5、石苞の事情
家畜を連れ、季節ごとに居住地を変えるのが
その国が西晋――
定住の民は、石苞の一族を野蛮人と呼び、
石苞は、十代前半の少年時代は御者の仕事や市場での鉄売りの仕事に従事した。
貧しい出自、卑しい身の上だ。
しかし、ある時、名士に認められ立身出世し、兵を率いる身分になった。
けれど、そこで出世を妬まれた。
「市井で流行している『大きな石が馬を踏み潰す』という童謡があるだろう。あれは石一族の謀反の兆候だと、先見の能力者が預言した。石苞は謀反を起こすぞ!」
先見の能力者とは、未来予知する占い師、あるいは預言者である。だいたいはインチキだが、中にはお忍びの仙人などがいて、本当に未来を言い当てる者もいる。
証拠もない糾弾は作為的に広められたのだが、亡き国主(紫玉公主の父君)は「待て待て。これは離間の計である。この者は謀反など企んでいないぞ」と、守ってくれた。そんな国主に胸を打たれ、石苞は忠誠を誓っていたのである。
「……公主様をお守りできず、申し訳……」
夢にうなされるようにして目覚めた石苞は、全身の痛みに苛まれながら周囲を見た。
「こ、ここは?」
建物の中だった。清潔で、明るく、広い。
床に敷物が用意され、負傷兵が何人も寝かされている。治療を受けている。
負傷兵の中には、見覚えのある顔が何人もいた。
「これは白家の施療院なのか? おれは――そうだ……公主様!」
ハッとした。
あの小さくて、無垢で、ご年齢の割にたいそう賢くて、可哀想なお姫様はどうなったのか。
ちょっと力を籠めただけで壊してしまいそうな、あのいたいけな幼い公主は。
誰かに傷付けられていないか。ひどい目に遭っていないか。
凶刃に晒され、もしや、取り返しのつかないことになっていないか。
最悪の考えに蒼褪める石苞の耳に、隣で寝ていた負傷兵の呟きが聞こえる。
「公主様は、我々を助けてくださったんだ」
「……!」
見れば、石苞と出世を競ったことのある男ではないか。
「大きな石が馬を踏み潰す」という童謡を目の前で歌って揶揄ってきたこともあって、嫌いなやつだった。
だが、今、その男の目は熱を帯びて潤み、手は拝むような形を取って、一心に戸口の方向を見ている。
なんだ、その表情は。気持ち悪い。
と、視線をそちらに向けてみれば、探していた公主がいた。大きな籠を手に抱いていて、小動物めいた動きで負傷兵の傍に寄って食べ物や飲み物を配ったり、手布を渡したりしている。
なぜ公主様が、そんなことを?
しかも――怪我はしていない様子だが、髪の一部が短くなっている。
「なんということだ。おれがお守りできなかったばかりに、大切な
誰がやったのだ。絶対に許さない!
一瞬で噴火しそうなほどの激しい怒りに染まった思考を、可愛らしい公主の声が落ち着かせてくれる。
「石苞! 目が覚めたの」
大きな籠を手にした公主が、ぱあっと顔を輝かせる。
嬉しそうな笑顔は、ひだまりのようだった。
公主は、死んだことになったらしい。
自分たちは、秘密を守ると誓い、望めば白家の家臣になることができる。
他の兵士たちが、熱い眼差しを注いでいる。
「俺たちはお命を狙ったのに、生きていいのだと」
「見てくれ、この結び目。お小さいお姫様が、俺の血で汚れるのも嫌がらずに手を伸ばして包帯をなおしてくれたんだ。一生懸命でさ……」
「白家に軟禁されてしまうらしいぞ」
自分の意識がない間のことをきいて、石苞は目頭を熱くした。
そして、他の兵士たちと一緒に、嘆願したのだった。
「自分たちは、お嬢様にお仕えしたく存じます。国でも家でもなく、お嬢様のお傍に侍り、お守りして、その健やかなご成長を見守りたく存じます。お力になりたいです。どんな場所でも、どんなご身分になられても――」
その異能により、弱冠十一歳で白家を意のままに動かすだけの権力を握るに至った
「いいんじゃないかな。好きにおし」
意外と軽く許諾がもらえて、石苞と元・
彼らは好んで紺色の布を身に纏い、自分たちのことを『
「それにしてもお嬢様、この『ずっと別邸から出るな』という白家からの命令……軟禁ですね」
「そうだよ。私は世の中に知られず、ひっそりと隠れて生きるべきなの」
「お嬢様、お外に出ましょう。ばれなきゃいいんです!」
「お嬢様~~! 俺たちがこのスコップで秘密の近道を掘りますぜ!」
「大丈夫? それ、ばれない?」
娘と
結果、白家が治める西の領地では、困っている人々を助ける謎の義賊、『
この少女術師が、たいそう美しいと評判になる。
首魁に心酔する男たちを見て、誰が呼び始めたのか、いつしか術師には二つ名がついた。
「国を傾けるほどの美貌」――『
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