第51話 女王爆誕! 凛子ブーム到来


 世界に激震が走った。

 たった一人の女がアメリカとケンカしようというのだ。


 「ここは動かなければ! 何らかの国としての対応を示さなければ!」

 そんなプレッシャーで、国家や政府、責任ある立場の人間たちの血圧、脈拍は異常な数値に跳ね上がったことだろう。

 しかし、未だ慎重に……。慎重に……。一切のコメントを控えていた。


 政府はどんなご意見を言うのかとテレビを点けても、なにも発表していない。


 無理もない。


 日本という国は、その軍事力は。

『アメリカが助けてくれる』という前提。自分の国を自分の力で守れない。

 まともな根拠もなく他国を当てにしているアホ丸出しの前提で形成されている。


 一見、装備自体は一級品を揃えていて、アメリカ軍のものと遜色無いレベルにある。……かのように見えるのだが、『継戦能力』が無い。

 つまり、長い時間戦えない、一時しのぎの能力しかない。


 アメリカ軍が助けに来てくれるまで持ちこたえればいい、そういう発想で組織されている、それが『日本の防衛力』


 ところがここにきてアメリカ軍が真っ先にやられちゃってる。

 どうするの?


 どう、意思表明するっつーの。


 まさに天下分け目の関ケ原、東西どっちにつくかなかなか決められなかった日本全国各地の戦国大名と同じジレンマに陥っている。

 うっかり先走ってどっちに付くか発表した後、その他大勢が敵方に付くとなったら大変だ! 「やっぱやめた」で済むかどうか。……済まんわな。


 日頃「総理! 総理!」と追いかけ回すような、というか、それしか能のない「なんでおまえらが政治記者やってるの? スキャンダル以外に質問したことないだろ、オマエの仕事は政治家を取り囲んでマイクを突きつけることか?」みたいなボンクラ政治記者どももやけに静かにしている。


 おそらくインタビューにも来てくれるなというお達しが出ていたのだろう。


「動けだと!? 危なくて動けるか! 先に動いたヤツから死ぬだろう!」

「見極めろ、世界がどう反応するか見極めろ! それから無難なコメントだ!」


 みたいな相談が永田町やら料亭やらで行われてたんじゃないかな?

 さんざん待たせて結局出るのは「遺憾の意」とかそんなしょーもない、テレビ映えしないコメントだろうけども。


 かつて、火炎瓶が飛び交う暴力革命をやりまくったあげく見事逮捕されずに生き残り、今では某政党のリーダーにまで上り詰めた元極左政治家の座右の銘も


「三列目で叫べ」である。


 これは激化した左翼運動のデモ行進で、二列目ぐらいまでは警察に逮捕される確率が高いので、〝先頭で活動してるっぽい空気を出しながら、それでいて逃げられる三列目、このギリギリの三列目を絶対にキープする〟という、とんでもなく姑息な、だが馬鹿にできない理論を、歯切れよく表している言葉だ。


 日本政府は、そこから学んだのか、そういう路線で行くつもりのようである。


 それに引き換え、民間はお気楽なものである。

 ネットで知れ渡った事により様々な反応が寄せられ、SNSや掲示板等を賑わせる。


 特に責任が追求されないネット掲示板は、大いに盛り上がり、ネット文化が大爆発していた2000年代前半以来の大規模なお祭り騒ぎが発生、お調子者達の無責任な発言が光速で24時間飛び交った。


 そのなかの「これもうフェミ王国の凛子女王だな」というコメントを気に入り

 凛子はフェミニストのためのフェミニストを国民とする『フェミ王国』を建国するとして独立(建国)宣言を行い、凛子女王一世を名乗りはじめた。


 そして、フェミニストの女王として男性中心社会による暴力主義の象徴である超大国、覇権国家のアメリカを、女の力で徹底的に打倒すると世界に大大的に発信した。


 思いつきまるだしの穴だらけのビジョンだった。


 男からすれば「おまえは一体何と戦っとるんだ?」という理論だったが

 それもそのはず、そもそも凛子はフェミニズムなんかを本気で信望しているわけではない。

 それゆえにこのゆるゆるの展望。


 ☆☆ だが、それが良かった!! ☆☆


 フェミニズムと言っても社会を導いてきた偉大なものから、それおまえ個人が気に入らんだけやろ? という私怨をぶっつける道具としか思ってない勘違いしたものまで、様々な相容れない派閥が存在している。

