囚われの冒険者達
「ふぅ……最初はハズレだったか。ま、わかってたことだけどな」
五月二〇日、多寡埼市内にあるとある運送会社の倉庫。最初に運ばれてきた
剣一が指導している最後にして最新の新人。しかしその口から語られた指導内容は特別でもなければ画期的でもない、単に昔の映画のワンシーンを模したブートキャンプであったからだ。
「なあ兄貴。あのガキ、自分の親父が権力者だーみたいなこと言ってたけど、大丈夫なのか?」
そんな昭人の隣で、若干不安そうな顔をした平人がそう問いかける。すると昭人は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、不出来な弟に優しく教えてやった。
「問題ない。ちゃんと事前に調べてあるからな。あの夏目とかいうガキの親は、確かに『異協』多寡埼支部の課長だったけど、要はそれだけだ。俺のバックについてるあの人と比べりゃ屁でもねぇよ」
「そうなのか! さっすが兄貴だぜ!」
昭人の言葉に、平人が深く考えることなく賞賛の声をあげる。そのあまりの思考の浅さに「こいつは大丈夫だろうか?」と一瞬不安になる昭人だったが、すぐに「まあ平人ならどうでもいいか」と気にしないことにした。身内の情がないとは言わないが、それでも昭人からすると、平人の存在はその程度であった。
それに実際、昭人の背後にいる人物からすれば、たかだか異協の課長などどうにでもなる。昭人はあくまでも使われている立場なので、電話一本で……とは言わないが、何らかの成果を約束した上での対価としてなら、社会的にでも物理的にでも、その程度の相手はあっさりと消してくれるのは間違いないのだ。
「それで兄貴、次は誰が来るんだ? あの生意気なクソガキか? それとも……」
「捕まえた順だから、そんなの俺が知るかよ。黙って――」
「昭人さん、次の荷物が届きました」
ソワソワしている平人に昭人が呆れた声で話をしていると、ちょうどよく作業着の男がそう声をかけてくる。昭人がそれに頷いて応えると、倉庫の入り口から引っ越し用のトラックが入ってきて、その荷台から大きな段ボール箱が下ろされた。
箱の数は一つ。だが蓋を開けてなかから出てきたのは、手足を縛られた男女一組。
「うひょー! 皆友に愛じゃねーか! 兄貴! 早く! 早くしてくれよ!」
「慌てんな馬鹿。おい、こいつらを起こせ」
「わかりました」
昭人の指示を受け、作業着を着た男が縛られたまま床に転がされた祐二達の顔に、プシュッと消臭スプレーのようなものが吹きかける。それは祐二達を一瞬で眠らせた催眠の魔導具の効果を打ち消し、祐二と愛は即座に深い眠りから目覚めた。
「うーん? 僕いつの間に寝て……っ!?」
「あれ? 私何を……」
「よぅよぅ、お目覚めか、皆友クーン?」
「葛井!?」
起き抜けに一番会いたくない顔を見つけ、祐二が叫ぶ。咄嗟に体を動かそうとしたが、手も足もガッチリと縛られ動けない。
「うそ、縛られてる!? まさか誘拐されちゃったのー!?」
「おい、葛井! どういうつもりだ!? こんなことしてただですむと思ってるのか!?」
「ハッハー! そう強がるなよ皆友くーん! そんな芋虫みたいな格好で凄まれたら、俺怖くておしっこちびっちゃうぜ」
「くっ……おーい! 誰か! 助けてくれー!」
嘲笑う平人を前に、祐二はすかさず大声で叫ぶ。しかし平人に焦った様子はなく、そのニヤニヤ笑いが消えることはない。
「無駄だよむーだ! ここは兄貴が貸し切ってる場所なんだ。助けなんか呼んだって、誰も来やしねーよ!」
「ま、そういうことだ」
そんな平人の横から、昭人が歩み出て祐二に話しかける。すると祐二は平人から昭人に視線を移すと、改めて昭人に話しかけた。
「あんたが葛井の兄貴……お兄さんですか?」
「ああ、そうだぜ。葛井 昭人ってんだ。短い間だが、よろしくな」
「宜しくしたいとは思えないな……それに白昼堂々誘拐なんて、正気ですか?」
思考が戻り、少しだけ冷静になってきた祐二がそう問いかける。意識を失う直前、祐二は愛と一緒にダンジョンに向かっているところだった。眠っていた時間がわからないので今が昼間かは不明だが、少なくとも自分達が掠われたのは正しく昼間……朝の時間帯だったはずだ。
「監視カメラなんてそこかしこにあるし、そもそも今の時代、誰だってスマホを持ってて動画くらい撮影できるんですから、僕達に何かあれば、すぐに警察が――」
「ハッハッハ! そんなことお前が気にする必要はねぇだろ? それにそもそも、お前は自分が政府の要人だとでも思ってるのか? たかだか冒険者のガキの一匹や二匹、どうにでもなるから動いてるに決まってるじゃねーか。
なあ皆友君? 日本を裏で牛耳る権力者なんて言ったら漫画みてぇな話だけどさ、でも世の中には間違いなく権力者ってのはいるし、金をもらえば、脅されれば、多少のことには目を瞑る奴なんて幾らでもいるだろ?
