軽い理由と重い事実
「なあお主、流石に来すぎではないか……?」
「ん? そうか?」
あれから三日。毎日やってきては食事をしたりおやつを食べたりジュースを飲んだりし続ける剣一に、ドラゴンは何とも言えない声で問いかける。だがそれに対する剣一の態度は、どこかとぼけたものだ。
「いやさ、祐二が……俺の元いたパーティの親友なんだけど、何か忙しいらしいんだよ。俺抜きの状態で何度かダンジョンに潜って、ちゃんと自分達の実力を把握し直したいって言われてさ。
そうするとほら、遊びには誘いづらいじゃん?」
「じゃん? と言われても、それは我には関係ないことだしなぁ。というか、そもそも我はそんな気軽に会いに来ていい存在ではないのだぞ?」
「ないのだぞ? と言われても、俺は気軽に会いに来れちゃうんだぜ? なあ頼むよ! パーティ追放された上に遊びにも誘えなくて、ぶっちゃけちょっと寂しいんだよー!」
「むぐっ。そう素直に言われると、無碍にもできぬが……」
強がって適当な事を言うなら突き放すこともできたが、正直に「寂しいから相手をしてくれ」と言われると、ドラゴン的にもあまり冷たくはできない。剣一とは比較にならないレベルで孤独を体感してきたドラゴンは、最強種にあるまじきしょっぱい顔でため息を吐いた。
「はぁ、わかったわかった。なら好きにすればいいであろう。ただしゴミはちゃんと片付けるのだぞ? あと少し位はダンジョン探索もせよ。ここに入り浸りでは体が鈍るぞ?」
「わ、わかってるよ」
お前は俺の母ちゃんか! というツッコミをギリギリで飲み込み、剣一は頷いておく。そうしてハフハフ言いながらほくほくのジャガイモととろーりチーズがたっぷり詰まったオランダコロッケを口の中に詰め込むと、ひょいと立ち上がって軽く体を動かした。
「んじゃ食後の腹ごなしに、ちょっとその辺を一周してくるかな。なあドラゴン、一応聞いてみるんだけど、ここってダンジョンの最下層じゃないよな?」
「うん? 別にこのダンジョンは我が作ったわけではないから細かいことはわからぬが、我のいる場所は本来の道筋からは外れた場所のはずだ。
故に行き止まりではあるだろうが、本来の最奥とは違うであろうな」
「あ、そうなんだ。じゃあ一旦引き返さないと先には進めない感じか?」
「何とも言えぬな。というか、そもそもここに封じられていた我に、扉の外のことを聞くことが間違いだ」
「うぉぅ、そりゃそうか…………なあ、ドラゴン?」
わずかな逡巡。数度の躊躇い。だがそれでも剣一は、黙って流すのではなく、口を開くことを選んだ。
「お前、何で外に出ないんだ?」
ドラゴンの行く手を遮っていた扉は、三日前に剣一の手によって開け放たれている。だというのに何故このドラゴンはここから出ないのか? 剣一はまっすぐな瞳で、そうドラゴンに問いかける。
すると意外にも、ドラゴンは何てことのない口調でそれに答えた。
「ふむ? 単に出たくないからだな。わざわざ外に出て騒ぎを起こし、お主達と敵対する理由もあるまい」
「あれ、割と理由が軽い?」
「カッカッカ、もっとシリアスな秘密でもあると思ったのか? 己を賢いと自称する者は世の中を無駄に複雑だと思い込むようだが、我に言わせれば世界など単純明快。自分がしたいかしたくないか、ただそれだけのことよ」
「えー。あーでも、前に聞いた話からすると、そうなのか」
強者が弱者に配慮するのはおかしい。そう言ったドラゴンの価値感を鑑みれば、自分がしたいことをして、したくないことはしないというのは極めてわかりやすい行動理念だ。
「然り。他者との兼ね合いがどうだとか自分の立場がどうだとか、どれほど小難しい理屈をこねようとも、結局は自分の得る利益より被る不利益の方が大きいから思い通りにできぬとごねているだけに過ぎぬ。
だがその本質は、複雑に絡み合う糸とやらを引っ張ってまっすぐにする力が自分にはないことを認められないという言い訳でしかない。
犬でも猿でもゴブリンでも本能でやっている
