家を継ぐもの

十三岡繁

家を継ぐもの

『中古住宅を検討しているので内見に同行して欲しい』そんなメールをもらって、その日私はとある住宅街にいた。


 2041年、日本の人口は一億人を切ってしまった。昔の政府予想では2056年だったが、少子化は止まることなく高齢化の他感染症、加えて薬害や震災などによる死者数も増えて、人口減は加速し15年も前倒しになった。


 生涯独身で相続者もいない独居老人の残した家は国庫に入るケースも多くなってきた。政府主導でSDGsの観点からそれらの家は解体されること無く、まだ家を持たない若い夫婦に一定期間の居住後は無償で譲渡されることになった。底地件は国に残されるが、建物と居住権は夫婦のものとなる。そこから子世代にも引き継げる。土地に固定資産税がかからない分、相殺する程度の借地料は発生する。しかし住居購入という経済的な負担は大幅に軽減する。それにはまた少子化の解消を図るという狙いもあった。


 指定された住宅の前に着くと、そこには既に若い夫婦と不動産屋と思わしき男が門の前に立っていた。おのおのが自己紹介と名刺交換を済ます。不動産屋は政府から仲介と物件の管理を任されているとの事だった。


 メールをくれた夫婦はまだ二十代であった。三十代で結婚するのが普通になった今ではかなり珍しい存在かもしれない。夫も妻もまだ顔に幼さが残っている。しかしその笑顔にはこれから長く続くであろう幸せな家庭生活の予感がする。


 不動産屋に玄関の鍵を開けてもらって中に入る。定期的に窓を開けて換気をしているのだろう、無人になってから時間が経過したときのあのかび臭さは無い。玄関を入って廊下の左側にある畳の部屋…多分客間だと思うが、不動産屋の後に続いてそこに入る。不動産屋がカーテンを開けると眩しい日差しが降り注ぐ。日当たりは良好の様だ。事前情報では築45年という事だったが雨戸はついていない。カーテンを開けると外の光が入ってきた。畳の部屋だからカーテンよりも障子の方が似合うなと思わなくもないが、そこは良しとしよう。


 畳の床に正座して、不動産屋が他の部屋の窓を開けてまわっているうちに、用意されていた図面や書類に目を通す。

「お話の通り1996年竣工の建物ですね」まずは確認申請書類を見て私はそう言った。確認申請書類というのは建物を建てる時に役所に出す書類だ。写しが建て主の元に返って来る。書類は他に中間検査合格証、完了検査合格証なども揃っていた。


「はい、新耐震になってからの建物なので、地震にも強いと聞きました」夫がにこやかに言った。

「よくご勉強されてますね。確かに1981年以降に建てられた建物…通称新耐震の建物は地震に強くなっています。ただ2000年には更に法律が改正されて、建物の強さのバランスや金物の使用などが義務化されました」そう答えてから今度は図面を見る。


 古い建物だと図面が残っていないことも多い。しかいここはキチンと全てが揃っていた。設計者の立場から図面を見れば、建物の強さにバランスがとれているかどうかは一目瞭然だ。耐力壁と呼ばれる地震に抵抗する壁がバランス良く配置されている。2階と1階での柱の配置にも無理がない。


「どこまで改修されるかですが、壁も剥がすのであればある程度耐震補強をしてもいいですね。柱と梁、土台などとの接合部に金物を入れると更に強度が増します。その場合同時に断熱材の割り増しも可能です。断熱に関しては2025年に法律が変わりました。それ以前の建物の場合、建て主と設計者の考え方に依るところが大きいんですが、図面上では既にそれなりに断熱がなされています。壁まで剥がせばお金もかかりますし、このまま住まわれても何ら問題は無いと思います」


 図面は現場に宛てたラブレターだと私は思っている。それを見れば設計者がどんな思いをその建物に託したのかが見えてくる。この家に向けた思いは45年経った今でもきちんと伝わってくる。それが分かれば細かい部分ももう安心だ。


 客間の外には庭が見えている。流石に居住者がいなくなって雑草で荒れているが、子供が遊ぶにも十分な広さだ。荒れてはいるが、その前はどれだけ愛情をもって手入れされていたのかは分かる。履き出しの窓を開けると気持ちのいい風が吹き込んできた。


 各所を夫婦と見て回る。流石に水まわりはくたびれてはいるが、建物自体は凛とした佇まいだ。薄っぺらではない本当の材料が使われていた頃の木造住宅そのものだ。更に丁寧に住まわれてきたことがあちらこちらで感じ取れる。築年数が浅くても、やっつけ仕事の安いプラモデルのような中古住宅が多い中、こういう建物を見ればうれしくなる。


 この家はまたこの若夫婦によって住み継がれていくのだろう。そうしてそれはまた、子や孫の世代へと引き継がれていくかもしれない。まっさらな柱にはこれからいくつもの傷が刻まれて行くのだろう。


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