第2話 穏やかな夜

弟への土産は何を買ったのか

普段どんな話をしていたのか

どんな顔で笑っていたのか

本当は思い出したいのに



「日暮れまでになんとか村に着いたな」

良かった良かったと言いながら宿を目指す。

「2部屋とったら金がかかるし、ナズさえ良ければ同室でいいぞ。明日の相談とかもできるし」

「別に金はかかっても構わない。どうせこの旅が終われば不要になるものだ。」

やっぱ金持ちの家の子なのかな。

「なら2部屋とるか?」

「いや、部屋を行き来するのも面倒だ。同室にしよう」

案外めんどくさがりなんだろうか。なんて考えてるうちに宿に着いた。手続きは慣れてる俺がして、ひとまず部屋に向かう。

適当に荷物を置いてベッドに腰掛ける。ナズはキョロキョロしながら落ち着かない感じだ。宿に泊まるのも初めてなのだろうか。

「さて、とりあえずメシだな。安くてウマイ店知ってるから行こうぜ」

「だから金の心配はしなくていい」

あ、そうか。旅費はナズ持ちってことは、食事代もなのか。つい自分が払う感覚で言ってしまった。

「まあウマイならどこでもいいだろ。他の店知らないし。食いたいもんあるなら別だけど」

金持ちのボンボンなら大衆食堂はイヤなのかな。でも高いレストランとかに連れてかれても、マナーとかさっぱりわからんぞ。

「特にない。サカドの行きたい所でいい」

「なら、決まりだな」

やっとベッドに腰を下ろしたナズが少し休憩するのを待って、食事に向かうことにした。



「美味しい」

適当に頼んだ料理を前に、丁寧に「いただきます」をしてから一口目を食べたナズの感想である。

「だろ?イダタに来たら必ずこの店で食べるんだよ」

食べろ食べろと勧めると無心で食べ始めるナズを見て、なんとなく弟を思い出した。


「兄さんの料理はやっぱウマイなあ」

仕事で何日か家を留守にした時に言われた言葉だ。寂しい思いをさせていたのだなと反省しつつ、嬉しかったのを覚えている。


「幸せそうな顔だな」

話しかけられてハッとナズを見る。こっちを凝視していた。

「何か楽しいことでも思い出したのか」

「いや、弟のことを少し」

「そうか」

それだけ言うとナズはまた無心で食べ出した。

あれ?俺、幸せそうな顔してたのか?

1人ではないからフラッシュバックを起こすほどではないにしても、幸せな顔で弟を思い出すなんて。

呆然としてると「食べないのか?」と言うナズの声がした。見ると全ての料理を食べ尽くさんとする勢いだったので、慌てて俺も食べ出した。



「やっぱりこのルートだと明日中にトウヤまで行くのは無理かなぁ」

宿に戻って明日のルートを考える。食堂や買出し先で聞いたら、通れなくなっている道がかなりあることがわかった。

大雨以外にも天災続きだからな。大きな被害が出るような天災は今までめったになかったのに。あ、でも10年前も天災が続いた時があったな。食べ物が手に入りにくくて苦労した。

思考がつい他のことにいきかけたので、慌てて頭を切り替える。通れる道を考えると、どうしても旅程が1日伸びてしまいそうだ。

「ナズ」

明日のことを伝えようとナズを見ると、なんだか浮かない顔をしている。

「すまないが、思ったより通れる道が少なくてな。到着が1日延びそうだ」

「……そうか」

どうにも反応が変だ。急ぐ旅には見えないが、本当は少しでも早く着きたいのだろうか。

「お前がもともと考えてた道なら、明日にはつけるはずだったもんな。到着が遅れると都合が悪いか?」

「いや、急いでるわけではない。気にしないでくれ。サカドがいなければ辿り着くことすらできなかっただろう」

言外に感謝を感じて少し嬉しくなる。

「メシもウマいとこに連れてってやるよ。酒が飲めないのが残念だかな」

「お前も飲んでなかっただろう。下戸か?まさかまだ飲めない年齢か?」

「俺、どんだけ若く見られてるんだよ。もう20だぞ。そう言うお前はいくつなんだ?」

「16だ」

「アラヤより2個上か。あ、弟の名前だ」

「……で、下戸なのか?」

「18歳の祝いでおやっさんに飲まされてな。一瞬で酔い潰れた。迎えに来たアラヤにこっぴどく叱られてな。酒を禁止されたんだ」

あいつ怒ったら怖いんだよと笑いながら、また自然とアラヤのことを思い出せたことに驚く。

ナズを見るといつもの無表情に戻っていた。あまり寝るのが遅くなってもいけないので、簡単に明日の予定を伝えて、そのまま寝ることにした。

その夜は穏やかな気持ちで眠りについた。アラヤが死んでから初めてのことだった。

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