魔術学園のある街

あけぼの

第1話 旅立ち

 カイルの家のポストにルクヴァール魔術学園への入学届けが届いたのは3ヶ月前。

 カイルは魔術学園へ向かうための最後の身支度をしていた。


「服はちゃんとシワのないように仕舞った?」

「ちゃんと仕舞ったよ母さん」

「列車の代金は持った?それと入学証明書と、寮までの地図と…」

「ちゃんと持ってるってば。あのさ、ちょっと静かにしてくれないかな!」


 カイルは心配性の母の問いかけに鬱陶しそうに答えて、これから向かう魔術学園へと思いを馳せた。

 1年前、カイルは幼い頃からの夢である一等魔術師になるために、名だたる魔術師を排出するルクヴァール魔術学園へ入学する事を決断した。

 しかし、魔術を学びに行くことを告げると父は猛反対し学費は出さないと断言した。


 父が学費を出さないならばと、カイルは授業料の免除される特待生として入学する事を決意し、見事に試験に合格し、特待生としてルクヴァール魔術学園に入学することになった。

 それからカイルは約半年、新聞配達の仕事をして稼ぎ、カイルに甘い祖父母を4時間かけて説得し、どうにか交通費と入学初期費用、そして二ヶ月分の生活費を作り出した。


 ルクヴァール魔術学園では生徒に仕事をする事を許可しているため、当面の授業料は現地で稼ぎつつ、祖父母へ借金を返す甘い算段をつけていた。祖父母に継続的な支援をしてもらうつもりはカイルには無かった。そこまで迷惑はかけられないとカイルは思っていた。

(当面は祖父母への借金と授業料の支払いのために向こうで仕事をしなくちゃな……まぁ、なるようになるさ)


 カイルは最後の身支度を終えたカイルは玄関の前にいた。

「お父さんと話さなくて大丈夫?」

「…………話すことなんてないよ。」

 カイルは半年ほど口を聞いていない父親とは結局最後まで話そうとしなかった。

「カイル、無事にバッケスに着いたら母さんに手紙を送ってね?」

「分かってるってば!……じゃあ母さん行ってくるよ」

 心配性の母に別れのハグをしてから、カイルはゆっくりと玄関のドアを開けた。

 

 カイルが外に出た時、カイルの金髪の髪をひんやりとした風が撫で、カイルの朱色の瞳には影が青々しい冬の名残のある町並みが映った。

 朝早くの深々とした空気は、つい最近まで新聞配達をしていたカイルにとっては日常だった。


 カイルは魔道列車の駅がある町ザザンに行くために乗合馬車で馬車に乗る予定である。しかし、かなり早くに家を出発したため、目当ての馬車の予定時間まで余裕があった。カイルは、早く出てよる寄り道する予定だった場所へと向かいながら16年間の故郷で共に暮らした人々を想起した。


 町を一緒に走り回った幼馴染、魔術に憧れを抱くきっかけになった風来坊の魔術師先生、町の空き地でよく喧嘩した近所のガキ大将、遊び疲れた幼いカイルを撫でてくれた母親。その中に父親の姿は無かった。

(さて、セナに挨拶するために早く出てきたけど、起きてるかな。……起きてる訳ないか……迷惑だって殴られそうだ)


 カイルが挨拶しようと思っていたのはカイルとって妹のような存在である幼馴染のセナだった。カイルは現在、幼馴染と喧嘩していた。

 理由はカイルが魔術学園で学ぶために町を出る事をつい最近まで隠していた為だった。それ以来、気まずくなり疎遠になっていたのである。


 カイルは魔術という物自体を全面的に否定するような父親とはどうしても相容れないと思ったが、友愛が行き違っただけの幼馴染とはどうしても仲直りしたかった。

 

 セナの家は町の高台にある赤い屋根の家。

 通い慣れた道を久しぶりに通って、幼馴染の家の赤い屋根が見える所まで来た時、カイルはこっちに向かってくる人影を見た。

 その人影はカイルの見覚えのある長く美しい黒髪に、カイルの見覚えのある黒く輝かしい瞳を持っていた。


 カイルは人影に

「……よっ、セナ」

 と声をかけた。

「……おはよ」

 セナはカイルと目を合わせず、寝癖の一つもない美しい髪の毛を風に靡かせながら返事をした。

「……セナ、なんだ、その、やけに早起きじゃないか」

 少しの沈黙の後、カイルは気まずそうにそんな事を言った。

「……カイルが今日、町を出てくって聞いたから、馬車駅まで行って見送ろうと思って」

「……そっかありがと」

「……馬車駅まで送る」

「……ああ」

 それから二人は馬車駅まで歩いた。色々なことを話したかったカイルだが、言葉が出てこなかった。


 気まずい空気の中、いつの間にか二人は馬車駅に着いた。それから妙なしばらくして、

「……町を出ること、すぐ言わなくてごめん」

 とカイルが言った。

「……謝るなよばか……カイルが決めた事だろ。私こそカイルの決断にケチをつけた。…ごめん」

 気まずそうに目を逸らしながらセナが謝った。

「……そんなこと気にしなくって良いよ」

 カイルがそう答えると、それからまたしばらく沈黙が続いた。

「……なんか言えよ」

 セナが沈黙に耐えきれなくなった。

「……あはは、セナとは話したい事いっぱいあったんだけどさ。セナの顔見れたら吹き飛んじゃったよ」

「……ばか」

 セナは潤んだ目でカイルの方を見ながら言った。そんなセナの様子を見て、カイルが

「俺がバッケスで魔術を学び終わったら、絶対こっちに戻ってくるからさ。そしたらセナに一番に会いに行くよ」

 とセナの目を見て言った。セナはその言葉を聞いて、頬を濡らしながら、カイルを思いっきり抱きついた。

「約束だぞ…………絶対だからな!」

 セナが震える声で言った。

「ああ、約束だ」

 それからセナは堰が切れたように泣き出した。カイルは幼少期にセナと些細な喧嘩をした時にも同じことがあった事を思い出して、その時と同じようにセナの頭を撫でた。

 セナと仲直り出来たことを嬉しいと感じる一方で別れの寂しさの入り混じった感情になりカイルの目も潤んだ。


「手紙、書いて」

 少し落ち着いたセナはそんな事を言った。

「え?」

「カイルがあっちでちゃんと暮らしてるか……知りたいから」

「セナは俺の母さんかよ」

「いいから……これも約束」

「分かったよ。その代わり、セナもちゃんと返事を書けよ?」

 カイルは子供の頃に、今みたいにセナに突然、文通をやってみたいとせがまれて、一生懸命文章を考えて、セナに手紙を送ったのにカイルの元には一回もセナから手紙が帰ってこなかったことを思い出した。

 カイルの言葉に、セナはカイルの目を見てこくりと頷いた。

 カイルは真っ直ぐと見つめてくるセナの目を見て、今度は返事を返してくれるだろうと思った。


 それから、少し経った頃、馬車がやってきてカイルは馬車に乗り込んだ。

 涙の跡の残る顔で精一杯に笑顔を浮かべたセナは大きく手を振ってカイルを見送った。

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