後輩達の事情

「ふぅ、ふぅ……よし、とりあえずこんなもんだな」


「よ、ようやく終わった…………?」


 おおよそ一〇分ほどのお説教を終えた剣一に、エルがヘロヘロの顔になって声を漏らす。滅多に怒られることなどないエルからすると、一〇分の説教は永遠に感じられるほど長かったようだ。


「ふふ、このようにお説教されるなんて、何年ぶりでしょうか? 正直少し嬉しいくらいでしたわ。英雄様はどうでしたか? ……英雄様?」


「どうした英雄? まさか話聞いてなかったのか?」


「き、聞いてました! 勿論バッチリ聞いてましたけど、僕としてはそれ以外の事がどうしても気になって仕方なかったというか……」


 余裕の笑みすら浮かべている聖とは違い、ソワソワと体を揺らしている英雄が剣一の背後に視線を動かす。そこには五つほどの魔石が転がっており、そのどれもが英雄が見たこともない程の大きさだった。


「ケンイチ、アンタ本当に強かったのね……」


「はっはっは、先輩なんだから、そりゃ強いに決まってるだろ?」


「そういう範疇の強さじゃないと思うんだけど……」


 最初の一匹こそ驚きだったが、そのまま二匹三匹と出落ちで倒されるミノタウロスを見てしまえば、もはや呆れた声しかでない。指導を受けていたのだから相応に強いとは思っていても、まさかここまで規格外に剣一が強いとは、英雄達の誰も想像すらしていなかった。


「ま、それはいいだろ。それよりそろそろ事情を説明してくれるか?」


「あ、やっと聞いてくれるんですね。わかりました、説明します。ただ二つほど約束して欲しいんですけど」


「ん? 何だ?」


「一つは、今からする話を誰にも言わないこと。理由も説明しますけど、言いふらされるのは誰にとっても不幸になることなので。


 それと二つ目は、どんな内容であっても最後まで話を聞いてくれること。途中で『そんな馬鹿話聞いてられるか!』とされてしまうと、僕達としても困っちゃいますから」


「ああ、そんなことか。誰にも言わない、最後まで聞く……わかった」


 英雄の申し出に、剣一は頷いて応える。実際には犯罪に関わるようなことなら約束を破って警察に報告するだろうし、自分の理解が及ばないような難しい話なら祐二に相談しようと考えるくらいはしていたのだが、少なくとも積極的に約束を破る気はないので剣一的には問題ない。


「じゃあ説明しますけど…………実は今、世界は滅亡の危機に瀕しているらしいんです。で、僕達はそれをどうにかするために、神様から特別なスキルを……あ、待ってください。最後まで! お願いですから最後まで聞いて下さい!」


 あからさまに胡散臭そうな顔になった剣一に、英雄が慌ててそう言い募る。自分が話を聞く立場なら同じような反応になると考えているからこそ、尚更必死だ。


「まあ、約束したから聞くけど……あれ? でも英雄のスキルって<剣技>なんだろ? 特別ってことは、違うのか?」


「はい。僕の本当のスキルは<共鳴>なんです。これは自分や仲間にかかっている付与スキルの効果を、仲間の数に応じて増加させる効果があります」


「効果を増やす? そりゃ凄そうだけど、じゃああの光る剣は、何かのスキルを増幅してるってことか?」


「それはアタシが説明してあげるわ!」


 首を傾げる剣一に、エルが元気に手を上げて言う。


「アタシのスキルは<共感>って言うんだけど、これは過去の英霊の魂と共感して、そのスキルを使えるようにするってものなの。アタシ自身はそのスキルをより使いこなせるように、神の声を聞いたって言われてる偉大な巫女様の魂を<共感>してるわ。


 それで聖には世界を巡って沢山の人の心と体を癒やしたっていう聖女様の魂を、そして英雄には一〇〇万の敵を倒して世界を救ったっていう勇者の魂を<共感>させて、そのスキルを使えるようにしてるのよ!」


「そして私のスキルは<共存>……自分や仲間にかけられたスキルの効果時間を延長し、ずっとかかったままにするというものですわ。これのおかげで本来なら一時的なものであるエル様のスキルを半永続化し、借り物のスキルを自分のものであるように使うことができるのですわ」


