後輩達と顔合わせ
見事バイトの合格をゲットした剣一は、そのままノリで近所の巨大デパートに出向くと、まだ収入どころか働いてすらいないのにちょっといい肉と肌触りのいい高級タオルケットを三枚買って家に帰った。
その後は自宅で「新人に何を教えようかなー?」とワクワクしながら指導内容を考えたり、ちょっといい肉の取り分を巡ってディアと箸チャンバラを繰り広げたり、少しだけふかふかになった巣の具合にはしゃぐディアを生暖かい目で見つめたりして過ごし……明けて翌日。剣一がダンジョン前広場の指定された場所にいくと、そこには三人の新人冒険者達が待っていた。
なお途中すれ違った幾人かから「あの子、ぬいぐるみの……」「仲間に捨てられたんですって」などというヒソヒソ声が聞こえた気がするが、おそらく間違いなく絶対完璧に気のせいなので、剣一は強い心で気にしないことにして元気よく自分から声をかける。
「おはよう! セルジオさんに言われて来たんだけど、君達が俺の指導する新人パーティってことでいいのかな?」
「あ、貴方がそうなんですね! 僕は
最初に頭を下げたのは、服の上に金属製の部分鎧を身につけた、剣一と同じくらいの身長の男子だ。よく言えば優しげ、悪く言うと気弱そうな表情は、あまり冒険者に向いているようには見えない。
「初めまして。私は
次に挨拶をしてきたのは、如何にも上等な白いローブに身を包み、節くれ立った杖を手に持つ女の子。整った顔立ちとまっすぐで艶のある長い黒髪、気品を感じさせる立ち振る舞いは、いいところのお嬢様という感じである。
「アタシはエルよ、それにしても……」
最後に名乗りをあげたのは、露出多めの南国風な衣装に身を包む褐色肌の少女。短めの赤い髪は波のようにウェーブがかかっており、瞳は蒼い。そんな明らかに異国人っぽいエルが、剣一の周囲を回りながらまじまじと観察する。
「ジイが認めたんなら間違いって事はないでしょうけど……本当にアンタがアタシ達の指導役なの?」
「おう、そうだぜ! 俺は蔓木 剣一。一四歳で、君達より二年先輩だ! 宜しくな!」
不躾な眼差しと疑うような言葉を、剣一は一切気にせず笑顔で答える。子供の心を今も大切に持ち歩いている剣一からすると、この程度の言動はむしろ「最近の子は用心深くていいなぁ」と思うくらいであった。
「さて、それじゃ早速ダンジョンに入るわけだけど、どんな準備をしてきたか、ちょっと教えてくれるかな?」
「あ、はい。準備と言っても簡単なものだけですけど」
剣一の言葉に、英雄が腰につけていた鞄を開けて中身を見せる。そこに入っていたのは一〇センチほどの小瓶で、赤いのが四つと青いのが二つ。赤い方は怪我を癒やすポーションで、青い方は魔力を回復するポーションだ。
「お、ポーション持ってるのか! 青もあるってことは、魔法系のスキルがあるのか?」
「はい。僕のスキルはき……<剣術>なんですけど、後の二人が魔法系なんです」
「はい。私が<回復魔法>で……」
「アタシは<水魔法>よ。チュートリアル階層の魔物なんて一撃なんだから!」
「ってことは、前衛一に後衛二か……ちょっとバランス悪いな」
「何よ、いきなり文句言うわけ!?」
剣一の言葉に、エルがずいっと身を乗り出して言う。だがそんな可愛らしい威圧に剣一が負けることはない。
「文句じゃなくて、感想さ。その組み合わせだと久世君が前衛で敵を相手どって、それを光岡さんがサポート、エルちゃんが隙を突いて魔法で仕留めるって感じの流れだと思うけど、魔物の数が少ない浅い階層ならともかく、深く潜り始めたら一人じゃ物理的に止めきれないと思うんだよ」
「そんなことないわよ! 魔物なんてぜーんぶアタシの魔法で一発で仕留めちゃうんだから、雑魚がどれだけ湧いてきたって問題ないの!」
「そうですわ。それに英雄様はとてもお強いですから、一人でもしっかりと私達を守ってくださいますもの」
「勿論です! 二人には指一本触れさせません!」
得意げに胸を張るエルと、英雄を見てニッコリと笑う聖。そしてそんな二人を横に、英雄がドンと胸を叩いて宣言し……しかしその表情がすぐにちょっとした困り顔に変わる。
