第20話 下邳城の戦い

 曹操は、呂布が野戦に撃って出ることを警戒していた。

 呂布が率いる騎兵隊は強く、まともにぶつかると、数倍の歩兵が蹴散らされてしまう。

 しかし、怖れていた野戦は勃発しなかった。

 呂布は兗州で激闘をくり返した曹操を大敵と見て、下邳城で迎撃することにしたのである。

 曹操軍は大きな戦いを経ることなく城に到着し、包囲した。


「今度こそ簡単には落とせないだろう。長期戦を覚悟せよ」

 曹操は軍議で言った。

 季節はすでに秋。冬将軍が忍び寄ろうとしていた。


 曹操軍は何度か総攻撃を行った。

 高い城壁にかけるはしごや城門を破る衝車も使って、攻めに攻めた。

 だが、呂布軍はよく守り、陥落させることはできなかった。

 ときには呂布が先頭に立って、騎兵隊が城門から出撃することもあった。

 そんなとき、関羽と張飛が馬に乗っていきいきと飛び出し、撃退した。

 ふたりの活躍は、曹操をうならせた。

「劉備殿は器量が大きいだけでなく、すごい豪傑をふたりも従えている。なんという男だ……!」


 曹操は城を落とせず、呂布は敵を退却させることができないまま、初雪が降った。

 その夜、陳登の密使が曹操の天幕を訪れた。

「曹操様と劉備様にお伝えしたいことがあります」

 曹操は、劉備を呼び寄せた。

 密使は「明日、総攻撃をしてください。北門を開けます」と告げた。

「わかった。期待しているぞ」と曹操は答えた。

「わが主から劉備様への伝言です。琅邪国にいた私の息子は、あなたに救われました。恩を返します」

「そうか。こちらこそあなたの助力に感謝している、と伝えてくれ」

 劉備は微笑んでいた。


 翌日、曹操軍は激しい総攻撃をかけた。猛攻。

 城兵はしっかりと守っていたが、ふいに北門が開いた。

「ゆけ! いまこそ呂布を倒すのだ!」

 曹操が叫んだ。

 開いた門をめがけて、兵が殺到した。

 城内に曹操の兵が満ちた。

 呂布軍は大勢の死者を出した。

 東、西、南の門も開き、下邳城は陥落した。

 呂布はついに降伏した。

  

 縛られた呂布が、曹操の前に引き出された。劉備はその隣に立っていた。

「曹操殿、わしはもうあなたには逆らわない。わしを部下として使ってくれないか。どんな戦場にでも行こう。役に立つぞ」

 呂布の言葉に、曹操は魅力を感じた。

 この豪傑を使ってみたい……。

「呂布が丁原と董卓にしたことをお忘れですか」と劉備が言った。

「黙れ、でか耳野郎!」と呂布はわめいた。

「劉備殿の助言は適切だ」

 曹操は、呂布を縛り首にした。


 次に、陳宮、高順、張遼、陳登といった呂布の部下たちが連れられてきた。

「私に従うと誓うなら、命は助けよう」と曹操は言った。

 陳宮と高順は首を振り、呂布に殉じた。

 張遼は曹操に従うことにした。

 陳登は「私は呂布様を裏切りました。死刑にしてください」と言った。

「あなたのおかげで、わが軍は勝てたのだ。死刑になどできようか」

「では、私は農民になります」

「なにを言う。私の配下となれ。将軍の地位を与えよう」

 陳登はうなずかなかった。

「一度でも主を裏切った私に、人に仕える資格はありません」

「陳登殿、あなたは素晴らしい人格者だ」と劉備は言った。

「その言葉だけで、私は救われました」

 陳登はたったひとりで去っていった。

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