第55話 人事

 孔明は益州と荊州の人事案を作成した。


 劉備 益州牧

 諸葛亮 益州行政総督-馬謖、董允 -以下は副官

 魏延 軍師将軍-劉封、劉循、馬忠

 張飛 大将軍巴郡太守-厳顔

 法正 揚武将軍蜀郡太守-費観、陳震

 簡雍 昭徳将軍広漢郡太守-張翼

 麋竺 安漢将軍牂牁郡太守-張嶷

 馬超 平西将軍-馬岱

 李厳 興業将軍犍為郡太守-呉懿

 伊籍 昭文将軍

 黄権 偏将軍

 董和 益州郡太守-呉蘭

 孟達 越巂郡太守-雷銅

 費詩 牂牁郡太守-呉班

 張苞 親衛隊長-張紹


 関羽 荊州軍事総督-関平、廖化

 龐統 荊州行政総督-蔣琬、費禕

 趙雲 大将軍南郡太守-趙統

 黄忠 討虜将軍長沙郡太守-楊儀

 糜芳 武陵郡太守-鄧芝

 孫乾 秉忠将軍

 馬良 桂陽郡太守-張南

 馮習 零陵郡太守-傅彤


 孔明はそれを劉備に見せた。

「殿のご意向を鑑みて編成しました。いかがですか」

 劉備は人事案をよく見てから答えた。

「よいのではないか」

「私から殿におうかがいしたいことがあります」

「なんだ? 言ってみよ」

「ここです」

 孔明は魏延の名に指をさした。


「殿は魏延に軍事を担当させるとおっしゃいました。ですから、彼を軍師とする案をつくりました。しかし、彼には反骨の相があります。裏切りの象徴です。魏延に大権を与えてよいのか、私は疑問に感じます」

 劉備は孔明の目をじっと見つめた。

「反骨の相などというのは、ただの顔の形にすぎない」

「しかし……」

「魏延は益州攻略でめざましい活躍をした。だからおれは、あいつに曹操との戦いも任せてみようと思う」

「危険です」

「孔明、疑うから、人は裏切るのだ。信じてやれば、そう簡単に裏切るものではない」

 孔明ははっとした。

「劉璋様の息子、劉循殿を魏延のもとに置くことも、殿のご指示です。私は前益州牧の長男は、閑職に回すべきだと思ったのですが……」

「彼は雒城でおれたちを苦しめた。勇敢な指揮官だ。曹操との戦いに必要な人材だと考えている」

 殿の器量は、私を遥かに上回っている、と孔明は思った。


 劉備と孔明は江州城へ行き、幹部たちを招集した。

 益州と荊州の守備がおろそかになるため、全員は集まることができない。半数ほどが集合した。

 劉備は人事案をそこで発表した。


「益州と荊州を富ませ、曹操を倒すための布陣だ。皆、その目的のために力を結集してほしい」と劉備は言った。

「荊州軍事総督というのは、どのような権限があるのですか?」と関羽はたずねた。

「荊州軍を動かす全権だ」

「全権……」

「むろん大戦略には従ってもらう。しかし、戦場ではすべてを任せる」

「大戦略というのは、誰が決めるのですか」

「魏延が考え、おれが決定する」

 関羽は魏延を見た。

 魏延は責任の重さにふるえ、顔面を蒼白にしていた。

「魏延、おまえの作戦のおかげで、益州を攻略することができた。その調子で天下を攻略させてくれ」

 劉備がそう言うと、魏延は顔に赤みを取り戻した。

「曹操が天下の兵を挙げて攻め寄せてこようとも、これを防ぎ、逆に倒してみせます」

「よく言った」と張飛が言った。

「曹操は天下の半分を有している。倒すのは容易ではないぞ」

 関羽は怖ろしい顔をしていた。

「命を捨てる覚悟でやります」

「私も同じだ。だが、全員死んではどうにもならない。兄者を勝たせてくれ」


「大将軍というのは、どのような役目ですか」と趙雲が言った。

「軍師と軍事総督に次ぐ軍事の要職だ。大雑把に言うと、軍師と総督は作戦を担い、大将軍は戦場で中軍を指揮するというような感じかな」と劉備は答えた。

「承知しました」


「行政総督の権限はどのようなものなのでしょうか」と龐統が発言した。

「州の内治に関する全権だ。むろんおれの命令には従ってもらうが」と劉備は答えた。

「郡太守との関係は?」

 孔明が挙手し、説明した。

「太守は行政総督の方針に基づき、郡を統治します。また、太守は軍師将軍と軍事総督の方針に従って、郡内の軍隊を管理します」

「私は自分の手もとに兵を置き、直接訓練したい」と関羽が言った。

「軍師将軍と軍事総督は、必要と考えるだけの直轄軍を持つことができます。また、戦時には太守は軍師と総督の指揮下に入ります。ただし、軍師や総督の上に、殿がおられることは忘れないでください。殿は人事権を持ち、すべてを統括します」

 関羽は孔明の答えに満足した。

「兄者が総帥だ」と彼は言った。

「実際には、おれはすべてを統括することなどできん。皆、よく話し合って、がんばってくれればそれでよい」

 劉備がそう言うと、集まった面々は生気をみなぎらせた。

「おれには、太守なんて大役はつとまらねえぞ」と簡雍が冗談めかして言った。

「おまえには期待しとらん。仕事は副官にでも任せておけ」と劉備が答えると、皆がどっと笑った。


 劉備と孔明は成都城に戻り、部下たちはそれぞれの持ち場へ戻った。

「皆様に新たな役職を与えたそうですね。わたしも将軍にしてほしいです」

 成都で孫尚香が劉備に言った。

「もうおまえを戦場には連れていかん」

「絶対について行きます」

 相変わらず強情なやつだ、と劉備は思った。

 しかし、江東の小覇王と言われた孫策の妹だ。こいつに兵を指揮させたら、どうなるのだろう……?

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