「事件」 〜真相付き〜
秋坂ゆえ
「事件」
ある日、日本という小さな小さな島国は尋常でない驚愕に陥った。
その原因である事件を、某有名雑誌の編集者はこう語る。
「いやあ、全くもって信じられません。このような恐ろしい事件が日本で、いや地球上で起こってしまうだなんて。しかし本当に嘆かわしいというか、何というか……。口にするのもおぞましい事件ですね」
別のスポーツ新聞の記者は言う。
「今や世界中があの事件に注目していると言っても過言ではないでしょう。当社が、核兵器使用や大災害発生時の社会の混乱ぶりを、データとしてある程度想定はしていたのですが、それを遙かに上回る状況ですね。それがまさか核戦争勃発でもなく、この日本で起きた事件が原因だなんて……。国には、自衛隊を総動員してでも早急に犯人を逮捕して欲しいものです」
対して防衛庁長官は、マスコミや市民の強い要望によって開かれた記者会見で、次のようなコメントをしている。
「現在、全国の警察は日本の犯罪史上最大の捜査隊を組織し、北海道から沖縄まで最大限の捜査をし、犯人逮捕に努めております。しかしこのような事件は、日本だけでなくアメリカやヨーロッパでも類を見ないものです。従って警察側も少なからず混乱しているのは隠しようのない事実でもあります。しかし、悪しき犯人は必ず逮捕します。この国家の名誉と警察の誇りに懸けて」
また、この記者会見では、あらゆる団体、マスコミから嵐のような質問が飛び、しかし警察側は捜査上の秘密といい何一つ質問には答えなかった。
ある犯罪心理学者は語る。
「犯人というのは、おそらく精神病か何かを患っている異常者ではないかと思われます。もちろん事件の異常さを見ればあのような行為を実行し得るのは普通の人間には無理だと、どなたでもご理解いただけると思います。大事件が起こった際に見られる類似事件が今回は一件たりとも報告されていないのも、このような事件の異常さを再現できる人物が真犯人以外にいないということです。私も長年様々な異常犯罪を研究して来ましたが今回のようなケースは見たことがありません。全く恐ろしいことです」
波紋は海外にさえ広がった。
FBIの有名な捜査官は、この事件を前例を見ない異常事態とし、捜査の協力を自ら名乗り出た。
「何も調査に身を乗り出したのは、私だけではない。アメリカだけでもその数は数えきれないほどのものになるはずだ。世界中の犯罪研究者や学者、その他の権威が、ジャパンという国に注目し、内心恐怖に怯えながらも勇敢に立ち上がっている。このまま犯人が捕まらずに、海外逃亡の可能性まででてきたら、インターポールはもちろん、国連までもが動き出し、全世界で、まさに地球規模での捜査が行われるだろう。しかし事件が起きたのはジャパンだ。幸い連続しているわけではない。私も微力ながら犯人逮捕に協力する。早急に犯人を逮捕したい」
日本国内は歴史史上類を見ない混乱に陥っていた。 人々は警戒心と猜疑心の固まりとなり、張りつめた空気が国中を覆っていく。
テレビは一日中事件を報道し、雑誌や新聞は全てが全ページ事件を追っている。
あるテレビのインタビューで、事件のあった地区から遠く離れた場所に住む主婦は言った。
「テレビや雑誌は、みんな好き勝手に犯人は男だの女だの異常者だの政治家だの言ってるけど、いったいどれを信じていいのか解らないわ。こうして話してるレポーターのあなたも、カメラマンのあなたも、隣人も家族さえもみんな犯人に見えてくるわ。子供は怖がって部屋から出ないし、大人だってそうよ。表では強がっているけど、本心はみんな怖くて震えているわ。でも当然よね。あんなに恐ろしい事件だったんですもの」 世紀末だとか、予言だとか、とんでもない説が生まれ始めた。恐れをなして、海外へと飛び立つ者も増えてきた。
恐怖により限界まで張りつめられた精神はいとも容易(たやす)く喧嘩や暴動を生む。
「でも、本当に世界中がすごいことになっていますね。冷静に考えてみるととても現実の事とは思えませんよ。それが僕の家の敷地内で起こったんだから、信じられませんよ。いろんな人にいろんな事を聞かれたり、逆に現場に住んでいると言うだけで敬遠されちゃったり。……でも僕、犯人は普通の人だと思いますよ。いろんな偉い人が異常者だとか言ってるけど、その人は精神的に安定した人で意志を持って犯行に望んだんだと思います。だって、あんなに恐ろしい事をしたら世界中がこうなるのは、いくら馬鹿でも解りそうな物じゃないですか。しかし彼には完全なアリバイがあるんです。だからこそ警察は彼を逮捕できず、世界は混乱に陥ってゆく。え、何でそんなに詳しいかって? 僕が犯人だからに決まってるじゃないですか」
彼は言った。
(了)
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