いきなりの遭遇

「うおっ、眩しっ!?」


 黒い渦を抜けた先は、やたらと白く輝く広い空間だった。思わず剣一が声をあげると、英雄達も目をしばしばさせながら辺りを見回す。


「これは神殿……ですかね? それっぽい柱が立ってますし」


「本来なら神聖さを感じるのでしょうけど……何故でしょう? とても白々しいというか、胡散臭い感じですわ」


「それ以前に、全体的なスケール感がおかしくない? どんだけでっかい奴が住んでるのよ、ここ」


 白で統一された空間にはゲームや漫画に出てきそうな縦に溝の刻まれた白い柱が建ち並び、その一本一本が剣一達が一〇人手を繋いでも届かないほどに太い。


 床の大理石のようなものも一辺が一〇メートルほどの正方形で構成されており、壁や天井は白すぎる上に広すぎるせいで視認できず、あるのかないのかわからない。


 それらを総合すると、ここは全身が数十メートルはあるような存在に合わせて作られていると思われた。人は大きなものに畏怖を抱くようにできているが、これを見た剣一達が覚えたのは何とも言えない違和感だ。


「よく来たな、小さき者達よ」


「誰だ!? うわっ!?」


 突然声が聞こえたと思ったら、ただでさえ白くて眩しい世界に、目が潰れるのではないかと思われるほどの閃光が炸裂する。これには流石に全員が手や腕で顔を隠し、ようやく光が収まって目を開けると、そこには白いトーガを身に纏う白髪の老人という、もの凄くそれっぽい誰かが立っていた。


「私は神だ」


「神様!? えっ、どういうことですか!?」


「どうもこうもない。神がお前達に力を与え、神がお前達を呼んだ。世界を滅ぼす災厄は既に消え去ったと告げるためにな」


「消え去った!? そんな、どういうことですの!?」


「その詳細をお前達に告げる必要はない。お前達はただ、人には過ぎたる神に与えられた力を、ここで放棄すればいいだけだ。


 それともまさか、目的を失った神の力を、今後も私欲のために利用したいなどと言わぬだろうな?」


「えぇ……?」


 突然の展開に、英雄が戸惑いの声をあげる。その隣では神の真意を見抜こうと聖がジッと神の顔を見つめ……そんな二人の手をキュッと握って、エルが徐に声をあげる。


「二人共、騙されないで。こいつは神様なんかじゃないわ! 少なくとも、アタシ達に世界を救って欲しいって言った神様じゃない!」


「エルちゃん?」


「エル様? どういうことですか?」


「どうって言われると困るけど……アタシと<共感>した巫女様の力が、こいつは別人だって教えてくれるの。証拠も根拠も何もないけど……でも、信じて」


「……わかったよ。エルちゃんがそう言うなら、僕は信じる」


「私もですわ。今会ったばかりの自称神様とお友達でしたら、お友達の方が信頼できそうですし」


 エルの言葉に英雄が頷き、聖は皮肉っぽい笑みを神に向かって見せる。すると神は小さくため息を吐いてから、三人の姿をゆっくりと睥睨した。


「ふぅ、ほとんどスキルが育っていない状態ですらそれを見抜くか……確かに私はお前達に力と使命を与えた神ではない。が、それに何の問題がある?


 自ら世界を救うのではなく、お前達に世界を救う力を与えたように、神というのは万能ではあっても全能ではない。端的に言って忙しいのだ。他の神が力を回収しにきたとして、それを否定するのは違うのではないか?」


