葛井と剣一
五月一五日。ここ数年は春を飛ばして夏のような気温になることが多く、外にいると暖かいを通り越して軽く暑いと感じるような陽気のなか、剣一はダンジョン前広場にていつものクソガキ三人衆と相対していた。
「よーし、みんな集まったな!」
「はい、教官! 全員集合してます!」
剣一の言葉に、マサやんこと
「……………………」
「? 教官、どうかしましたか?」
「あーいや、何でもない。何でもないよ……」
何故こんなことになったかと言えば、剣一がネットで見た某軍曹の真似事をした結果だ。ちょっとやり過ぎた感じがしなくもないが、剣一は「これは必要なことだったんだ」と内心で自分に言い聞かせる。
それに、実際必要だったのは間違いない。法改正によりレベル一が第三階層までしか降りられなくなったことで、今の新人は「命の危機がある実戦」を経験することができなくなっているからだ。
勿論、スキルレベルが二になればコウモリやネズミどころか、ゴブリンだって十分余裕を持って倒せる力は身につく。だがそれでも調子に乗った子供が正面から殺意を向けられ、怯んでしまったら? 助けてくれる指導者もおらず、調子にのって油断して、不意を打たれてしまったら?
死ぬのだ。多少強くなったところで、人は死ぬときはあっさりと死ぬ。そう考えれば多少やり過ぎっぽい雰囲気があったとしても、子供達を真面目に鍛え上げるのは間違っていないと剣一は考えていた。
「ふぅ。それじゃ今日も――」
「お、いたいた。蔓木!」
子供達を引き連れ、剣一がダンジョンに入ろうとしたまさにその時。不意に背後から声を掛けられ剣一が振り向くと、そこにいたのは赤いシャツの上からチェーンのついた黒い革ジャンを着込む、目つきの悪い男が立っていた。
「誰……って、ああ、葛井か!」
「ふざけんな! 葛井さんだろ、クソチビ!」
「そうだぞ蔓木! お前程度が平人さんを呼び捨てなんて生意気だ!」
「誰がチビだよ!? 誤差の範囲だし、そもそも全員同い年だろうが!」
ポンと手を打ち平人を呼び捨てにした剣一に桐央と連が怒りの声をあげ、それに剣一も言い返す。ちなみにそれぞれの身長は平人が一六五センチ、桐央が一六〇センチ、そして連が一六八センチで……剣一は彼らより若干低い一五四センチである。
「おいお前ら、いいから少し黙ってろ。よう蔓木、久しぶりだな」
そんな取り巻き達を手で制しつつ、平人が剣一に話しかける。その胡散臭い笑みに、剣一は警戒心を露わにして顔をしかめた。
「まあ、久しぶりって言えば久しぶりだけど……何だよ、俺に何か用か?」
「そんな顔すんなって。なに、最近お前が後輩の育成に力を入れてるって聞いてさ。ちょっと話を聞こうと思ったんだよ」
「育成? まあ指導員のバイトはしてるけど……?」
「謙遜すんなって。たった三週間で新人三人のスキルレベルを二まであげたんだろ? それにそいつらも、随分と
怪訝そうな顔をする剣一に、平人はニヤリと笑みを浮かべて言う。
平人が兄のコネを存分に使って調べた結果、祐二のパーティを追い出された剣一は指導員のバイトを始め、たった三週間で結果を出したことがわかった。しかも今剣一が面倒を見ているのは、平人が「いずれパシリに使えるかも」と目を付けていた
「こいつらをここまで大人しくさせるなんて、どんな魔法を使ったんだ? なあ蔓木、俺にも教えてくれよ」
「魔法って……葛井だって知ってるだろ? 俺のスキルは<剣技>なんだから、魔法なんて使えねーよ」
「そりゃそうだろうけどさぁ。でもあるんだろ? 誰でもパッと強くできるような、そんな方法がさ? それを俺にもちょいと教えてくれりゃいいんだよ」
「???」
馴れ馴れしく肩を組んでくる葛井に、しかし剣一は更に困惑を深める。確かに英雄達はあっという間に強くなってしまったが、あれはそもそも本人達に類い希なる資質があっただけであり、剣一は特別な指導をしたという意識はない。
