第28話 マジもんの侍はチョー怖い
『桜田門外の変』のおはなし続き。
襲撃犯18名に対し
26名のサムライがお殿様の籠を護衛!(数字は諸説あり)
しかも味方がなんぼでも居る彦根藩邸がすぐそこ、見えてる所。
という状況。
「こりゃ族どもを迎え撃つのなんて楽勝! 勝ち確でござるな! ガハハ!」
ところがあっさり お殿様を殺られちゃったと。
首まで取られて持っていかれちゃったと。
────護衛のキミらなにしてたの……?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちょうど現在の空母打撃群みたいに
殿様の乗る籠の周囲を固めて行列で行進しとったワケですが。
いざ襲われると、まるで役に立たず。
期待通りに奮戦したのはごく数名ほどで、あとは奮戦どころか逃げ出したり立ちんぼしてたり。
いやいやいや、
この場にいるのは!
この場に選ばれて、お供しているのは!
それこそ
「我が身、我が生命を顧みず、死物狂い、自らの肉体で主君の盾になりもうす!!」
「いくら自分が斬られようとも死兵となりて、殿をお守りする所存!!」
ってヤツばかりのはずなのにだ。
そういうヤツしか選ばれてない! というハズなのにだ。
殿様の命が取られ、首が取られする状況に至って。
なぜか不思議なことに、軽症が5名、無傷が5人も居たと。
なにしてるのおまえら。
なんでおまえらが無傷で生きてて、お殿様が死んでるの?
おまえらに代々払ってきた給料返せや! 状態です。
しかもみんなの見てる前で殿様の首を
悠長に、薪割りみたいにボン、ボン、ボーンと3回ぶっ叩き斬る音がして
(周囲に聞こえたらしい)
やっと切り取られて徒歩で持ち去られたと。
え?
見てたの?
なにもせず?
首を持った敵の4人も重症を負ってて
(皇居の堀を三分の一周、約2キロの逃走で力尽きて全員自害したぐらいの深手)
ゆるりゆるりと逃げていくのに?
見てたの?
なにもせず?
やっとそれを取り戻そうと追いかけたのは、無傷軽症のそれら者共ではなく。
すでに奮戦して重症を負い、血みどろで気絶していて目を覚ました一人の侍だけ。
負傷した体を引きずって追いかけ、追いつき、敵一人に見事致命傷の斬撃を加えたが、それを応援する者も無く、孤立無援。
哀れ結局『三対一』の形で敵に斬り倒され、後に絶命。それは惨たらしい斬られ方だったらしい。(片方の目玉が飛び出したと記録に有る。目撃者、野次馬多数)
そのサムライの最後の言葉は
「自分の他に数名でも同じ決死の士がいれば、決して主君の首を奪われることはなかった……!」
しかもこれ
致命傷なのになかなか死ななかったので
軽症者らと同じ部屋で治療を受けながら言った言葉なんだよなぁ。
生き残った者共は、他の家臣は、どんな気持ちでその言葉を聞いていたのか。
えぐいね。
なぜこんな、えぐい事態になったのか。
それは代々殿様に仕えてる、ええとこのぼっちゃんサムライを当てにしてたから。
この逃げたり役に立たなかったぼっちゃんらはこの後
軽症は切腹、無傷はことごとく斬首(切腹ではない、罪人扱い)& 家名断絶(武家まるごと廃業、苗字も剥奪、家屋敷も取られ、一族ホームレス状態で放り出される)という厳しい処分になるのだが。
当のぼっちゃんサムライ達も
立ちんぼしてたら斬首やら厳しい処分を受けるのは重々承知のはずなわけで。
つまりね、命だの家族だの財産だのを人質に取っても、役に立たないのは役に立たないということ。
意味がない。
最初の設定が間違っている。
いくら出処が立派で保証付きでも、戦えないものは戦えない。使えないものは使えない。
値段やブランドや恐怖では確実性を保証されない。
そいうものをアテにしてはいけないという教訓。
しかもねこれ。
生き残った部下共が責任逃れで勝手に美談に仕立てあげててね。
「我が殿は狙われているのを重々承知ながら、制止を振り切りあえて登城なされた」とか言ってんの。
なわけない。
そんな緊張感があったら
有名な『雪が降ってて、カタナが濡れないように柄袋をかけてて、とっさに抜刀出来なかった』
なんてマヌケな事になるはずがないわけで。
そんな緊張状態でもなお、カタナに柄袋かけてられるほどの豪胆だったらだ、