「それは…………」


「ほいっ!」


 言い淀むエルをそのままに、不意に剣一が無造作に剣を振った。すると神の体が真っ二つになり、白い霧となってかき消えてしまう。


「ちょっ、ケンイチ!? アンタいきなり何してるのよ!?」


「いや、あれ幻だったからさ。それにヘボが送った先に神様がいるって、おかしくね? 明らかに状況が変だろ?」


「考えてみれば、確かに……?」


「私としたことが、すっかり雰囲気に飲まれて判断が鈍っておりましたわ」


 剣一の指摘に、英雄と聖がそう言って眉間に皺を寄せる。しかしエルだけはずいっと身を乗り出して剣一に問う。


「ちょっと待ちなさいよ! アレが胡散臭いのはわかったけど、何で魔力も見えないアンタが、アタシにすら見破れなかった幻に気づけたの!?」


「ん? ああ、実はちょっと前に似た感じの幻を斬ったことがあってさ。だから今回もそうかなーって」


「そうかなーって…………」


「……何だ貴様は?」


 エルが呆れた声を出すのに一瞬遅れて、場の空気を押しつぶすような大きく重い声が辺りに響く。


「神の力を得たわけでもない雑人が何故ここにいるのかと思えば、我の作った幻影を見破り、切り裂くだと? 貴様一体何者だ?」


「何者って言われると、英雄達の先輩冒険者だな。で? そういうお前は誰なんだよ?」


「我が名を問うか……いいだろう!」


 瞬間、前方の空間を埋め尽くしていた白い霧がブワッと左右に分かれていく。するとそこから姿を現したのは、白金に輝く巨大なドラゴン。


「我が名はニオブライト。世界に白き救済をもたらす、光塵竜こうじんりゅうニオブライト・セデック・ドーンスレート・アスファム・セリア・マグナス・エーレンティリアであるっ!」


 三〇メートルはあるであろう巨大な体を屹立させ、両翼合わせて一〇〇メートルを超える翼を広げるその様は、正しく神。同時にニオブライトから吹き出した圧倒的な魔力が、英雄達の体に物理的な圧力さえ感じさせてくる。


「くっ……こ、これは…………」


「息が苦しいですわ……っ」


「無理無理無理無理! こんなの絶対無理!」


 英雄が膝を突き、聖が胸を押さえてうずくまり、誰より魔力に敏感なエルは頭を抱えて泣き叫ぶ。自らを弑する可能性を秘めた子供達の無様な姿に、ニオブライトは竜の口元をニヤリと嫌らしく吊り上げた。


「ふふふ、技神の加護を得た厄介な存在とはいえ、育たなければやはりこんなものか。半端に手を出すと強い運命力によりあっという間に育ってしまう故に全員が集まるまで放置し、その後はまっすぐ我が元に導く手筈であったが、上手くいったようだ」


 特別な技神の加護を与えられる者は、どの世界でも四人。そのうち三人しか集まっていない状況でここにくるのは予定外だったが、あれは集まらねば真の力を発揮しないことを、ニオブライトは過去の経験から学習している。


 なので一人が残るだけなら問題はない。そう判断し、地に蠢く虫を潰すようにその手を伸ばしたが……


キィン!


「む?」


「おいおい、さっきから俺のこと無視し過ぎじゃねーか?」


 この世界に存在するどんな金属より頑丈な己の爪が、得体の知れない人間の子供に弾かれる。その事実に不快そうに顔を歪めたニオブライトに対し、剣一が余裕の表情で抜き放った剣をポンポンと肩に乗せる。


 そしてそんな剣一の姿に、英雄達が必死に声をかける。


「けん、いちさん…………にげ、て…………」


「そう、ですわ…………せめて、貴方だけでも…………」


「動けるなら……さっさと行きなさいよ…………この、馬鹿……っ!」


「馬鹿は酷いだろ!? まあ大丈夫だから任せろって。それより一つ確認したいんだけど、英雄達が倒さなきゃいけない敵の親玉ってのは、このドラゴンで間違いないのか?」


「は、い。たぶん…………」


「そっか! なら安心してぶった切っていいわけだな!」


 苦しげな表情で頷く英雄に対し、剣一は嬉しそうにそう答える。目の前の敵を倒せばいい……そのシンプルな解決法は、剣一にとって実に理想的であった。


「てわけだドラゴン! ニオブ……ニブドラでいいや。お前の出番はここで終わりだから、さっさと負けて退場してくれ! 夕食までに帰らねーと、ディアのやつが家の備蓄を全部食い尽くしちまうんだよ!」


 極めて個人的な理由を口にして、剣一がニオブライトに剣を向ける。その余りに傲岸不遜な態度に、ニオブライトの口が裂けるように開いた。

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