 それらのどの視点からでも目指すべき目標がどうとでも捉えられる滅茶苦茶わかりやすい理想となって、より多くの鬱屈した日常を送る数多の女性から共感を得られる結果となる。



 一応、国際法のモンテビデオ条約とかなんとかいうやつに、国家の成立要件として『永続的住民』、『明確な領域』、『政府』、『他国と関係を取り結ぶ能力』という4つの要件が必要とみなされているが、あくまで〝みなされて〟いるに過ぎず、それに従う必要があるかどうかは別問題である。


 だいたいなんやねん『国際法』て。

 どこのどいつが決めたねん、どこのどいつが責任を持つねん。

 国際法をアメリカや中国やロシアといった大国がどれほど守っているのか?

 守ったり守らなかったり勝手な自己都合でしてるのは守ってると言えるのか?

 凛子より弱いそれらの国々が守ってない法を、凛子が守る必要があるのか?

 凛子に言わせるとそういう理屈である。


 まあ、言われてみればその通りではある。

 第一、フェミ王国は、国際制裁を受けて困るような恩恵をそれら国々からなにも受けていない。

 他国にまったく依存していない。

 そんな連中に避難されてもサッパリ痛くもなんとも無い。

 オタクに言われた「ざまぁw」の方がよっぽど痛いくらいである。


 というより凛子は全然フェミニストではないし。

 凛子は『ツブフェミ』であって『フェミニスト』などではない。

 ツブフェミというのは、フェミニストを名乗ってる『クレーマー』のことである。


 わかりやすく言うと、

「ハーイ、ワタシ忍者教室で忍術を習った忍者デス!」とか言ってるアホな外人。

 あれを忍者と言えるか?


 「ていうか根本的に忍者が何かわかってないだろ?」 っていうあれ。

 あれと同じレベルでぜんぜん違う。

 あの外人忍者のフェミニスト版が『ツブフェミ』なのだ。


 凛子は『ツブフェミ』であってまったく『フェミニスト』などではない。

 そもそもそんな高等な事を語れる知識が無い。

 感情で喋ってるだけ。


 こんなのを『フェミニスト代表』みたいに名乗らせていいのかという問題。


 しかし、世界は。

 ああ……、世界は現金なもので。

 力があって、行動力があって、見栄えが良いヤツが! そこそこ若い女が!

 目立つやつが喋ると圧倒的に影響力があり、付き従う人間が多いのだ。

 正しいかどうか、理屈が通っているかどうかなんてどうでもいいのだ。

 だって理屈が正しいかどうかなんておもしろくないから。

 面白そうな方が勝つのである。

 得しそうな方が正しいのである。


 外国に『忍者教室』なるアホなものがあるのも正しい。

 あれで誰かがメシが食えるなら、それはそれでいいではないかの精神である。

 本人が『ニンジャデース!』と言ってアホな忍者グッズを買ってくれるなら経済が回る。

 忍者が一体何であるかなんて、そんな理屈で経済が回るか? 回らんだろ?

 メシのタネにならん理屈など、おととい来やがれ余計なお世話である。


 世界は湧いた!

 フェミニストが! 女が! 歴史上初めて男どもを凌駕する力を手に入れた!

 男の手を借りずに世界を動かす時がとうとうやってきたのだ!

 これは女による男からの独立宣言だ!!


 なんか凛子のいい加減な思いつきから、えらい大津波に成長しちゃった感。

 尻馬に乗りまくりの困った女達の熱狂が始まった!



