51、宝石商人、倚天剣と青釭剣、北の石王
「清明節の後に処分を言い渡すので、黒家一族は
会議の結果を知らされた黒家当主は一族の危機に蒼白となり、破滅回避の道はないかと禿頭をかきむしって呻いた。
「おのれ……このままで終わるものか……」
その様子を見届けて、窓の外から覗いていた烏が羽休めの枝からばさばさと飛び立つ。
烏は黒い翼を上下させ、風に乗って空を翔け、皇宮の一角へと入っていく。
* * *
皇帝の九術師が集まる部屋の中に、烏が窓から飛びこんできた。
序列二位の術師である『宝石商人』の式神だ。
「宝石商人様の烏が帰ってきたみたいですね」
「めい」
狐のお面をつけた序列一位の『傾城』――紺紺は、その時、宝石商人の膝に抱えられていた。
皇帝の招集がかかり、「体調不良」という名目で侍女のお仕事を休んで『九術師』の集まる部屋に行った紺紺は、最初、無難に挨拶をした。
「どうも、傾城です。仕事で呼ばれて来ました。皆さんもですよね、あはは。当たり前のことを言っちゃいました、すみません。いつもお疲れ様です。あっ、先見の公子様は遅れていらっしゃるようですね。私、隅っこの席に座ってもいいですか? 邪魔にならないようにするので」
と、隅っこの席に向かおうとしたところ、宝石商人にひょいっと抱えられ、「めいはここ」と言われて、膝の上で抱っこされたのだ。
ちなみに、宝石商人とは軽い挨拶と仕事上での会話しかしたことがない。
でも、なんか気に入られているらしい。あと、なぜか「めい」と呼ばれている。謎である。
序列四位の『かまど
普通の人間なら聞こえない小声だが、紺紺には聞こえた。
「傾城が色目を使っててむかつく」
「使ってないですよ!」
思わず反論する紺紺を、水鏡老師が「まあまあ」と
微妙な雰囲気の室内だが、宝石商人はマイペースだった。
「めい。黒家の当主は、悪あがきをするかもしれません」
「逃げたりしないよう、気を付けた方がいいかもですね」
長い白髪を結わえることなく背に流し、目元に布を巻いた宝石商人は、見た目は青年で、宝石と猫が大好きな変人だ。
術師になる前は旅の商人だったというが、詳しい素性は不明である。
喋り方もちょっと人間性が壊れた雰囲気だし、人間離れした術を使うしで、紺紺は「この人も普通の人間じゃなくて妖魔とか仙人とかなのかなぁ」と思っている。
さて、外からは、もう一羽飛び込んできた。
ツグミだ。
別の場所を偵察させていた式神らしい。
ツグミから「ふんふん」と話をきいて、宝石商人は新しい情報を告げた。
「めい。北方の王が代わっています」
「騎馬民族の王様ですか?」
* * *
清明節の日は、あいにくの空模様だった。
天より降りそそぐ雨は、地上にいくつもの水たまりを作っていた。
初めての外交。
初めての
民が「あれが隣国の少年王か」と注目してくる。
武輪は目立つのが大好きだ。気持ちいいッ!
昨夜のうちに諸葛老師が見せてくれた『傾城』の姿絵が脳裏をよぎる。
少女の姿絵は、可憐だった。
あの少女に好かれたい。格好よいと思われたい。
「
どこかで傾城が見ていたりしないだろうか?
