教えられたり、教えたり

「さあ、それじゃ最後はいよいよアタシね!」


 丁度近くからプルプル這ってきたスライムを前に、エルが堂々と立ち向かった。その姿を見て、剣一は軽く顔をしかめて声をかける。


「なあ、エル。今更なんだけど、そんな格好で大丈夫なのか?」


 下は黒いスパッツの上から鮮やかな模様の入ったパレオを腰に巻き付けているだけで、足はほぼ剥きだし。上もノースリーブでおへそが丸見えな丈の短いシャツ一枚だ。いくらスライムが弱いとはいえ、無防備な腹に食らうと大分痛いと思われる。


 だがそんな剣一の懸念に対し、エルは一瞬怪訝そうな表情をしたものの、すぐに納得した表情でその口を開く。


「……ああ、ひょっとしてケンイチ、魔力が見えないの?」


「魔力? そりゃ見えないけど……え、魔力って見えるもんなの!?」


「その辺は人によるわね。割とはっきり見えるって言う人もいるし、ぼんやり感じるだけって人もいるわよ。


 ただカメラとかには映らないから、見えるって言う人であっても実際には見えていなくて、脳が情報を視覚化処理してる……つまり『視える』状態に錯覚させてるんだって意見もあって……」


「お、おぅ……?」


「……アンタ、全然わかってないでしょ?」


「そんなことねーよ! それで? その魔力がどうしたんだ?」


 心のメガネは夢の中に置いてきてしまったので、今の剣一には賢さが足りない。やむなく強引に話題を戻すと、エルは呆れたようなため息を吐いてから話を続けた。


「はぁ……あのね、アタシは自分の体を、薄い水の膜で覆ってるの。より正確には、水になる直前の魔力って感じかしら? それのおかげで暑さや寒さをある程度無効にできるし、防御力もそれなりにあるのよ」


「へー、そうなのか。子供だから寒くないってわけじゃないんだな」


「当たり前でしょ!」


 今は四月。決して寒いわけではないが、かといって袖なしヘソ出し太もも丸出しの服で大丈夫かと言われれば違う。剣一はそれを雪の中でも半ズボンで走りまわる子供と同じだと思っていたのだが、エルの言葉によりそうではないと理解した。


「ま、流石にヒデオの鎧ほどの防御力はないけど、粘性のある水の特性があるから打撃と斬撃には結構強いわよ。刺突、貫通系は苦手だけど、あれはそもそも分厚い革の鎧とかじゃないと防げないし。


 あと、魔力を纏うのはどうしても肌に直接じゃないと難しいから、普通の服が着られないって制約もあるわね。今着てる服は下着も含めて特注品だから平気だけど……って、何言わせるのよえっち!」


「ぐほっ!?」


 突然エルにお腹を殴られ、剣一が痛みに悶える。多分スライムの体当たりより、今の一撃の方が威力が高い。


 一方的な暴力、圧倒的な理不尽。本当ならば怒りたいが、年下の、しかも女の子にそれをすると後でもっと酷い目に遭うと、剣一のなかの祐二がメガネをキラリと光らせて囁く。その背後にもの凄くいい笑顔を浮かべる愛の姿も見えたので、剣一は全てを飲み込んで耐えた。


「うぅぅ……ほら、それよりそろそろ戦わないのか?」


「あ、そうね! まあでも、スライムなんて楽勝よ! 見てなさい……ウォーターアロー!」


 剣一に促されて魔物に向き直ったエルが、短い詠唱と共に右手を振る。するとエルの右肩の上辺りから水の矢が一本飛び出し、床の上でプルプル震えていたスライムをあっさりと打ち抜いた。


「ふふーん! どう? ま、この程度じゃ練習にもならないわね!」


「流石エルちゃん!」


「素敵ですわ、エル様」


「でしょー? もっと褒めてもいいのよ? 特別にケンイチにも、アタシを褒め称える権利をあげるわ!」


「ああ、大したもんだ……でもこれだと確かに練習にならないな。それなら次は少し趣向を変えるか。三人とも、ちょっと待っててくれ」


 そう告げると、はしゃぐ三人を残して剣一は一人その場を去っていく。なので英雄達がそのまま待機していると、一五分ほどして五匹のスライムを引き連れて剣一が戻ってきた。


「おっそーい! って、何そのスライム?」


「いや、一対一だと練習にならないって言うなら、複数対複数でやればいいと思ってさ。あ、でも英雄は剣を鞘から抜かずに戦うこと。あとエルは攻撃魔法禁止だ」


「鞘で殴れってことですか? わかりました」


「ちょっと! それだとアタシ何もできないじゃない!」


「いやだって、普通に攻撃したらあっという間に倒しちゃうだろ? 何かダメージを与えない魔法があるなら使ってもいいけど?」


「む。それだと……あー、駄目ね。攻撃っぽく飛ばすならどうしてもある程度圧縮しなきゃだから、スライム相手じゃどうやっても倒しちゃう。かといって指先からチョロチョロ出した水を引っかけても訓練にならないし……」


