第24話 白馬の戦い

 官渡の戦いは、天下分け目の合戦であった。

 華北四州を支配する袁紹と中原四州を有する曹操が正面からぶつかった。

 200年当時、ふたりは中国で突出した存在だった。

 荊州の劉表、揚州の孫策、益州の劉璋など、他にも有力者はいたが、いずれも一州しか有しておらず、袁紹と曹操にはおよばない。

 官渡での勝者が、天下統一へ王手をかけることになる。


 袁紹が三十万の大軍を動員したのに対して、曹操が戦場へ連れていった兵力はわずか五万。

 曹操は、戦場で有効に指揮できる兵は五万までで、それ以上は統率がむずかしいと考えていた。

 その信念があったにしろ、少なすぎる。

 戦いの帰趨を決める要因は、多くの場合、兵力の多寡。

 曹操は司隷、豫州、兗州、徐州を版図としていた。しかし、司隷と徐州は支配して間もなく、兵を動員することはできなかった。逆に、治安を維持するために兵を割かなくてはならないという状況だった。

 やむなく、豫州兵と兗州兵を率いて出陣した。

 筆頭軍師は荀攸。彼は相当に工夫して戦わなければならなかった。


 関羽は張遼の部隊の一員として、官渡水の南岸にある官渡城に入った。

 曹操軍はほとんど休まずに行動をつづけ、官渡から黄河南岸の白馬に進出した。

 対岸は袁紹軍の前線基地、黎陽。

 両軍は黄河を挟んで睨み合った。


 袁紹軍の軍師は、沮授と郭図。

 沮授は長期戦を主張し、郭図は速戦を持論とし、反目し合っていた。

 袁紹軍の足並みは揃っていない。

 そこが彼らの弱みであった。

 

 郭図の主張が通り、袁紹は顔良と淳于瓊に十万の兵を授け、南岸へ渡河させ、曹操軍を攻撃させることにした。

「それはいけません。渡河するなら全軍で行い、圧倒的大軍で曹操軍を撃滅するべきです」と沮授は反対した。

「全軍で渡河するとなると、時間がかかります。曹操軍は白馬に到着したばかりで疲れています。しかも兵力はたったの五万です。すかさず十万の兵を送れば、勝利することができるでしょう」と郭図は反論。

 袁紹は郭図の提案を採用した。


 顔良が五万の兵を率いて、黄河を渡った。

 しかし、淳于瓊は河を渡ることができなかった。曹操軍の于禁と楽進の隊が襲ってきたからである。

 顔良隊は黄河南岸で孤立した。

 敵の半渡に乗じるという荀攸の作戦が成功したのである。

「ひるむな。淳于瓊殿がつづいていないとはいえ、われらの兵力は五万で、曹操軍と拮抗している。負けることはない」と顔良は叫んだ。彼の意気は盛んであった。


 曹操軍は張遼隊を先鋒として、顔良隊に襲いかかった。

 激しい戦闘が生じた。

 関羽は大胆にも敵陣の渦中へ単騎で入っていった。


「私は劉備の義弟、関羽である。顔良殿にお会いしたい」

 そう叫びながら、馬を走らせた。

 このとき劉備は、袁紹の客将となっている。

 顔良の兵たちは、関羽を使者か降者であろうと思って、素通りさせた。

 関羽は嘘はついていないのだが、顔良を殺すつもりでいる。ほとんど詐欺師のようである。

 彼は顔良の本陣へと迫った。

 ついに敵将に相まみえるところまで来た。

 顔良は、関羽が降伏してきた、という誤報を受けている。無警戒であった。

「関羽殿、劉備殿は遥か後方にいる」と言った。

「私が用があるのは、貴公である」

 関羽は青龍偃月刀をぶうんと振るった。顔良の首が飛んだ。

 劉備の義弟は悠々と首級を拾い、唖然とする顔良の部下たちを尻目にして、張遼隊へ戻っていった。


 主将を討たれて、顔良隊は壊乱した。

 黄河南岸の白馬で、彼らは全滅した。

 一日で袁紹軍は五万の兵を失った。

 

 関羽は顔良の首を張遼の前に置いた。

「敵将を討ちました。曹操殿へ恩を返した。あなたから報告してほしい」

「関羽殿が直接、曹操様へ報告すればよいではないですか」

「私は一兵卒である。会戦中の総帥に会うことなどできようか」

 関羽は悠然としていた。

 やはりすごい男だ、と張遼は感嘆するばかりだった。


 関羽が単騎で敵軍に突入するのを目撃した者は大勢いた。

 彼が顔良の首を持って帰還したのを見た者も多かった。

 関羽の快挙は、曹操軍の中でまたたく間に広がった。

「さすが関羽だ」と夏侯惇は賞賛した。

「あの人にはおよばない」と許褚はつぶやいた。

「劉備様は恐るべき人を義弟に持っている」と郭嘉は言った。

 曹操は深くため息をついた。

「あっさりと顔良を殺したか。これで関羽は去るであろう。残念だ……」

 荀攸は、関羽を殺すべきだ、と思っていたが、曹操軍の武将の多くが彼を尊敬しているので、言い出すことができなかった。 

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