強いて言うなら世界を滅ぼすドラゴンとの戦いに巻き込んだくらいだが、剣一的にあれは指導ではないのでノーカンである。
そしてそれは、正木達も同じだ。多少厳しく……あくまでも多少……指導はしたものの、教えたこと自体はごく普通の知識や心構えだけだ。実体験からくる剣一なりのアドバイスなども混じってはいるものの、特別な指導などと呼べるものは何一つない。
ならばこそ、剣一は首を傾げた。その態度に平人は内心の苛立ちを抑えながら、更にねっとりと問いかける。
「おいおい、隠すつもりかぁ? でも俺は知ってんだぜ? 何せ新人だけじゃなく、皆友の奴まで急に強くなったんだからよぉ? あれ、お前が何かしたんだろ?」
「祐二……っ!? い、いや、俺は別に、何も……」
そこで初めて、剣一が動揺を見せる。新人育成はともかく、祐二が強くなった理由はわかる……というか、本人から話を聞いている。そしてディアの鱗カプセルは間違いなく「特別」だ。
何故葛井がそんなことを知っているのか? その理由は気になったものの、ここで追求するのは流れがよくない。咄嗟に誤魔化す剣一だったが、そんな剣一の態度に逆に確信を得た平人は、肩を組む腕にグッと力を入れて剣一の耳元に囁く。
「ほら、やっぱり何かあるんじゃねーか。いいじゃん、教えろって! 勿論、ちゃんと礼だってするぜ? 金か? それとも女の方がいいかぁ?」
「いらねーよ! てか、離せよ!」
直近の仕事でかなりの額を稼いだとはいえ、今は日給五〇〇〇円で働いているのだから、お金は欲しい。それに可愛い彼女も、できるなら欲しいと思っている。
が、いくら剣一が多少お馬鹿だとはいえ、こんな怪しい話に乗っかるほどの本物の馬鹿ではない。剣一が強引に腕を振りほどくと、葛井は剣一を見下しながら手をプラプラさせる。
「チッ……おい蔓木、いいのか? 今ならまだ優しーく扱ってやるって言ってんだぜ?」
「そうだぞ蔓木! 平人さんに失礼だろうが!」
「土下座して謝れ!」
「知らねーよそんなこと……用がそれだけなら、もう行くぜ? これでも俺、今仕事中だから」
いきり立つ桐央達に、剣一はシッシッと手を振って背を向け、正木達と話を始めてしまった。その態度に腹を立てた桐央が、剣一を睨み付けてから平人に声をかける。
「何だよあのクソチビ、調子に乗りやがって……平人さん、どうします?」
「いつもの場所に掠ってから、人数集めてボコりますか? そうすりゃ蔓木も大人しくなると思いますけど」
「うーん……いや、まだいい。俺は優しいからな」
二人の提案を、しかし平人は却下する。それは勿論「優しいから」などという理由ではなく、単に効率が悪いからだ。
(何かの道具を使ってるっていうなら奪えばいいだけだが、もしあいつの教え方の問題だっていうなら、脅しすぎて
「まずはあいつが育てたっていう、もう一組のパーティの方に接触するぞ。そっちから具体的に何をされたのか話を聞き出せば、それで終わるかも知れねーしな」
「確かに! さっすが平人さんっすね!」
「じゃ、俺がちょっと探してきます」
「ちょっと邪魔が入ったけど、それじゃそろそろダンジョンに行くぞ!」
「はい教官! ……あれ? 今日は糞虫って言わないんですか?」
「くっ!? いや、あれは……く、空想は無視して、現実的に頑張ろうって意味であって、決してそんな汚い言葉じゃない! 勘違いするな!」
「すみません教官! 頭の中の糞を追い出して頑張ります!」
「だーかーらー!」
自分達を無視して騒ぐ剣一の背に最後にチラリと視線を向けると、平人は桐央と共に、連を追ってその場を後にするのだった。
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