「ぐあー、何か辛辣だな」
「ははは、その感想が出るなら、お主はまだ大丈夫そうだな。賢き者は己の無知を成長の糧とし、賢しき者は己を理解できぬ者こそ無知だとこき下ろす。お主は何と言うかこう……ちょっとお馬鹿な感じであるが、そのまま健やかに成長していくといい」
「おう! ……ん? 今さりげなく馬鹿にされたか?」
「細かいことは気にするな。禿げるぞ」
「禿げねーよ!? 父ちゃんも祖父ちゃんもフッサフサだよ!」
「世の中には隔世遺伝というものがあってな。お主の曾祖父や高祖父にも禿げている者はおらぬのか?」
「えっ? いや、そこまではわかんねーけど……ふ、フッサフサだよ! きっとフッサフサだって!」
「そうだといいな。クックックッ……」
「くっそ、言いたい放題言いやがって! いーよいーよ、お前なんて一生この部屋に引きこもってれば……そう言えばドラゴンって何食べてるんだ?」
嫌な笑みを浮かべるドラゴンに、ふと剣一は思いついたことを再び問う。ずっとこの部屋にいるというのなら、一体何を食べているのだろうか?
そんな素朴な疑問に、ドラゴンはまた答えてを語る。
「今度は食事か? 基本的には何も食わぬな」
「え、ドラゴンって食わなくても平気なの!?」
「まあ、ある程度までならな。ここのように周囲の魔力が潤沢であれば、こうして動かず寝ている分には物質的な食事はほぼ必要ない。それでも食わねばいずれは飢えるが……その時こそ普通に何かを食えばいいだけだ」
「へー。ちなみに最後に食べたのは何だったんだ?」
「っ…………」
ごく気楽な会話の流れ。だというのにその質問に、ドラゴンは身を固くしてジッと黙り込む。
「……ドラゴン?」
「我が最後に食ったのは……人間だ」
「にっ……ん……………………」
剣一もまた、ドラゴンの言葉にピクリと体を跳ね上げた。自然と右手が腰の剣へと向かうのを強い意志で抑え込むと、努めて何でもないような口調で話を続ける。
「に、人間かぁ……そうだよな、ドラゴンだもんな。そりゃ襲われれば返り討ちにすることも……」
「いや、襲われたわけではない。無抵抗の……戦う力を持たぬ人間を食ったのだ」
「……………………」
「フフフ、我が恐ろしくなったか? だが仕方あるまい、我とて生きているのだ。己が生きるためには、どうしても他者を食らわねばならぬ。お主はそれを悪と断ずるか?」
「……………………」
「ならばお主はどうなのだ? お主とて肉を食うであろう。もしも家畜が知恵をつけ、お主の前に立って『仲間の仇!』と叫んだならば、お主はどうする? 泣きながら謝罪でもするか? それとも黙って殺されるのを受け入れるか?
我はどちらも選ばぬ。ただ堂々と『食った』と言うのみよ。それこそが強者の振るまいであり、自然の摂理だ」
「……………………」
「どうした、何故何も言わぬ? 何故……そんな顔で我を見るのだ」
固く口を結び目には涙を湛え、ジッと自分を見つめる剣一の姿に、ドラゴンはそう問いかける。
何故そうしているのかは、剣一自身にもわからない。
だが、悲しかった。ただ、悲しかった。きっと誰も悪くなくて、だからこそ悲しかった。
「俺は……お前を悪だとは思わない。正義なんて軽い言葉で、お前を傷つけたりしない」
剣一の手が、腰に佩いた剣の柄に伸びる。
「でも、俺は人間だから……人間を食う魔物を、そのままにはしておけなくて……」
ギュッと握って腕を退けば、鈍色の刀身がぬらりと姿を現す。
「だから俺は、お前を…………」
そしてその刀身を、手首を捻って
「二度と人を襲ったりしないように、躾けしてやる!」
許すことは許されない。許さないことはできない。ならばこそ第三の選択肢、強者だけに許された傲慢を押しつける剣一に、ドラゴンは口が裂けたような笑みを浮かべると、その巨大な尻尾を叩きつけた。
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