞳が、俺を見下ろす。


体が固まって、指一本すら動かせない。


「ごっ、ごめんなさい!」


ようやく脳が状況を認識したのか、凪沙が俺から離れた。


しかし俺の手は無意識的に、凪沙の白く細い腕を掴んだ。


「間宮くん…?」


驚いた顔の凪沙。


「髪飾り…凪沙の髪飾りは、シノが失くしたものと…」


俺は凪沙の腕を掴んだまま体を起こした。


「シノって…間宮くんの亡くなった幼馴染の?」


凪沙の問いには答えず、俺は床に転がる髪飾りを手に取った。


「凪沙…お前はもしかして」


「え…?な、なによ」


困惑する凪沙に、俺は顔を近づける。


しかし、続く言葉が出てこない。


俺の理性が、それをはばんでいる。


だって、凪沙がシノであるはずがないから。


凪沙という人間は目の前にいて、息をして、動いている。つまり生きている。


だけどシノは、とっくの昔に…十年前のあの日に、死んでいるのだ。


生きている者と死んでいる者。


死という絶対的な境界線に隔てられた二人が、同一人物なはずがない。


「間宮くん…?」


俺は、凪沙の肩を掴んだ。そして、鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づき、その綺麗な瞳を見つめた。


「凪沙…」



お前は一体、誰なんだ?



心の中で問う。



「ま、待って間宮くん。す、少しそれは、いきなり過ぎるんじゃないかしら。も、もちろん嫌ってわけではないけど…」


瞳を逸らす凪沙。言葉が右から左へと流れ、俺はその意味を認識できない。頭の中は別のことで埋め尽くされていた。


「俺はお前を知りたい」


「……っ!」


果たして凪沙は何者なのか。


「お前のこと、もっともっと知りたいんだ」


「~~~っ!」


また顔を紅潮させた凪沙だが、一度ゆっくりと深呼吸してから、俺を見上げてきた。


「わ、わかったわよ。……はじめてだから、優しくしてね?」


「へ?」


何だ、はじめてって?それに、何に優しくするんだ?


俺が頭に「?」を浮かべていると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。



「ふあ~あ。おにいちゃんたち、まだ起きてたの?」


きい、と音がして扉が開く。



「あ、明里ちゃん…」


凪沙が呆気に取られたように、突然現れたパジャマ姿の明里を見つめた。


「え?あ、あの、えと、そのっ」


俺たちの姿を見た明里は、途端に顔を赤くして、どもり出した。


「しし、失礼しましたっ!」


ばたん!と音を立てて扉を閉め、明里はその場から逃げるように去った。遅れて階段を駆け上がる音が聞こえた。


「はあ…まずいことになったわね」


凪沙が頭を抱えた。俺は今いち理解が及ばず、首をかしげた。


「どうしたんだ、明里のやつ?」


「間宮くん、あなた全くと言っていいほど焦りが見受けられないけど、まさか家族に見られても気にならないタイプかしら?」


「ん?よくわからないけど、俺と明里の間に秘密とか隠し事は、多分ないぞ」


「そ、そう。かなりオープンなのね。だけど、私は流石に恥ずかしかったわよ…」


顔を赤くする凪沙に、俺は再び首をかしげた。


微妙に会話が嚙み合ってないと思うのは、気のせいだろうか。


「やはりこういうことは、時と場所を選ばないとダメね…。間宮くん、今夜はもう寝ましょう」


「あ、ああ」


立ち上がった凪沙に、頷きを返す。


ふと、握りしめたままだった凪沙の髪飾りに気付く。返そうとしたが、意識が引っ張られたように動きを止める。もう一度髪飾りに視線を落とす。


俺があの時、公園で探したシノの失くし物は…


今、手の中にあるものと、非常によく似た髪飾りだった。


しかし、またもや新たな考えが頭に浮かんだ。


結局、あの時俺はシノの髪飾りを見つけることが出来なかった。


シノと二人で、とぼとぼと夜道を歩いて帰ったことを覚えている。


そしてその後、俺は見つけてあげられなかったお詫びに、シノに新しい髪飾りを…


『この髪飾りは…小さい頃、幼馴染の男の子からもらったものなの』


「!」


いつか聞いた、凪沙の言葉を思い出す。


そうだ。あの時、小学生の俺はなけなしの小遣いで、失くしたものとよく似た、真珠の貝殻の髪飾りを買ったんだ。


そしてそれを、シノに渡した…。


受け取ったシノは、申し訳なさそうな顔をして、俺に髪飾りを返そうとした。


だけど俺は、『別にシノのためじゃねーって。ただのおれの自己満じこまんだから』って、覚え立ての言葉を使って、無理矢理渡したんだ。


そしたらシノは言った。


『りっくんに貰った髪飾り、大切にするね。私、何があっても、この髪飾りを着け続ける。中学生になっても、高校生になっても、大人になっても。ずっとずっと、着け続けるから』