「それに、僕達にもちょっと事情がありまして……あんまり不用意に仲間を増やせないんです」
「そうなのか? ま、個人で事情は色々あるよな。でも無理はするなよ? 何でも自分でやらなきゃって考えて、頑張りすぎた結果失敗する奴って割といるんだ。
できないことをできないって言うのは恥ずかしいことじゃない。できないことが認められず、結果誰かに迷惑をかけることの方がずっと恥ずかしいんだ。変に意地を張って仲間に迷惑なんてかけた日には、それからずっといじられることになるしな」
「なるほど……」
「何だか実感のこもった言葉ね? ツルギもそういう失敗したことあるの?」
「フッ、あの頃は若かったのさ……」
「二つしか違わないのに何言ってんのよ……」
格好つけて誤魔化す剣一に、エルがジト目でそう突っ込んでくる。この流れでもっと具体的に突っ込まれると過去の恥を晒す羽目になると思い至り、剣一はやや強引に話題を変えた。
「それより、俺のことは剣一でいいよ。確かに二つしか違わないんだし」
「わかりました。じゃあ僕のことも英雄って呼んでください」
「私も聖で構いませんわ」
「アタシもエルでいいわよ。まあ最初っから呼んでるみたいだけど」
「あはははは……今日は初日だから第一階層をチラッと見ていくくらいだし、準備はそれで十分だね。んじゃ行こうか」
他の二人はともかく、エルはエルとしか名乗っていないのだから他に呼びようがない。そんなツッコミを笑顔で誤魔化し、剣一は一同をダンジョンへと促した。そのまま入り口の改札に並び、剣一が
「おおー、電車の改札と同じだね」
「普段の移動は自動車ですから、とても新鮮ですわ」
「アタシこれ始めて! ちょっと楽しいわね!」
(本当に始めてなんだなぁ……ふふふ、その気持ちわかるぞ)
剣一も始めてこの改札を通った時は、特に意味も無く感動したものだった。もしも他に並んでいる人がいなかったら、きっと三回……いや五回は出たり入ったりを繰り返していたと思っている。
「ほらほら、気持ちはわかるけど、後の人がつかえてるからな」
「「「はーい」」」
とはいえ、それも今は昔。いい感じに先輩風を吹かせる剣一が三人を引き連れてダンジョンに入ると、そのまま奥の方へと移動を開始する。
「入り口付近は人の出入りが激しくて落ち着かないし、何より下手にあそこで戦ったりすると、知らない誰かを戦闘に巻き込んだりしちゃうから、あそこに留まって戦うのはマナー違反だ。ちゃんと覚えておけよ?」
「はい。あ、でも、じゃああそこで魔物から襲われた場合は、どうすれば?」
「その場合は応戦してもいいと思うけど、あそこで襲われることなんてまずないからなぁ……」
このダンジョンに二年通い詰めた剣一だが、入り口付近で魔物に襲われたことは一度も無い。というのもあそこは常に人がいるし、何よりあそこはダンジョンの入り口……つまり新人のみならず、もっと奥で活動する冒険者も必ず通る場所である。
となれば、スライム如きが湧いたところで秒で倒されて終わりである。結果として入り口付近に魔物が発生し、かつ人を襲うほどの時間生存するのは相当に稀であった。
「正直、新人なら手を出さずに無視ってのがベターだな。どうせすぐベテランの冒険者が通りかかって、サクッと倒してくれるから」
「えー? 魔物がいるのに、そんな対応でいいわけ?」
「いいんだよ。スライムの体当たりなんてダメージないようなもんだけど、武器や魔法なら当たると怪我するだろ? 慣れてない新人が下手に戦う方がよっぽど危ないんだって」
「それは確かにそうかも知れませんわね。素人の振り回す刃物は危ないと、お父様も言っておられましたし」
「そうだな。変にふらついたりよくわかんない斬りつけ方をされると、対処が難しいよな。やり返していいならどうにでもなるけど、同業者じゃそうもいかないし」
微妙に物騒な聖の言葉を、剣一は華麗に聞き流す。その後も軽い雑談を繰り返しながら、一行は本日の目的地である第一階層の奥まった場所へと辿り着いた。
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