薄明かりの神の園

壷家つほ

01. 序

 白と黒の世界だ。

 草も木も空も生き物たちも、目に見える全てのものは確かに蠢き息づいているのに、彼等は一様に色を持たず、そこにある筈の音や温度もない――そんな空虚な景色だった。

 これは夢だ。本当の世界はとても鮮やかな、沢山の色に包まれている筈。そうに違いないのだから。

 透明な風が髪を掠め、思わず目を瞑る。そこで初めて「透明」という概念を知る。白でも黒でもない色がこの世界にはあったのだ。

 ふと、気配を近くに感じて恐る恐る目を開けた。

 眼前には何かが覆い被さるようにして存在していた。ただ、その「何か」が何であるのかは判らない。

(闇の色)

 けれど、黒ではない。もっと別の色だ。

 ややあって、その闇がぽつりと呟いた。自分に話しかけているらしい。

 自分もまたそれに答える。その時何を言ったのかも、やはり頭の中に霧が掛かったように判別が付かなかった。

 だが、確実に答えを聞き取った闇はくつりと笑った。

 闇はまた語りかける。

 次第に焦点が合ってきた。

(女の人だ。長い髪の)

 そうだ。髪が闇の色をしているのだ。

 どこかで会ったことがあるような気がする。いや、この光景自体が昔起こった出来事ではなかったか。

 次第に世界が色を取り戻し始める。

(あの時、自分は何と答えたのだろう?)

 音も徐々に耳へと届き始める。

(あの時、あの人は何と言っていたのだろう?)

 気持ちの悪い生暖かさが肌を舐めた。

(あの闇の色は何と言っただろう?)

 全ての焦点がぴたりと合った。


「アルマカミュラ!」


 人とは思えぬ程に美しく、彼女は心から嬉しそうに笑っていた。



   ◇◇◇



 少女は悲鳴と共に目を覚ました。

「……ゆめ?」

 夢の内容は思い出せない。先程の自分の悲鳴からして間違いなく悪夢だろうが、昔からよく見ていた懐かしいものであったような気もする。

 全身が不快な汗で濡れていた。

 少女は気だるげに床から降りて部屋の戸を開けた。

 朝の冷気の洗礼を受けて身震いし、未だ明け切らぬ空を眺めると、それは群青とも赤とも、黄や橙とも定まらぬ色をしていた。

「混沌……」

 不意に出た言葉に眉を寄せる。

 やや考えた後、少女は汗を流すために部屋を出た。

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