 本来、国民も居ないのに建国などおかしいとツッコミたいところだったが

 在日アメリカ軍基地の惨状を見ている誰もそれは言わなかった。

 むしろフェミ国民になるにはどうしたら良いのか? という問い合わせが相次いだ。


 また『女王』というキーワードがたいそうオタク心に響いたのか

 ニートの集まる『ニーちゃんねる掲示板』や、画像掲示板『ふらわあ☆ちゃんねる』等のネットコミュニティでは、連日『凛子女王』のスレが立ち、

 萌えキャラにデザインされた『凛子たん』『カミナギルたん』が作り出されたりと非常に盛り上がっていた。


 あれだけツブフェミとか天敵扱いしていたのにコレである。

 凛子がバカで面白すぎるから仕方がない。

 多大な被害が出ているのに非常に不謹慎ではあるのだが、それ以上に面白い。

 だんじり祭りや御柱祭りといった荒くれる祭事でいちいち誰がどうなろうが祭りが止まらないのと同じである。


 これは国内に留まらず、代表的な例としては

 ふらわあ☆ちゃんねるの海外版勝手コピーサイトである『Bchan(ぶるーむ☆ちゃんねるの意)』でも盛んにスレが立った。


 毎度のことながら『ニーちゃんねる掲示板』では

【架空のフェミニスト武装組織を作って外人を釣ろうぜ!】というスレが立ち。


 凛子直属の『フェミニスト解放戦線特務機関』

【The Feminists Liberation Front FeLF(フェルフ)】


 という嘘サイトをたち上げて、『世界中の抑圧されし女達よ立ち上がれ!』とそれっぽく煽って隊員を募集するというイタズラをはじめた。


 するとみるみる世界中から登録されはじめてカウンターが回りまくった。

 スレは大盛りあがり。みんなしてゲラゲラ笑っていたのだが、あっという間に10万人、50万人、100万人を突破したころから、勝手に各国に支部だの幹部だの強固な組織が構成されはじめて、今更釣り宣言どころではなくなり、いつしかフェルフ公式(?)サイトとして明け渡されるに落ち着き。

 釣り目的だったのに、なんか外国の女から組織に貢献したとか言って感謝される結果となった。


 イラストコミュニケーションサービス Picklexiv(ピクルシブ)では、凛子女王のガチ(真面目な)イラストがトレンドとなり、エロ大好きな住民達にも関わらず自主的にエロ厳禁が徹底され、彼らは自らを『下僕』と名乗った。

 エロは厳禁だが、SMチックに女王に踏みつけられている自画像は山程描かれていた。


 中堅どころのテレビ局である日刊テレビの名物情報番組『おはようパール金銀銅』では、日頃からオタクバッシングに命をかけてる、果てしなく下らない自称ジャーナリストこと大股広黄(おおまた ひろき:59歳)が、この『凛子ブーム』に警鐘を鳴らすべく『カミナギル萌え族』なる意味不明な言葉をわざわざ作り出してまで凛子を名指して批判した。


 そして次の日、時間キッカリ、同番組放送中に突然カミナギルが本社ビル前に現れ

『カミナギル・ビッグスター』なるトゲトゲ鉄球が先についたヨーヨー状の特大打撃武器を豪快に振り回すと「スカッとさわやか!」と言わんばかりに日刊テレビ本社社屋に叩き込んだ。

 大振動! 折れ曲がる支柱! 飛び散るコンクリートとガラス片! 土煙!

 まさにコーラで満たされたグラスにゴツい氷を叩き込むような「スカッとさわやか!」さだ。誰もが一度はこういう風にビルをぶち壊してみたいと思うことをやってくれる。非常に気持ちがいい。


 マスコミ各社、テレビ局は当初この事件を「言論弾圧!」「報道に対する冒涜!」と激しく非難し「我々は暴力には決して屈しない!」「命がけで言論の自由を守る所存」と全力で反凛子キャンペーンを展開するべく躍りかかったが。


 しかし、今までさんざんオタク文化に難癖つけては、いくらこき下ろしても反撃してこない安全・安心・安牌なネタとして、好き勝手オタクを便利に利用してきた、それこそツブフェミもどきのテレビ局が、何を今更都合よく報道を名乗って凛子を批判するかと、世間の反応は冷ややかだった。