迷いのない、まっすぐな目をして、たしかにそう言った。


「間宮くん?」


座ったままの俺に、不思議そうな視線が向けられた。


「ああ、悪い。ぼーっとしてた」


俺は息をついてから、立ち上がった。




……頭が冴えて、結局朝まで一睡も出来なかった。





「ん…?」


家全体が、誰かに大きく揺さぶられている。比喩ではなく、本当に揺れている。


激しい振動と本能的に感じた強い恐怖感に、俺は夢から現実に引き戻された。


ベッドから身を起こす。


部屋が左右に大きく揺れている。天井から吊り下がった照明は、カチャカチャと音を鳴らして暴れていた。


「うわっ!」


咄嗟に手を布団についた。危うく、ベッドから投げ出されそうになる。


「まさか…地震…?」


冷ややかな戦慄が、背中から頭を駆け登った。


それから十秒ほど揺れは続き、やがてピタリと止まった。


「………」


部屋に残されたのは、しんとした静寂だった。俺はベッドから動けずにいた。


その時、窓の外で再びセミが鳴き出した。


じーじーじー。しゃわしゃわしゃわ。


この夏、何度耳にしたかわからないその音は、俺の鼓膜を通ってゆっくりと身体に浸透した。そして、恐怖に支配されていた頭を正気に帰らせた。


「……っ!」


ベッドから飛び出し、勢いよく自室の扉を開け放つ。


そして、ノックもなしに二つ隣の部屋をこじ開けた。


「明里っ!凪沙っ!大丈夫か!?」


危機感の滲んだ俺の声が、薄暗い部屋に響いた。


明里の部屋には、誰もいなかった。


「一階か…!?」


階段を駆け下りる。


「明里!凪沙!」


リビングの扉を荒々しく開けた。


「おにいちゃん!」

「まみ…やくん…」


棚が倒れ、小物が散乱したリビングの床。


その中心に、膝を抱え込んで座る凪沙と、その背中を優しくさする明里がいた。


「明里!凪沙!怪我はないか!?」


俺は凪沙の側に屈みこみ、震える肩に触れた。


「怪我は…大丈夫…。間宮くん、これって…」


俺は唾を飲み下す。



「地震だ」



ふと、手元に転がるリモコンに気づく。ボタンに触れ、テレビの電源を入れた。



『午後十二時七分頃、鳥取県西部を中心とする、震度6弱の地震が発生しました』


画面の中のアナウンサーが、神妙な面持ちで告げた。


『震源の深さは10km。地震の規模を表すマグニチュードは、6.6と推定されています。各地の震度は、6弱が鳥取県西部。5強が、鳥取県中部、岡山県北部。5弱が、島根県東部、島根県隠岐おきとなっています。なお、この地震による津波の心配は、ありません…』


「かなりデカいな」


額に汗を滲ませ、俺は呟く。


「ほんとに、ビックリした。とりあえず津波は来ないみたいだから、よかったけど」


明里が曇った表情で言う。


十年前の鳥取地震が、震度6強、マグニチュード7.7だったので、今回の地震は数値的にかなり近い。幸いうちは無事だったが、どこかで倒壊した建物もあるかもしれない。


『揺れの強かった地域では、家屋の倒壊や土砂災害などの危険が高まっている恐れがあります。今後、同程度の地震が起きる可能性もあります。行政の指示に従い、安全な場所に避難してください』


