バイト試験:面接編

「指導員のアルバイトですか? 確かに募集はしてますが……」


 四月六日。朝から「異界調査業協同組合」……通称異協へやってきた剣一に、職員の男性が微妙な表情を向ける。


 痛ましい「子供の盾」事件以降、それまでの「善意で子供を連れて行く」人達は世間の煽りを受けてすっかり鳴りを潜め、代わりに「報酬を払う代わりに責任を持って指導、育成してくれる」人の需要が増えた。


 その結果異協では常時指導員の募集をしているのだが……問題は剣一の協会証ライセンスに刻まれた<剣技:->という表記である。


「蔓木さんのスキルレベル、一ですよね? これだとむしろ指導してもらう側だと思うんですが……?」


「いやいや、俺これでも二年の活動経験があるんですよ、だからダンジョン内で気をつけるべきこととか、知ってると便利な小ネタとか、色々教えられることがあるんです!


 それにスキルの方も確かに今は一ですけど、いつ二に上がってもおかしくないというか、そりゃあもう限りなく二に近い、むしろ一気に四とか五とかまであがるような一ですから!


 あ、勿論実力を確かめてもらっていいですよ! むしろそういうの大歓迎です!」


「はぁ……じゃあちょっと探してみますね」


 前のめりに捲し立てる剣一に、職員の男がカチャカチャとキーボードを叩く。すると今現在募集されている人員のなかに引っかかるものがあった。


「あ、一件ありますね。年齢一五歳以下、スキルの種類およびレベル不問。ただし契約前に実力テストあり。報酬は……日給一〇万!? え、何でこんな好条件の依頼が残ってるんだ?」


「それ! それにします! テスト受けます!」


「は、はい。わかりました。じゃあ手続きをしますので、少々お待ちください」


 明らかに訳ありっぽい依頼に秒で食いつく剣一に、職員の男は粛々と手続きを始める。


「……はい。じゃあ明日の午前に、第三運動ホールに行っていただけますか? 後はそちらで依頼主の方と直接交渉していただく形となります」


「わかりました! よろしくお願いします!」


 元気よくそう返事をすると、剣一がぺこりと頭を下げて去っていく。その背を見送って自分のデスクに戻った職員に、同じ職場の男が声をかけてくる。


「よう、どうしたんだそんな変な顔して?」


「あ、先輩。いや、今の子に指導員のバイトを紹介したんですけど、ちょっと条件がおかしいというか……それにどうして個人の試験に、うちのホールを貸し出してるんですか?」


「ん? どの依頼だ?」


「これですこれ」


 職員の男がパソコンの画面を指差すと、先輩の男が訳知り顔で頷く。


「あー、これか。これ三ヶ月くらい前に来た依頼なんだけど、なんか試験がもの凄く厳しいとかで、誰も通らないんだよ。あと噂じゃ、どっかのお偉いさんが関係してるとか? だからうちもできる限り協力してるんだってよ」


「へー、そうなんですか。じゃあ悪いことしちゃったかなぁ」


「何でだ?」


「いや、あの子実務経験は二年あるって言ってたのに、スキルレベルが一だったんですよ。多分先日の法改正で、それまでのパーティと一緒に行動できなくなっちゃったんじゃないかなって思って」


「なるほどなぁ。でも二年でレベル一のままって、どんなレアスキルだよ?」


「<剣技>だそうです」


「……そんなありきたりのスキルでレベルがあがってないなら、冒険者……じゃない、異界調査員は向いてないんじゃないか?」


 スキルレベルの上がりやすさは、そのスキルの種類にも影響される。効果の高いスキルや魔法系のスキルはレベルの上がりが遅いとされているが、剣技は一般汎用スキル……つまり特にレベルが上がりづらいということはない。


「その辺は本人の考え方もありますから、何とも……ただ、それだと試験は……」


「まあ通らないだろうな。でも割り切れ。俺達は単なる職員なんだ。駄目っぽい奴にいちいち同情してたら、こっちの心が疲れちまうぞ」


「わかってはいるんですけどね……」


 おそらく酷く挫折するであろう少年の今後に、職員の男は軽く祈りを捧げる。だが当然剣一がそれを知ることはなく……翌日の午前。指定された場所にやってきた剣一を出迎えたのは、ビシッとしたスーツに身を包んだ初老の男性であった。


