第六十七話 皇女と呪い子

 頬を叩かれたノイシェは、自分が叩かれたことに数秒気づかなかった。


「え……?」

「意地を張っている場合ですか。目の前の相手を見なさい。相手の力は私たちより遥かに上、力を合わせないと勝てません」


 ユウキはわがままな子供を諫める母親のような眼をしている。


「……あ、貴方……いま、私になにをしたかわかってるの……?」

「打ち首にしたければすればいいです。でもいま、あの人に勝たないと裁判も起こせませんよ。私が憎いのなら、私に皇女様に手を出した罰を受けさせたいのなら、手を貸しなさい……私は、立場とか国とか関係なく、今! ただのいち人間である貴方に助けを求めているのです!! ――ノイシェ!!!」


 一国の皇女としてではなく、仲間として、1人の人間として、助けを求める。

 ユウキの言葉は、常に立場に縛られていた彼女に――強く響く。


――パチン。


 今度はユウキがノイシェにビンタされる。威力なんて蚊ほどもない軽いビンタだ。


「これで罰は終わりよ」

「……ノイシェ様」

「ノイシェ。でいいわ」


 ユウキとノイシェは並び立つ。


「……作戦がある。聞きなさい」


 ノイシェは数秒ユウキに耳打ちし、前を向く。


「話終わっちゃったの? もっと話したければ話してもいいよ。君たちが全力を出せるなら俺はいくらでも待つからさ」

「結構です」


 ユウキとノイシェは共にフェンリルに乗る。ユウキが前で、ノイシェが後ろだ。


「行くわよ!」

「はい!」


 ノイシェは蒼炎を放つ。


「“蒼炎の障壁ブルー・ウォール”!」


 ノイシェが放った蒼炎はノイシェたちとシグマの間に炎の壁を作る。そしてフェンリルはシグマに背を向け駆け出す。


「無駄なことを」


 シグマは雷を纏い、壁を突破する。と同時に、魔法陣を踏んだ。


「!?」


 魔法陣から蒼炎が弾け、爆発を巻き起こす。

 ノイシェが循環の魔法陣(外部からの衝撃をきっかけに込められた魔法を発動する魔法陣)に蒼炎を込めて作った罠だ。


「かかった!!」


 ノイシェとユウキは逃走したわけじゃない。そう見せかけてシグマの警戒心を散らせ、魔法陣を踏ませるのが目的。

 蒼炎の罠の目的はシグマへの攻撃ではなく、シグマの足もとの地面の破壊。シグマの足もとの地面は蒼炎によって破壊され、落とし穴になる。シグマは落とし穴に落下する。


「この程度の落とし穴、すぐに脱出――」


 落とし穴に落ちたシグマの全身に、七匹の蛇が噛みつく。


「これは……ユウキ=ラスベルシアの……!」


 予め罠の近くに待機させていたヤマタノオロチを爆発で発生した煙に紛れさせ、落とし穴に入れたのだ。

 ヤマタノオロチは噛みついた相手の魔力を吸収する。シグマは魔力を奪われ、麒麟の力を練れなくなる。ヤマタノオロチは魔力を吸い、大きくなっていく。


「……魔法が使えない……」


 落とし穴から脱出できなくなったシグマに、ノイシェたちは最後の一手を繰り出す。

 ノイシェは落とし穴の上からシグマを見下ろし、両手を前に――とびっきりの蒼炎を込める。


「終わりよ!! ――“蒼炎の壊玉ブルー・エンド”!!!」

「これは……まずいな」


 巨大な蒼い炎玉が放たれ、落とし穴の内部を全て焼き尽くした。



 ---



「やった、わね」

「はい」


 ユウキとノイシェは落とし穴の中を見る。落とし穴の中には何もない。


「悪かったわね。貴方の蛇も焼いちゃって」

「心配はいりません。どうせ分身体ですから」


 ユウキは何もない落とし穴の中を注意深く観察する。

 蒼炎の火力は凄まじいものだった。魔力を使えない状態でアレを受ければ塵も残らない。だから遺体が残ってないことは不思議ではない。


 しかし――


 僅か、ほんの0.1秒ほどだが、蒼炎が放たれるより前にヤマタノオロチが消失したような気がした。気のせいと言えば気のせい程度の差だ。


「アレは……」


 ユウキは穴の中に、小さな横穴が空いていることに気づく。


――雷で焼き開いたような穴だ。


「ノイシェ!!」

「え?」


 ユウキとノイシェの背後の地面から、ゴオォン!! と音を立て、人影が飛び出してくる。


「あっぶないな~。もう」


 所々火傷しているものの、五体満足のシグマが振り返った先にいた。


「ど、どうして……」

「君の蛇、魔力を吸収する性質があるんだろ? だからわざと魔力を放出して膨らまして破裂させた。後は雷の爪で穴を掘って炎を回避したってわけ」


 ノイシェは絶望し、その場に尻もちつく。


(もうノイシェ様に魔力はほとんど残っていない。私の手札もフェンリルだけ……フェンリルの足じゃ、あの人からは逃げられない……!!)


 戦うのも無理、逃走も無理。

 絶体絶命の窮地である。


「今の手は良かったね。うん。良いスリルだったぁ……けどもうネタ切れでしょ? ――終わりにしようか」


 そう言って、シグマは冷ややかな目をユウキに向ける。

 もう手札はない――ジョーカーを除いて。




『大変だね』




 ユウキの内に眠る悪魔が囁く。まるで聖母のような声色で。


『助けてあげようか? ――ユウキ』




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

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