第7話 穏やかに変わりゆく

優しい人

明日が普通にくる人

明日が来なかった人を悲しめる人

涙を流せる人



その夜はサトさんという男性の家に泊まった。子供達が独立して夫婦2人というその家は、温かく俺を迎えてくれた。外の人間というのはみなこうなのだろうか。俺は必要な接触しかない村の人間達を思い出していた。

「サカドには弟がいたんだがな……」

大雨で亡くなったんだとサトさんは教えてくれた。知っていることだったが人から聞くのはまた違う印象を持つな。村を出てから初めて体験することばかりだ。



次の朝、迎えにきたサカドと簡単な準備をして村を出た。サカドは手際良く旅程を説明して準備を済ませていく。あの雨の日、死人のように動かなくなった姿とはまるで別人だ。

「なんでナズはミズカ村に行きたいんだ」

至極当然のことだが、旅の目的を聞かれる。

「姉が生前お世話になった人に会いたくて」

「……お姉さん亡くなってるのか。すまない」

別に隠す必要もないので素直に答えたら、気を遣われてしまった。身内を亡くすということに敏感になってるのかもしれないが。

「構わない。数回しか会ったことのない人だ。たいした思い入れもない」

「でもお世話になった人に会いにいきたいってんなら、それなりに関わりもあったんだろ」

「……亡くなる前に姉が言った言葉が少し気になるだけだ」

たぶんミズカ村に行きたいと思ったのはそれが理由だろう。自分には全く理解できなかった感情。いまさら理解したいとも思わないが、あの表情の理由が知りたいのかもしれない。

俺が黙ってしまったのでサカドが話題を変えてくれた。また気を遣わせた。外の人間は随分と優しい。



そのあとは行く先々でサカドが色々な話をしてくれた。見るしかなかった俺にはどれも新鮮だったが、満開のひまわりを見た時は自分でも表情が大きく変わったのを実感した。

「……いつか弟に見せてやりたいと思ってたんだよなぁ」

突然の言葉に、あの大雨の中の姿が浮かぶ。

村人の優しさに包まれて、悲しみなどどこかへ消えたのかと思っていたのに。目の前の人間はあの日と何も変わっていない。


優しさが息苦しいと感じるほどの苦しみがあるのか。そう思えるほどの相手がいるのか。死を望まれるだけの俺には遠い話だった。

「俺には亡くなった事を悲しむ相手がいない。だからサカドの気持ちはわからない。でも俺が亡くなった時に悲しんでくれる相手もいないから、そこまで想ってもらえる弟が羨ましい」

思わず出た言葉に驚きが隠せなかった。

「……なんて顔してんだよ」

サカドは笑っている。

「……いや、なぜこんな事を言ってしまったのか自分でもわからなくて」

羨ましい。そうなのだろうか。自分の死になんの感慨もないと思っていたのに。

空っぽだと思っていた心の底に、何かを感じて戸惑うことしかできなかった。

「さて、あまり長居すると日が暮れてしまうな。そろそろ行こうか」

すっかり落ち着きを取り戻したサカドについて行く。彼と居ればこの心の違和感の正体もわかるだろうか。



日暮れまでに無事目的の村までついた俺たちは、サカドのおすすめの店で夕飯を食べることにした。

食事といえば栄養を摂るためだけの作業だったが、サトさん達やサカドと食べると妙に美味しく感じた。

サカドはというと穏やかに微笑んでいる。

「幸せそうな顔だな」

自覚がなかったのか、驚いた顔をするサカドをじっと観察してみる。

「何か楽しいことでも思い出したのか」

「いや、弟のことを少し」

「そうか」

押しつぶされそうなほどの悲しみに埋もれていたのに、思い出しただけでそんな顔をするのか。死んだ人間への想いの強さに心臓のあたりが重くなって、ひたすら食事を口に運んだ。



明日からの予定を組むために、この辺りの様子を聞いて回った。どこも天災続きだという。


知ってる。全部見てきた。


でも実際にその土地をまわるのとでは感じ方がまるで違う。俺はこの天災をおさめるために死ぬのだ。そのことになんら感情を持たなかったのに、実感をともなった今は暗い澱のようなものが心に積もっていく。

「ナズ」

サカドに呼ばれた。到着が遅れるという話らしい。急ぐわけではないから別に構わない。

「お前がもともと考えてた道なら、明日にはつけるはずだったもんな。到着が遅れると都合が悪いか?」

心配そうにこちらを伺う顔が見えた。聞いて回った話に気を取られて、暗い顔をしていただろうか。

「いや、急いでるわけではない。気にしないでくれ。サカドがいなければ辿り着くことすらできなかっただろう」

この旅でずっと感じていた優しさへの礼を、言外に含ませる。伝わったようで嬉しそうな声が返ってきた。

「メシもウマいとこに連れてってやるよ。酒が飲めないのが残念だかな」

「お前も飲んでなかっただろう。下戸か?まさかまだ飲めない年齢か?」

「俺、どんだけ若く見られてるんだよ。もう20だぞ。」

そうか。20歳だったのか。

「そう言うお前はいくつなんだ?」

「16だ」

「アラヤより2個上か。あ、弟の名前だ」

……知っている。

「……で、下戸なのか?」

「18歳の祝いでおやっさんに飲まされてな。一瞬で酔い潰れた。迎えに来たアラヤにこっぴどく叱られてな。酒を禁止されたんだ」

あいつ怒ったら怖いんだよと笑う顔に複雑な気持ちになる。このままではダメだと思考を停止した。

その日はそのまま就寝となったが、どんどん育っていく感情を整理しきれない。穏やかとは程遠い眠りで朝を迎えた。

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