かさね再び

🌳三杉令

かさね再び(前編) 

 ――誰にでも転生できるとしたら、あなたは誰になりますか? 


 藤原 しゅう、24歳。無職。作家を夢見ている。

 美しい川沿いの道の駅で、もう何か月も車中泊をしている。

 こんな僕の元に、なぜか不動産会社の女性が時々訪ねてくる。


 彼女はいつも車の窓をノックしてから言う。 

「この近くに古民家があります。せめて内見に来て下さいませんか?」


 彼女は美人だが、僕はいつも拒否する。住宅の内見なんて意味がない。

「お金が無いから、無理だって言ってるでしょう」


 彼女は当座の借入金(ローン)は肩代わりするからと言う。

 僕は「そんなの怪しすぎる」と、いつも断っている。


 3月初旬のある晴れた夜、満点の星空がとてもきれいだった。

 とても寒かったが、車の窓を開けていつまでも見ていた。

 翌朝ひどい熱が出た。午後になっても下がらない。41度もある。


 美しい夕焼けと川のせせらぎの中、意識が朦朧としてきた。やばいかも……

 救急車を呼ぼうとしたら、例の不動産会社の女性がやってきた。

 僕の赤い顔を見るなり心配そうに言った。


「藤原さん、大丈夫ですか?」

「いや、あまり良くないです……」


 黙って僕を見つめる彼女。

 長い時間、何も話さない。どうしたのだろう。

 彼女の顔がぼやけてきた。

 やがて蜃気楼のように夕焼けが歪んで見えてきた頃、

 彼女が唐突に変な事を言い出した。


「藤原さん、あなたはもうすぐ死にますよ」


 え? 何を突然?

 この人、普通じゃない。それを直感した。


「私知ってるんです。あなたがどうなるか」

「なぜ? あなたは一体誰?」

「私は普通の人間じゃありません。実はあなたにお願いがあるんです」


 彼女が言うには、僕はこのまま死ぬが、転生することが出来るらしい。しかし、その条件として過去の世界から一人の少女を古民家に連れてこなければならないと言う。もし無事連れてこられれば、好きなだけ望む人間に転生できると言うことだ。過去でも未来でも誰でもいいらしい。


 昔の少女を連れてくる? 誰にでも転生できる?

 僕がどう答えたかって?

 

 ―― やるしかないだろうさ


 僕がYesと答えると、彼女はこれを見てと言った。

 夕暮れの空間が裂けて、遥か過去の世界が見えてきた。まるでイリュージョンだ。 


 ◇ ◇ ◇


 平安時代だろうか? 同じ場所だが、雰囲気が現代とは全く違う。

 一人の貴族が牛車ぎっしゃに乗って、川のほとりを進んでいる。

 東宮とうぐう(今で言う皇太子)であった。

 すぐにわかった。あの東宮は僕だ。(何だ、昔は貴族だったんだ)


 少し進むと、菜の花やなずなの咲く川のほとりで一人の少女が、花を摘んでいた。六歳くらいだろうか? 

 女の子は愛らしい顔をしていたが、痩せており食事をとっていないことが伺えた。親もいないようで、傍にある貧相な小屋に一人で住んでいる様だった。

 小屋はかやぶきで、ぼろぼろで、春の花に覆われていた。


「少し停まってくれ」


 東宮は付きの者に指示した。そして牛車を降りると少女のところに近づき、食べ物を少し恵んであげた。少女は愛らしい笑顔を返してくれた。


「名は何と申す?」

「『かさね』と申します」


「かさね、か。良い響きだ」

「宮様、ありがとうございます」


 かさねは幼いにも関わらずしっかりと答え、東宮に飛び切りの笑顔を見せた。

 東宮は微笑み返したが、彼女の痩せた顔を見ると心中は複雑であった。


 通り過ぎてからも、もう一度かさねを見た。

 かさねは一人で川辺でしゃがんで空を見上げていた。


 東宮は数日後、家来にかさねの様子を見に行かせた。

 

 すると、彼女は亡くなっていたとのことだった……


 ◇ ◇ ◇


 不動産会社の女性の声が聞こえてきた。


「周さん、今見たこの『かさね』を現代に連れてきてください。死ぬ前に」

「は……い」


 僕は意識が無くなり、気が付くと先程見た過去にタイムリープしていた。

 牛車が過ぎた翌日の満月の夜だった。

 僕は何と川の中に立っていた。なのに濡れていない。

 神か超人になった気分だが、そんな事を考えている暇はない。


 月の光が反射する川面を渡り、彼女の小屋に近づいた。

 彼女は捨てられた子猫のように、一人体を丸めて藁の中で寝ていた。 


「かさねちゃん、起きて」

「誰ですか?」


 目をこすって起きたかさねは驚いて、すぐに気が付いた。


「宮様! そのお着物?」

「いや、僕は東宮とうぐうじゃない、いや同じ人だけど違う」

「何をおっしゃって……」


「かさねちゃん、体は大丈夫か?」

「……」

 かさねは答えない。周は言った。


「あの、良く聞いて。僕は君を未来に連れていかないといけないんだ」

「みらい?」

「ずっと先の世だよ。君の為だ」


 僕はかさねの手を引いて、また川へ入って行った。

 僕は川の中程にタイムリープできるポイントがあると確信していた。

 未来からあの女性が引き寄せているのがわかる。

 僕は平安の時代にもう少し身を置きたい気持ちも生じた。

 しかし、この子を現代に連れていくことがそれよりも遥かに重要だ。


 月光に照らされた川の中程で、二人の姿はゆっくりと薄れていった。

 緩やかな川の流れがいつまでも続いていた。


 ―― 後編へ続く

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