武輪は腰に帯びていた
倚天剣は、護国の神剣だ。
まだ
「それ、欲しい」と駄々をこねたら、諸葛老師が墓を暴いて持ってきてくれたのだ。
「おーい、民よ。見てくれこの剣。すごい剣なんだ!」
突然の抜剣に民が驚き怯える中、武輪は、「試しに切れ味をみせてやろうか」と近くにいた乞食に向けて剣を振り下ろした。こいつはゴミだ、と蔑みながら。
「うわあぁっ、お、お助け」
「食い扶持を自分で稼ぐこともできぬ奴に、生きる意味はない。苦しまずに死なせてやるのも慈悲というものぞ。どうだ、俺は優しい男だろう!」
雨に濡れる剣の切っ先が乞食の命を奪う、と誰もが予想したが、そこに割り込む剣があった。
キィン、と硬い金属音が周囲に響いて、声があがる。
「むっ?」
危なげなく剣を受け止めたのは、浮世離れした存在感のある美青年だった。
「護国の神剣とは奇遇ですね。こちらも夏丞相に
声は、清涼な水底に沈めた水晶のようだった。
「青釭剣だと?」
「そして私は、先見の公子と申し上げる。貴国には地仙の老師がいると聞いていますが、私は天仙です。格上なので敬ってください」
一般に、天仙は「昇仙」――天に昇って仙人と成った者で、なんらかの使命を持って天から地上に降りてきている者だ。
対して、地仙とは、仙道を得てはいても天に昇った経験はなく、地上で修行中の「天仙未満」。天仙から使命を言われて果たすこともある下位存在だ。
先見の公子はいけしゃあしゃあと
「先見の公子とは先見の能力者として高名だが、剣もできるとは初耳だ。そして、天仙だと?」
「我が主上は、天からの加護を厚く受けし龍なのです。懐の広い方ですから、やんちゃな猫さん坊やにも優しくしてくださいますよ」
「誰がやんちゃな猫さん坊やだ! そ、それに、お前は嘘をついているな!」
武輪はむっとした。
「青釭剣は、倚天剣と対をなす剣だ。曹魏王が寵愛した配下、夏将軍に与えた剣だな」
「ええ、そうです」
「
俺の知ってる歴史だと、夏家は青釭剣を失ったはずなのだ!
しかし、先見の公子はあっさりと否定した。
「それは趙将軍の名声を盛るための作り話ですよ」
「な、なんとっ?」
「さあ、お客様。玩具は鞘におさめてください。さもないとお仕置きをしたくなります」
少年が現実を知ってショックを受ける中、青釭剣を携えた先見の公子はパチンと指を鳴らして合図した。
すると、武輪を囲むようにボワッと炎が生まれる。
「なっ!?」
「この炎は、大河を燃やしたやつだ……!」
炎は高く壁をつくり、城の門へと横道に逸れる事の出来ない一本道を作り上げていた。
「う、うおおっ!? これが噂に聞く
「我が国の術には種も仕掛けもございません。炎に勝ちも負けもありません」
先見の公子は淡々と相槌を打ち、武輪の利き手を握った。
そして、武輪が握っていた剣を鞘におさめさせて、背中を押した。
「次に城内で剣を抜かれた際は、我が国に敵対したとみなします。よしなに」
その笑顔は美しく、男でも見惚れるほどであったが、態度は慇懃無礼で、武輪を道端の雑草を見るように見下していた。天仙という言葉が真実なら、その態度も納得である。
場内へと
その様子に、民は大興奮で「今のを見たか」と語り合った。
「
「対応したのは名高き『皇帝の九術師』――先見の公子様だ」
「噂はあったが、なんとあのお方は天仙だったのだなぁ」
「あんな野蛮な王を中に入れて大丈夫なのか? 宴の最中に暴れ出すのでは?」
「いやいや、今のを見ただろう。暴れても簡単に取り押さえてしまうさ」
「……あっ。別の一団が来たぞ」
雨があがり、雲が風に流されて、明るい青空が見えてくる。
そんな都の道を、雄々しい騎馬隊が進んできた。
馬は見るからに良い馬で、立派な防具をつけている。跨る騎馬兵はいずれも屈強で、戦い慣れしている精鋭戦士の貫禄があった。
「……北方の騎馬民族だ」
「北の石王だ」
日差しを浴びて光る水たまりの水を跳ね、騎馬隊が整然と道を進む。
一団の先頭を往く騎馬民族国家の王、『北の石王』は、紺色の布を巻いた手首を撫でて口元を緩めた。
「ふーむ。ただいまの炎は、お嬢様のもの。霞幽様ともども、お元気そうでよかったよかった、どっかんどっかん」
石王は門を堂々と通過して、門兵に手を振った。
「あなたはいつか、女装して後宮に入ろうとした俺を拒絶しましたね。抜け道を掘っていた俺を止めたこともありました。あなたのおかげで今の俺がありますよ、ありがとうございます」
門兵は何を言われているのか一瞬わからず、ぽかんとして――相手が誰だか思い至り、腰を抜かすほど驚いたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます