29、諸葛老師、曰く
黒家の派閥である冬家の当主が、使用人に手を出して生まれた婚外子である。
父は「娘は婚姻政策の駒に使える」と言って娘扱いしてくれたが、継母や義理の姉はそれはもう冷たかった。
政策の駒に使えると言われても、納得できぬ。
そう言って継母は
この娘が幸せになるのが嫌だ。
存在が不快だ。許せない。
継母は、そう父に告げた。
父は
実家から放し、かつ、敵対派閥の上級妃の情報を探らせることができて、いざとなれば暗殺させられる。
上級妃付きとなれば皇帝とも接触する機会が期待できるので、皇帝を誘惑して見染められる目もある。
そう語る父を見て、
後宮は、意外と居心地がよかった。
年下同期の
勉強できて嬉しいとか、出来ないことができるようになるのが楽しいとか、そんなことばかり言う、劣った存在だ。
「
「
年下なのに、呼び捨て?
これだから教養のない。でも、許してあげる。
「
「そうだった。ありがとう」
仕事の能力は自分よりも劣る。どんなに厳しく当たっても、笑顔で慕ってくる。お礼と言ってくる。それが、なんだか可愛いと思った。
「同期だし、あなたと私は仲良しよね」
「そうね!」
なのに、
。
もともと彰鈴妃にも「不憫な生い立ちなのね」と同情されていた
そして、侍女頭になった。大出世だ。
「
みんながお祝いをする中、
そんな中、恋人と出会った。彼は天涯孤独の身の上で、都で有名な料理屋で働く料理人見習いだった。
金はないが、優しい男だった。
「後宮の侍女なのか。道理で所作が美しいと思った」
けれど、おかげで
「
「本当に? 嬉しい!」
……けれど、彼は病に倒れてしまった。
病はよくならず、医師も
苦しむ彼のため、高い薬や栄養のある食材を買った。
ゆえに、春をひさいだり、
そうして身を削り、必死に尽くしても、彼は回復せず、着実に死に向かっていく。
苦しむ姿を見ているだけでつらく、助からないのだという現実が心を蝕む。
絶望で思考が塗りつぶされていく。
心労、疲労で、どうにかなってしまいそう。
もう、毎日が辛い。今日という日は最悪で、けれど明日以降もどんどん状況は悪くなるとわかっている。
「苦しい、つらい。もういい。どうせ治らないんだ、楽にしてくれ、殺してくれ」
恋人も、ついにそう訴えるようになっていた。
全身がやせ衰えて、苦痛の印象ばかりの顔となり、むせ返るような死臭を漂わせ。
「殺してくれ」
そう頼むのだ。
その時、
彰鈴妃に相談すれば、と何度か考えたことはある。
けれど、相談してもどうせ治らないのだ。
彰鈴妃に言えば、彼女が信頼する
いやだ。
いやだ。
そんな可哀想な女を見る眼で、私を見るな。
格下を見るような眼で、私を憐れむな。
……許せない!
妄想の中の
そこで、
自分は
「くそっ、くそっ、くそっ、なんで、あいつが出世して。なんで、私がこんな人生……」
苦しい。
苦しい。腹立たしい。
「なんで、なんで、なんで。彰鈴妃はなんでわかってくれなかったの。私だって可哀想だったのに。私は自分が可哀想な生い立ちだって言わないだけだったのに。自分の不幸を他人に言わない私の方が、いい子だったのに。私、私、私」
限界ぎりぎりの
「あなたは、可哀想ね」
「よし、よし。わたくしは、あなたの味方ですよ」
優しくて、あたたかくて、頼もしくて……
諸葛
「彼は苦しんでおり、とにかく苦しみから解放されたいと願っておる。苦しみを緩和して楽にしてあげよう」
諸葛
その薬を飲むと、彼は「苦しくなくなった」と泣いて喜び、とても気持ちよさそうに眠った。
起きてからは「いい夢を見た」と微笑み、「病はよくなったのではないかな」と希望を語る。
……けれど、それは麻薬だった。
* * *
「私は、逃げ出した。最期を看取るのが嫌で、現実逃避した。そして、そして――――」
「何が悪いの? 私はこんなに不幸で、限界で、辛いのよ! もう死んじゃおうと思ったの。こんな人生、終わりにするの。でも……ただ死んだら、私が可哀想な負け犬なだけで終わりよね……?」
怒り。悔しさ。憎しみ。
妬み。敗北感。劣等感。
恨み。絶望。敵意。殺意。
眩暈がするほどの、負の感情。
「……だから、私を踏み台にして成り上がった
それは、成功したのだと女は笑い。
勝利の余韻の中で死に、勝ち逃げするのだ、と告げたのだった。
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