第7話 新たな出会いと危機(2)

 子どもが駆けてきた方向に目をやると、そこには野盗らしき男が一人こちらにナイフを向けている。


「さあ、早く渡しな、痛い目みたくなかったらな!」


 私の中で怯えて震えている子どもが男に叫ぶ。


「渡せません! これはイルゼ師匠の形見なんです」

「え?」


 今この子は「イルゼ師匠」と言っただろうか。

 もしかしてそのイルゼは私たちの探しているイルゼさん……?


「そんなことは知るか! そいつがあれば俺たちは爵位を得られるんだよ」


 私は男の子の肩をぎゅっと抱きしめ、自分の後ろにその子を隠すようにして守る。

 今ここに来た私にはどういう状況かあまり理解できていないのが事実だけどこんな子どもに手をあげようとしているなんてどうかしている。


「嬢ちゃん、そいつをかばうのか?」

「あなたがこの子の大切なものを奪おうとしているように見えます。合っていますか?」

「あ?」


 男は怪訝そうな顔をした後、一歩前に出て睨みつけてくる。


「あんたも首ツッコんで俺の邪魔するってなら、容赦しねえぞ」


 そう言って男は私にナイフを向けて攻撃の意思を示してくる。

 魔法での戦闘は禁止されているし、どうすれば……私に戦える武器は……。

 その瞬間、一気に男は私との距離を詰めて切りかかってきた。


「アリスっ!」


 私は咄嗟に男の子を守って体を丸めたが、私の体に痛みはこない。

 急いで振り返ると、そこには剣をかざして私と子どもを守る殿下がいた。


「なっ! こいつ……!」


 殿下は相手の攻撃の力を受け流すと、そのまま身を翻して相手の背中側に回る。

 そうして男の手を捻り上げると、一気に地面へと伏せさせた。


「いってえ!!!」

「アリス、何か縛るものないか?」

「あ、はいっ!」


 私は急いで店の中を見て回ると、さっきまで私の後ろにいた子どもが店の奥へと向かって縄を取ってくる。


「お姉ちゃん! これ!」


 渡された縄を急いで殿下のもとへ持っていくと、男の腕を縛り上げていく。


「お前ら、ぜってえ許さねえからな! 俺の……」

「少し黙れ」


 殿下は低い声でそう言うと首の後ろを叩いて男を気絶させた。

 ほっとした瞬間、男の子が私の服の袖をぎゅっと握って小さな声で呟く。


「ありがとう」


 私は彼の目線に合わせるように屈むと、頬を撫でて微笑んだ。


「どこも怪我とかしてない?」

「……うん」


 その言葉を聞き安心した後、私と殿下は目を合わせて頷いた。

 よかった、この子に何もなくて……。


「で……ニコラ様、お怪我は?」

「いや、大丈夫だ。それよりも……」


 私の体は急に殿下に抱きしめられる。


「二コラ様!?」

「お願いだ、何のために私がいるんだ。もう危険なことはしないでほしい」

「すみません……」

「心臓が止まるかと思った」


 何もできないくせに私は無鉄砲にナイフを持っている男の前に出てしまい、殿下に心配をさせてしまった。

 今この瞬間に気づかされてしまった。

 この手帳を頼りに、お父様の治療薬のためだけに一人で旅に出てきてしまったけど、私は弱い……。


「あの……」


 私が殿下の腕の中で考え込んでいると、男の子が少し呆れた声色で話しかけてくる。


「いい感じのところ申し訳ないのですが、あなたたちはどなたでしょうか? 何かお礼をしたいのですが……」


 私は慌てて殿下の腕の中から抜け出すと、早口で話す。


「す、すみません! あの、お礼はいいので、あの、イルゼさんを……」


 そこまで口に出して私は慌てて手で口を押えて言葉を止める。

 そうだ、さっき男に『イルゼ師匠の形見』って言ってた。

 それが本当ならもしかして……。


「イルゼ師匠へのお客様でしたか。ここではなんですし、よかったらうちのアトリエに案内をします。そこでお話をしましょう」


 私と殿下は互いに目を合わせて頷いた後、男の子についていくことにした──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る