そんな度胸のあるやつらが殿の首が持ち去られるのを棒立ちで見てるわけが無い。
一秒でバレるウソをついてくれるなと。
殿様も家来もまったく無警戒、まったく想定していない。
そういう悲劇。
きちんと危機を想定し、イメージし、対応してなかった悲劇。
想定があるかないかの決定的な違い。
なのでこの後も
性懲りもなくまったく同じ手口、思いっきりマネっ子したテロ行為が行われたりしたのだが、その後は一切通用しなかった。
なぜなら各大名は緊張感を持って
急遽、手練のマジもんのサムライを募集して選別して雇って護衛させてたから。
するとどうなったか。
真似っ子テロリストどもが、しめしめと同じやり方
一般人の訴え人を装って大名行列の前に走り出て──
「おねげぇでございますぅー!」ってな感じで進行を妨害。
「それ今だ! 野郎ども一斉にかかれぇぇぇー」ってやろうとした。
が、
それに応ずるは、ボンボン育ちの『ぼっちゃん侍』ではなく
新規特別採用された、剣こそ我が誉れ! みたいな方々。
いわゆる、みなさんが時代劇で見てイメージしているような
キレッキレッの『マジもんの侍』な人達。
日々剣術道場に通って鍛えまくるしかやることのなかった
次男であるとかの理由で今まで日陰者として生きてきた
いわゆる『部屋住み』と呼ばれる跡取りのスペア扱いされてきた鬱屈した人生を送る侍達。
跡取りである長男、陽のあたる道をゆく長男との決定的な扱いの差。
俗に『冷や飯喰らい』と揶揄される、同じ家の生まれなのに家を継いだ家長とは
一緒に飯を食うことすら許されない、後からすっかり冷めためしを食わされる身分!
不遇。
あまりに不遇。
そこに初めて陽が差した!
生まれて初めてちゃんと侍扱いしてもらえる晴れ舞台の大仕事!
なんとそれはお殿様のすぐお側での護衛!
一緒に表通りを練り歩く!
なんと!
なんという晴れがましさ!
そこへ、ノコノコ賊なんて来た日にゃあ
飛んで火に入る夏の虫。
今までの溜まりに溜まった鬱憤のエネルギーたるや!
燃えたぎる闘志に油が注がれ爆発する!
近づいてきた賊の前に何の迷いもなく立ち塞がり、電光石火!
一刀両断で斬り伏せて、難なく撃退してみせている。
お見事でございまする。
お役目ごくろうでございまする。
そういうこと。
ちゃんと予測し、危機管理して用意してたらなんなく処理できる程度の問題であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あと面白いのが
護衛で大活躍した冷や飯喰らいのサムライの話をしたけど。
実は今回殺された、この殿様さ、名前を『井伊直弼(いい なおすけ)』って言うんだけど
この人もついこないだまで『冷や飯喰らい』側だった人なのよね。
先代が急に死んだり、たまたま跡継ぎ候補がいなかったりの幸運で
オッサンになってから、あれよあれよと『大老』地位まで来ちゃった
逆転スゴロク人生みたいな殿様なんだよね。
護衛で大活躍したサムライと何が違うのか、いや同じだったのか……。
それがまぁ、棚ぼたの権力を使って
気に入らない人間を気軽に殺して殺して殺しまくっておいて。(安政の大獄)
自分が殺されるのを想定してないってなんなんだろうね?
もう衰えてる『徳川幕府』の力を、空気を、まったく読めてないんだよなぁ。
それなのに後の世に『この殿様は賢い人だった!』
って力説している人らが少なからずいるのよ。
残された家来とかが『そういうこと』にしたかったというのが大きいのだろうけど。
不思議だねぇ。
現代に例えると
もうテレビの人気が無くなって芸能事務所の力も衰える一方の時代に
むかし威張り散らしてた、今大ピンチの一流男性アイドルグループ事務所。
それをポンっと引き継いだ成りたての元アイドルの新人社長が、空気も読まずに
全盛期のノリで他の芸能事務所やテレビ局に圧力かけたりケンカ売りまくるみたいなもんだから。(幸い、現実の某元アイドル男性はそんなことしてないが)
そりゃ相当やばいよ。状況が分からなかったじゃ済まされないよ。
──賢いと言えるかどうかなぁ……。
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