俺はカーテンを開け、窓の外を見た。倒壊した建物はないが、ちらほらと人が歩いていた。全員同じ方角に向かっている。


「みんな避難してる感じだな。俺たちも行くか?」


うずくまったままの凪沙に声をかけた。しかし、返事は返ってこない。


「凪沙?」


心配になった俺は、再び腰を落とした。膝に顔を埋めた凪沙は、ぶるぶると肩を震わせていた。


「おい…大丈夫か…って!?」


顔を上げた凪沙。その瞳は、大粒の涙で滲んでいた。


「いやよ…地震なんて…また、大切な人を失うなんて…私…もう耐えられない」


「凪沙…」


弱々しい泣き顔と、消え入りそうな声に、心臓が締めつけられる。


「俺だって、嫌だよ。父さんと母さんに、幼馴染や同級生。大切な人を、たくさん亡くしたんだ。あんな悲劇二度と繰り返したくない」


もっと言えば、あの地震が奪ったものは、人だけじゃない。


平穏な日常。当たり前の日々。


友達に囲まれ、楽しかった俺の毎日を、根こそぎ奪い去ったのだ。


「私は…あの地震が起きた時、まだ五歳だったから、正直あんまり覚えてない。だけど、お父さんとお母さんのことは覚えてる」


明里が、一つ一つ言葉を紡ぐように言った。


「五歳までの記憶だから、ほんのちょっとだけどね。でも、おにいちゃんと喧嘩して泣いた私の頭を、よしよしって、優しく撫でてくれたお母さんの温かさとか。歩き疲れた私をおんぶしてくれた、お父さんの大きな背中とか。…たまに思い出して、寂しくなって、泣いたりする時もあるよ」


「明里…」


胸の奥がじんわりと熱くなる。


正直、明里の告白は少し意外だった。


小さい時の喧嘩とか、そういうのは別で、俺は明里の泣き顔を見たことがない。


明里はいつも、元気に明るく笑っていた。


父さんと母さんが死んだ時。親戚に冷たくあしらわれた時。上手く学校に馴染めず、落ち込んだ時。明里の笑顔が、いつも俺を元気づけてくれた。


兄として情けないけど、このよく出来た妹に、数え切れないほど背中を押された。


明里はいつも、前だけ向いてるんだと思ってた。だけどそれはただの、ある種の願望めいた、俺の思い込みだったんだ。


「私、凪沙さんのことが好き。大好き。優しくて、頼りになって、かっこよくて。でもちょっとだけ抜けてるとこもあって、そこが可愛くて。もちろん、おにいちゃんのことも。私を、世界で一番大切に想ってくれてる人。今の私の大事な人は、凪沙さんとおにいちゃん」


「明里はたった一人の、俺の自慢の妹だからな」

「私だって、明里ちゃんのこと大好きよ。本当の妹みたいに思ってる」


俺は照れ隠しに頭を掻く。凪沙は、赤くなった目をごしごしと擦っている。そんな俺たちを見て、明里は満足そうに笑った。


「うん。じゃあさ、おにいちゃんは凪沙さんを、凪沙さんはおにいちゃんを、どう想ってるの?」


「ぶほっ!」


俺は思わず咳き込む。くそ、なんでそうなる。


「わわ、私…は…間宮くんのこと、好き、よ?」


「ぶほっ!!」


二度目の咳き込み。そ、それは人として好きって意味だよな?異性として好きとか、そういうのじゃないよな?


「おにいちゃんは?凪沙さんのこと好き?それとも嫌い?」


明里が俺の顔を見てくる。


いつの間にか質問の内容が、好きor嫌いの二択になっている。今の俺には、世界一理不尽な二択だ。


「嫌いなわけないだろ…す、好きだよ、もちろん」


俺は、視線をずらして答えた。こんなこと、まともに相手の顔見て言えるか。


「うんうん、だよね!というか、好きでもない人と普通、夜にあんなことしないよね!だからおにいちゃんの返答によっては、鉄拳制裁もあり得たわけだけど」


「は?お前は何を言ってるんだ?」


意味がわからず首を傾げる。ちらっと凪沙を見ると、目が合った。しかしコンマ0.1秒で逸らされた。あれ、本当に俺、なんかしたのか?


「私たち三人は、お互いがお互いのこと大好きで、大切ってことでしょ?じゃあさ、もう地震なんかで大事な人を失わないよう、今すぐ避難しようよ!…っていう提案なんだけどさ。どうかな、凪沙さん?」


明里が、窺うような目を凪沙に向けた。凪沙は下を向いて、ふっと口角を上げた。


「…ええ、ぐずぐずして悪かったわね。行きましょう、明里ちゃん、間宮くん」


凪沙が吹っ切れたように言った。


その瞳には、さっきまでの悲しみや不安はなかった。


ただいつもの、力強さだけが宿っていた。










































































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