「えっと、すみません。指導員のバイトの面接をうけに来たんですけど……」


「そうですか。ではこちらへどうぞ」


 扉から覗く間の抜けた顔に、初老の男は入室を促しながら目を細めて観察する。剣一はその視線に幾分か緊張しながらも、広くて何もない室内へと足を踏み入れていった。


「初めまして! 俺は蔓木 剣一です! ちょっと前まで友達と一緒にパーティを組んでたんですけど、事情があって俺だけ抜けることになって……それで仕事を探していたら、異協の人に紹介されてここに来ました!」


「はい、ありがとうございます。私はセルジオと申します。本日は宜しくお願い致します」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 柔和な笑みを浮かべて言うセルジオに、剣一はまっすぐ背筋を伸ばして綺麗にお辞儀をする。その態度に好意的な笑みを浮かべつつも、セルジオは内心で軽く首を傾げていた。


(ふむ、明らかにただの少年ですね……)


 たった一日とはいえ、隠されているわけでもない情報を調べるなど、セルジオからすれば造作も無いことだ。そうして得た事前情報はそのほとんどが取るに足らない内容だったが、たった一つだけセルジオの気を引く内容があった。


「では蔓木さん。実技の試験を行うまえに、少し話を聞かせていただいても構いませんか?」


「勿論です! 何でも聞いて下さい!」


「では……この仕事に応募していただく前はご友人とダンジョンに潜っていたとのことですが、普段はどの辺で活動されていたのですか?」


「はい! 多寡埼ダンジョンの三〇階層くらいで活動してました!」


「ほう、三〇階層! それは素晴らしい実績ですが……失礼ながら、蔓木さんのスキルレベルでは、三〇階層での活動は難しいのでは? そこまで降りるならスキルレベルが三か、できれば四は欲しいですよね?」


「普通はそうみたいですね。でも俺、凄く強いんですよ! 何でかスキルレベルはあがらないですけど、祐二……一緒にダンジョンに潜ってた友達より、俺の方がずっと強いですから!」


「そうですか……それはまた、不思議な話ですね」


 剣一の話を聞きながら、セルジオは注意深く剣一の一挙手一投足を見極めていく。しかし剣一から感じられるのは若干の緊張くらいで、嘘をついているとか、何かを誤魔化しているという感じがまったくない。


(何か秘密を隠しているという感じでもない……ということは、彼は知らずに同行していただけ? あるいはご友人二人のどちらかが、派生スキルを隠していたとかでしょうか?)


 スキルは一人に一つだけ。だがそれは大枠の話であり、スキルレベルがあがることで新たな能力に目覚めることがある。それはたとえば既存のスキルの効率があがるとか、火の矢しか飛ばせなかった者が火の玉を飛ばせるようになるとかであり、その成長方向は人によって違う。


(<槍技>はともかく、<回復魔法>にはまだまだ未知の可能性がありますからね。ひょっとしたらそちらの子が彼を一人だけ仲間はずれにしたくないと、こっそり強化系のスキルを発動していた……というところですかね。


 やれやれ、美しい友情ではありますが、今回もハズレですか……)


 となれば、あのお方・・・・を任せるのに目の前の少年では力不足。セルジオは己の中で見極めを終えると、手早く面接を終えるべく話を切り出す。


「わかりました。では実技の試験にまいりましょう」


「わかりました! 俺はどうすればいいですか?」


「なに、簡単です。ここで私と立ち会っていただき、その実力をみせていただくだけです。


 ああ、武器は普段使い慣れているものを使っていただいても構いませんよ?」


「えっ!? いやでも、これ実剣ですよ?」


「おや、人に剣を向けるのは抵抗がおありですか? であればそちらに立てかけてある模擬剣を使われるのが宜しいかと」


「じゃあそうさせてもらいます。えーっと…………」


 答えた剣一が、壁際に立ち並ぶ武器の前に移動する。そこには刃を落としただけの鉄製の武具の他、軽くて丈夫な木剣、それに……


「よし、これにしよう! セルジオさん、お願いします!」


「……………………ほぅ?」


 剣一の手に握られていたのは、ちょっとした気分転換用のスポンジ剣であった。

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