「だろ? だから今回は回避とか位置取りの訓練ってことにしといてくれ。前衛が戦ってる時に後ろから魔法を撃つってそこそこ難しいはずだから、『今魔法を使ったらどうなってたか』をしっかり確認しながら立ち回るんだ。


 同時に英雄も、背後からの射線を意識する動きの練習だな。自分にとっては最適な動きでも、後衛からすると邪魔になるってことはある。自分がとどめをさすべきか、あるいは後衛に譲って別の敵に対処すべきか、そういう判断を磨くのは重要だぞ」


「わかりました。難しそうですけど、やってみます」


「はーい。まあ意外と悪くなさそうな訓練だから、付き合ってあげるわ」


「では私は、いつも通りにお二人をサポートしますね」


「それじゃ訓練開始だ!」


「「「おー!」」」


 剣一が見守るなか、いっそ幼いと言ってもいいくらい若い三人が戦闘を開始する。相手はスライムとはいえ、五匹もいれば手数はそれなりだ。しかも倒せないとなればいなすかかわすかしかないわけで、いつもとは違う戦い方を強いられる。


「うわ、これ意外と難しいな? あっ!?」


「きゃっ!? こっちにスライムが来てますわ!」


「ちょっとヒデオ、しっかりしなさい! ウォータースクリーン!」


 英雄の動きは悪くないものの、まだまだ視野が狭く対応力が低い。そのせいで簡単に敵に抜かれ、後衛が攻撃に晒されてしまう。


 その攻撃をエルが防御用の魔法で防ごうとしたが、水の膜を張る魔法は本来なら敵の魔法や矢のような遠距離攻撃を撃ち落とすためのものであり、スライムほどの質量のある相手を防ぎきることはできない。


 結果びしょびしょになったスライムの体当たりが聖に命中し、よろけて尻餅をついてしまう。英雄が咄嗟に手を伸ばしたものの間に合わない。


「あうっ!?」


「ごめん! 聖さん、大丈夫!?」


「ええ、大丈夫ですわ」


「ヒジリはお尻がおっきいから平気よ! それよりヒデオ、注意を逸らさないで!」


「ご、ごめん!」


「うぅ、痛いですわ……エルさんには後でお話しがありますからね」


(うーん、いい感じだなぁ)


 頑張る若者達の姿を見守り、剣一は弟子を見守る師匠のような気分になって、ありもしないヒゲを撫でるように手を動かす。実際には二歳しか違わないし、そもそも自分達だって何年か前に同じような訓練をしているのだが、それはそれだ。


 五分、一〇分と戦闘が続くと、全員の息が切れてくる。それを見計らって剣一が「もう倒していいぞ」と声をかけると、鬱憤の溜まっていたエルの魔法がここぞとばかりに炸裂し、あっという間にスライムを破裂させた。


 だが、勿論それで終わりではない。軽い休憩と反省点を話し合い、その後はまた剣一が集めたスライムと集団戦。そうして同じ事を幾度か繰り返し、全員がクタクタになったところで今日の訓練は漸く終了となった。


「あー、外の空気が美味しい! 空が高いって最高ね!」


「こんなに疲れたのは久しぶりだなぁ。凄く充実した時間だったよ」


「でも、明日は筋肉痛になっている気がしますわ……」


「ははは、三人ともお疲れ様。それじゃ今日はここまでってことで。次はいつがいい?」


 剣一の問いに、英雄が軽く思案顔になる。


「そうですね。明日もまた……と言いたいところですけど、確か普通の冒険者は、一度ダンジョンに潜ると休みを挟むんですよね?」


「そうだな。疲れた状態で潜ると思わぬ怪我をすることがあるから、一日くらいは休む人が多いかな」


「なら僕達もそうします。今日学んだことをしっかり復習もしておきたいですし」


「そっか。なら明後日、今日と同じ時間、同じ場所に集合ってことでいいか?」


「はい! 二人もそれでいい?」


「私は勿論構いませんわ」


「アタシもいいわよ」


「了解。じゃ、剣一さん。そういうことでお願いします」


「おう! それじゃまた明後日な!」


 そう言うと、笑顔で手を振り剣一がその場を離れる。その背を見送ると、英雄達は改めて顔を見合わせ話を始めた。


「剣一さん、いい人だったね」


「そうですわね。エル様が『年の近い人がいい』と仰った結果、改正法が施行されてしまうまで指導員が決まらなかった時はどうしようかと思いましたが……」


「何よ! ヒジリだってその方がいいって言ったでしょ!? アタシ達には重要な使命があるんだから、こんなところで変なのに引っかかってられないじゃない!


 それに…………」


 いつも元気なエルが、キュッと口を閉じて俯く。そんな友達の姿に、聖が悲しい顔をしてそっと寄り添う。


「ごめんなさい、エル様を責めるつもりなんてありませんわ。それに結果としてよい方に巡り会えたのですから」


「そうだね。ようやく正式にダンジョンに入れるようになったし、これからも三人で頑張ろう」


「勿論ですわ!」


「……フンッ、わかってるわよ!」


 そうして元気を取り戻したエルと共に、三人もまた家路につく。その小さな背中には、人知れず大きな何かがのしかかっているようだった。

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