スター☆トレイン ~アイドル育成ゲームの世界で「推し♂」と青春をやり直します~

南 コウ

一章 スター☆トレインに乗り込んで

第1話 歩きスマホ、よくない

(そろそろスタミナ全回復したかな……)


 学校からの帰り道。制服のポケットからスマホを取り出して、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んだ。


 目にかかったうざったい前髪を払いながらアプリを開くと、見慣れたタイトル画面が表示された。


【スター☆トレイン】


 アイドル養成学校を舞台にした大人気スマホゲームだ。プレイヤーはマネージャーとしてイケメンアイドルを育成し、学園アイドルの頂点に導いていく。ファンの間では「スタトレ」の愛称で親しまれていた。


 高校1年生の僕も、スタトレプレイヤーのひとりだ。廃人といっても差し支えないレベルでドハマリしている。


 ログインボタンを押すと、タイトルコールが響く。ローディングが終わると、ひとりのイケメンアイドルが僕を出迎えてくれた。


「おかえり! 待ってたよ、マネージャー!」


 キラッキラの笑顔を向けられて、思わず頬が緩む。うん、僕の推しは今日も尊い。


「ただいま。夏輝なつきくん」


 心の中で言ったつもりが、うっかり声に出ていた。誰かに聞かれたんじゃ……と周囲を見渡したが、こちらに気を留める人は誰もいなかった。


(見てるわけないか。僕みたいな透明人間のことなんか……)


 地味で陰キャの僕は、どこに行っても存在感がない。クラスでの影も薄く、名前を覚えられているかどうかも怪しかった。引っ込み思案な性格も災いして、高校1年生が終わる時期になっても友達ゼロ。教室ではいつもひとりぼっちだった。


 そんな寂しい現実を忘れさせてくれるのが【スター☆トレイン】だ。


 ゲームを始めたきっかけは、姉さんからの布教活動だ。紹介するとスターがもらえるからと、強制的にインストールされた。


 最初はイケメンを育成するなんて……と馬鹿にしていたが、やってみるとこれが案外面白い。


 このゲームは単純にアイドルを育成するだけでなく、育てたアイドルをプレイヤー同士で競わせるバトル要素もある。ライバルに勝ってアイドルランクを上げるためにも、コツコツ育てなければという使命感に駆られた。


 さらにスタトレはリズムゲームとしても楽しめる。もともと音楽が好きだった僕は、フルコンボを目指して奮闘した。


 そしてスタトレの最大の魅力は、ストーリーがいいことだ。アイドルになりたいという夢を掲げ、成長していく少年達の物語は涙なしには見られない。


 男同士のアツイ友情、ひたむきな努力、苦難を乗り越えた末の勝利。まさに王道の胸熱展開だ。


 陰キャでぼっちの僕にとっては、彼らのキラキラした青春は憧れだった。


 そんなわけで、いまではすっかりスタトレにハマっている。暇さえあればスタトレの世界にダイブしていた。


 スタトレに登場するキャラクターの中でも、僕が一番推しているのが夏輝くんだ。


 涼風すずかぜ夏輝なつき


 ふわふわとしたミルクティー色の髪に、光を閉じ込めたようなキラキラした瞳。やや童顔な彼は、ゲーム内では可愛いキャラに分類されていた。


 身長は172センチだからショタではないけど、人懐っこいわんこみたいな子だ。どことなく、家で飼っているゴールデンレトリバーに似ている。


 夏輝くんの魅力を語り出したらキリがないけど、一言で表すなら「逆境にも負けない強さ」に惹かれている。こんな子が友達だったら……と妄想せずにはいられなかった。


 夏輝くんの笑顔を見ているだけで、負の感情が薄れていく。まさに心の浄化装置だ。


 柔らかそうな髪を指先で撫でると、「あっはっは! くすぐったいよぉ」と笑いながら注意された。そんな反応も可愛い。


 男子高校生の僕がスタトレにハマり、夏輝くんを推しているのはおかしなことなのかもしれない。


 だけど好きなものは好きなんだからしょうがない。あまり大っぴらには言えない趣味だけど、好きという気持ちだけは誤魔化したくなかった。


(とりあえずレッスンしよ)


 メニュー画面からレッスンの項目をタッチして、ダンス・歌・演技の項目から受けたいレッスンを選んでいく。


(夏輝くんはダンスで、瑛士えいじくんは歌で、海斗かいとくんは演技で、ひじりくんは……どうしよっかな)


 各キャラのステータスを確認しながら、レッスンを割り振っていく。ゲームに集中しながら歩いていると、交差点に差し掛かった。


 青信号の音が聞こえたような気がして、俯きながら横断歩道を渡る。次の瞬間、けたたましいクラクションの音が鳴り響いた。


 咄嗟に顔を上げる。目の前の信号は赤だった。右側に視線を向けると、猛スピードでトラックが迫っていることに気付く。


(あ、轢かれる……)


 そう思った直後、僕はトラックに激突した。即死だった――。

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