お前の想像する黒幕とか影の支配者なんてのも、最初からでかいわけじゃねぇんだ。そういう小さくて何処にでもある小悪党を脅しつける悪党がいて、そんな悪党を仕切る悪党がいて……そうやって少しずつ上に登っていくと、最後は正しく漫画みてぇな悪党に辿り着くんだよ。
ははは、笑っちまうよなぁ? これだから現実ってのは面白いぜ」
「……………………」
余裕たっぷりに語る昭人に、祐二は唇を噛んで黙り込む。少なくとも目の前の男には、多数の大人を使って自分達を掠って何処かに連れ込むだけの力があるのは間違いないのだ。
「祐くん……」
「メグ……大丈夫だから、落ち着いて。それであんた……昭人さんが、俺に一体何の用ですか?」
加えて祐二の隣には、愛もまた手足を縛られ転がされている。その事実がパニックになりそうな祐二の思考に冷静さをもたらし、どうにかしてこの場を収める方法がないかと考えさせる。
(目的だ。まずは相手がどうして僕達を誘拐したのかがわからなかったら、どうすることもできない。とにかくそれを聞き出さないと……)
「へっへっへ、随分物わかりがよくなったじゃねーか皆友ぉ! なら早速――」
「おい平人。今は俺が喋ってんだ。お前は黙れ」
「わ、わかったよ。なら俺は、先に愛を――」
「黙れって、言ったよな?」
「……………………」
ギロリと昭人に睨まれ、平人がすごすごと引き下がった。そんな弟にため息を吐いてから、昭人は祐二に話しかける。
「はぁ……ったく。んじゃ皆友君に質問だ。平人の話じゃ、お前最近いきなり強くなったんだってな? 俺はその秘密が知りてぇんだよ」
「秘密? 秘密って言われても、僕はただ、日々の訓練を頑張っただけで……」
「嘘だな」
祐二の言葉を、しかし昭人はきっぱりと斬り捨てる。その目には確信が満ちており……故に祐二は困惑する。
「な、何で嘘だなんて思うんですか? 努力して強くなる……そんなの当たり前でしょう?」
「ああ、そうだ。でもお前は嘘をついてる。わかるんだよ……何せ俺のスキルは<看破:四>……嘘を見抜くスキルだからな」
「かん、ぱ……? え、そんなスキル、聞いたことすら――」
「ないだろうなぁ。何せコレ系のスキルが芽生えたってわかったら、真っ先に
自分が嘘をついていると見抜かれる……それがどんなに都合の悪いことかを、世の権力者達は痛いほどわかっている。しかもスキルという人の理解を遙かに超えた絶対の力で断言されれば、正面から否定するどころかのらりくらりと言い逃れすることすら難しい。
故にそんな力は存在することすら否定され、秘匿され、一部の者だけに独占される。自分のものになればよし、そうでないなら……へし折られて
法律や警察機構は民草を守るためという意味もありはするが、それでもやはりその本質は、権力者が自分に都合のいいように下民に嵌める枷であり、自分達の意に沿うように振りかざして脅す暴力の具現化なのだ。
「当然、俺も『対応』されたぜ? そこで俺は、とある人の嘘を見抜く道具として生きる道を選んだ。そのおかげで昼間っからお前達を掠ったり、こんな場所を用意したりできるってわけだ。
どうだ、権力ってのはスゲェだろ?」
「あ、ああ……」
子供のように目を輝かせて言う昭人に、祐二は思わず言葉を詰まらせる。すると昭人は口が裂けたようにニヤリと口角を吊り上げ、甘く腐った息を吐く。
「だから俺もさ、そんな権力が欲しいんだよ。そしてお前は、その足がかりにするのにピッタリの情報を持ってそうなんだ。
てわけだから……さあ、教えてくれよ。お前が隠してる、その秘密をさ」
蛇のように細められた目は、捕らえた獲物を決して逃がさないとばかりに祐二を見つめていた。
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