「ほーん? つまりエルのスキルで全員に昔の凄い人のスキルを付与して、聖さんのスキルでそれを維持し、英雄のスキルでそれを増幅してるってことか。


 おお、スゲーな。完璧なシナジーじゃん」


「でしょー? ま、そうなるように神様がしたんでしょうけどね。じゃなきゃ流石にできすぎよ。他に似たスキルを持ってる人も出会ったことないし」


「なるほど、そう言われると納得できる気がしなくもないな……でもそんな力があるなら、何でわざわざ指導員なんて募集して、ダンジョンの浅い層で活動してたんだ?」


「それはこの国の法律のせいよ! 強くなるのはあくまでも借りてるスキルだから、アタシ達が持ってる本来のスキルは全員レベルが一なの。協会証ライセンスにはそっちが刻まれちゃってるから、誤魔化せないのよ」


「あー…………」


 自分もまた、呪いのように刻まれた<剣技:->のせいでダンジョンに潜れない剣一は、エルの言葉に深く共感する。そしてそんな剣一に、聖が更に言葉を続けていく。


「それに、剣一様と一緒にダンジョンで活動していた時の私達の実力は、決して弱者を演じていたものではありませんわ。英雄様の<共鳴>のスキルを使わない状態ですと、あれが本当の実力なのです」


「そして僕の<共鳴>スキルは、気軽には使えないんです。それが今回、剣一さんを襲った理由なんです」


「……聞かせてくれ」


 ようやく話が確信に触れるのかと、剣一が改めて聞く姿勢を取る。だが次の瞬間、剣一の背後にゾワゾワとした謎の気配が出現する。


「ん? 何だこの感じ……?」


「っ!? まさかもう嗅ぎつけられた!? 剣一さん、すぐにここを離れましょう!」


 慌てる英雄の言葉は間に合わず、剣一の背後の空間に黒い穴が開く。そこからにょろりと這い出してきた蛇を、剣一はサクッと切り捨てた。


「蛇? どっから出てきたんだ?」


「ああっ!? それ、倒しちゃったんですか!?」


「えっ!? あ、これ、倒したら駄目なやつだったのか?」


「それは偵察役というか、僕達がある程度以上の力を出すと、それに反応してこっちの居場所を探ってくるやつなんです。今までは倒さずに逃げることで誤魔化してたんですけど……」


「倒してしまったとなると、本格的な調査が来るでしょうね。今すぐここを離れなければ危険ですわ」


「あいつらは手段なんて選ばないの! もし何かのきっかけでケンイチがアタシ達の力のことを知ってるってバレたら、ケンイチまで襲われることになっちゃうの! だから手荒でも記憶を消すしかなかったのよ! あうっ!?」


 勢い込んで立ち上がろうとしたエルが、足の痺れで前向きに倒れ込んだ。すると隣にいた聖が、すぐにエルに声をかける。


「大丈夫ですかエル様?」


「ごめん、足が痺れて……これ回復魔法で何とかなる?」


「すみません、痺れは怪我ではないので、魔法では……」


「僕が背負うよ! 剣一さん、すぐにここを出ましょう!」


「…………大丈夫だ」


 慌てる英雄達に、しかし剣一は落ち着いた声でそう告げる。その手がゆっくり腰の剣へと動くと、英雄達に背を向けて立つ。


「そうか、お前達は最後まで、俺の為に気を遣ってくれてたのか。やり方はあんまりよくねーと思うけど……確かに逆の立場だったら、俺もどうしていいかわかんねーしなぁ」


 自分に力がなかったら、果たして無力な後輩を巻き込んでしまった時、どうしたか? 静かに目を閉じて考えてみたが、剣一に名案は浮かばなかった。


 故にもう怒りはない。できる限りの精一杯で自分を守ろうとしてくれた後輩達に、何の憂いもなく背中を見せられる。


「でも、安心しろ。俺はお前達の先輩だぜ? 後輩が困ってるなら、力になるに決まってるだろ」


「剣一さん……?」


「ケンイチ、アンタ何を……?」


「何が来るのか知らねーけど、来るなら来い。俺はもう……剣を抜いた・・・・・ぜ?」


 抜き身の剣を手に持ち、自然体で立つ剣一。その正面にギュバッと巨大な黒い渦が生じ、そこからナニカが飛び出してくる。


「ここか! もう逃がさんぞ使徒共! 四天王であるこの俺様が……?」


 現れたのは単眼の体から一二八匹の蛇を生やす魔物。その自慢の武器にして防具である蛇の触手が、この空間に出た瞬間に一本残らず切り落とされる。


「うぇるかーむ!」


 無力な丸坊主となった蛇玉の魔物が床に転がって見上げたのは、この世のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべた少年剣士の姿であった。

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