 トドメは凛子に「私で視聴率を稼ぐのは構わないけど、この先あなた達が生き残れる可能性は感じないでほしい」と言われると騒然となった。「自衛隊に泣きついても無駄だからね」と、ダメ押し。


 そりゃそうだ。在日アメリカ軍がなすすべなくやられている相手に、戦う法整備もままならない自衛隊でどうしろというのだ。実のところ、今でこそオタク叩きに一生懸命なテレビ局だが、2000年代に入るまでは同じノリで自衛隊を叩きまくっていた、いくら叩いても反撃されない自由素材、それがかつての自衛隊の立ち位置であり、テレビ・マスコミ報道の扱いだったのだ。


 ビックリ。驚きである。


 半世紀過ぎても、やってることが根本的に変わっていない。

 いじめっ子体質。何も進歩していない。

 80年代に至っては、国民的人気の学園ドラマ『金ピャチ先生』で堂々と自衛隊に対する悪質なヘイトスピーチを行い、自衛隊を志望した教え子を大人達でつるし上げて、最後は憲法第9条を本人に読み上げさせるという信じられない仕打ちをブチかましていたりもした。


 テレビ局や自称ジャーナリスト達は自分たちのしてきたことは忘れても、やられた方の自衛隊は忘れていないだろう、今更どのつらさげて守って下さいと言えるのか。


 今回の件では口の悪いツブイッタラーに「お得意の憲法第9条連呼でなんとかしてみろ」と囃し立てられるも、いつものように一方通行のテレビ電波で好き勝手言い返せない。旗色が悪すぎる。


 実は今回の報道、というかテレビ局による『凛子叩き』の動きには、明確に『強力かつ巨大な権力』いわゆる〝 黒幕 〟からの指示があった。そこより直接指令を受けたのが始まりだった。

 それゆえにテレビ局も、鬼に金棒! と自信たっぷりで、やたらめったら強気でグイグイ発言していたのだが、凛子が即実力行使、有無を言わせぬ圧倒的武力で軽~くテレビ局ビルを粉砕。


 いやいやいや……、普通はクーデターだのゲリラ活動だのをする連中は、メディアを破壊しないのよ。

 なにより自らの正当性を喧伝してもらって、同士を募ったり活動資金を集めたりしなきゃならんから、利用したいから。

 逆に自分の印象が悪くなる、悪く報道されそうな事は控える傾向にあるのよ。


 ところが凛子ときたら。ズバーンと。

 なんの忖度もなしにやっちゃうわけ。

 世間の目など微塵も気にする様子がない。


 それを目の当たりにして、凛子叩きを命令してた黒幕はビビった。

 民主主義国家、その世間体、世界の評判を気にしまくるという最大の弱点、そこを突いて突いて突きまくるという毎度おなじみの戦法が全く通用しない。これさえやってれば万事OK! という。

 共産主義国家は、民主主義国家への情報戦では絶対に優位性が揺るがないという鉄板の法則がブチ割られた。


『〝動物は火を怖がる!〟 という迷信を信じて焚き火をしてたらクマが一直線に向かってきた』如くだ。


 超非常事態!


 そして日本のテレビ局をあっさり見捨てた。

 今まで散々下僕として黒幕さまに付き従ってきたのになんて仕打ちだ。見事なまでのトカゲの尻尾切りである。


 未だかつてこんな不利な旗色になったことはなかったのではなかろうか。とたんにどのテレビ局も静かになり、また流行ってもいない韓流ドラマやKポップを流行ってる流行ってると、こわばった笑顔で宣伝する日常業務に戻った。


 「そうだ、それがおまえたちの身の丈に合った番組だ。普段ホコリを被ってるジャーナリスト魂なんて引っ張り出してもろくなことがないぞ。やめておけ」

 そう言われる有様だった。


 今日もテレビショッピングは元気ハツラツで気持ちがいい。

 アレを見習ったほうがよほど公共の電波に流すのには良いのかも知れない。






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