二十一話 任務

 この数ヶ月でローラと俺のコンビは、飯係として充分な成果を出していたと思う。

 俺はパットやナムから引き継いだ能力で。ローラは獣人としての能力とその貴重な魔術師としての才で。


 俺たちが猟に出かければ、肉限定ではあるが充分な量を確保する事ができた。最近では仕留めた獲物の持ち運びが困難な為、俺達のサポート部隊も組織された。

 サポートとは言っても、ちゃんと狩りもできる人たちで、まぁ第二の狩猟部隊といったところだな。


 狩猟に出る日、遠出して魔物を仕留める日、アジトで保存食や食事を作る日。そしてたまに貰える本当の休日。前みたいに朝から晩まで毎日猟に出るわけじゃなくなったから、少しだけ生活に余裕がで始めた訳だ。


 おかけで、空いた日にはローラから魔術を教わる事が出来た。と言ってもシエラから言われた通り人前ではやれないので、鍛錬に出るという名目で人が来ない場所でこっそりやっているが。こっそりやってるけど鍛錬だよ! いかがわしい事なんてしてないよ!

 なんかまことしやかに俺とローラができているとかいう噂が流れているらしい。いやぁ色男は辛いね、まいっちゃうね!


「誰がそんなバカな事を言ってるのよ! そいつが悪いのは目なの!? 頭なの!? どちらにしても必要ないのは間違いないわね! アタシが切り落としてあげる」


 しれっと怖い事を言うローラ。ナイフを手に取り今にも飛び出していきそうだった。尻尾がはち切れんばかりに膨れているが、左右にブンブン千切れそうに振られている。狩猟民族の血が騒ぐのか。


「言いたい奴には言わせておけばいいじゃん。俺たちは多分、団の中でも相当真面目な部類だと思うよ。仕事も鍛錬もちゃんとやってるんだから、そんなのに構ってる暇はないぞ? ほら、また明日魔物討伐の日だからアレ持って行かなきゃならないし」


「あ、そうね。シエラから受け取ってこないと。……あんた、まだアレの事聞いてないのよね?」


 アレとは、魔物討伐の日にシエラから渡される透明の石である。魔物を討伐する時には『必ずその石を身に付けて行くように』と言われ俺が三つ、ローラが一つ身に付けて魔物退治に向かうのだ。


「うん、まだ何も。アレって何なの? 透明な石なのに、魔物を倒すと色がついてる。不思議な素材だよね」


「言われてないなら、あんたはまだ知らなくていいって事でしょ。まぁ言われた通りやりなさい」


「ああ、わかってるよ」


 いつもは口うるさいローラが異様に素直だ。という事は、こいつは何か知っている。

 というか、俺だって馬鹿じゃないんだから本当はある程度推測はついている。

 あれは、魔物を倒した時に何かを吸収しているのだ。前世でも似たような物はあった。湿気を吸い取って水を溜める奴とか、使い終わった油を吸い取る紙とか……。まぁちょっと違う気もしてるが、魔物から出るナニカを吸い取って石に溜め込んでいる、これは間違いないだろう。


 ただ分からないのは目的と使用方法だな。そこら辺を教えたくないのか、シエラもローラも知らんぷりだ。まぁいつか分かる時は来るだろう、それまで大人しくしている方が良いと、俺の勘が告げている。……あんまりあてにならないけど。



 ローラはそれ以上何も言わず、ただ俺の魔術の訓練を見ていた。


 そう、俺は魔術の基礎を習得したのだ!

 指先から出る、火、水、風! そのどれもが小さいながらも確かな効果をもたらしているのだ!


 火種には使えるし、ちょっとした物なら洗えるし、風はなんとドライヤー代わりに使える。いや、まぁそこまでの風量は出ないけど、自然乾燥よりはマシだ。

 今はその各種基礎魔術を、規模はそのままに発展出来ないかを検討しているのだ。


「あんたって、本当発想が気持ち悪いわよね。なんで火を曲げようとか思うの? それって必要?」


 ふにゃふにゃと、俺の指先から出て形を変える火を見ながらローラが呟く。いちいち言葉の選択がとんがってるな。たまに傷付くぞ?


「必要か必要じゃないかと言われれば、多分必要じゃないな。だけど俺は根本的には魔術を知らない。何が出来て何が出来ないか、これを確認するって大事なことじゃないか?」


「ふーん。そんなもんかしらね。もしその練習が役に立つ日がきたら教えてくれる? そうしたらアタシもやって見せてあげるわ」


 だからなんで上からなんだ。そもそも俺が始めた練習なのに、どうして俺に教えてあげる風なんだ。

 納得はまったくしていないが、既にその練習に興味をなくしたローラは、さっさとシエラのところに向かって行ってしまった。

 はぁ、ちょっと待ってくれって……。



 ※ ※ ※ ※



「二人ともよく来たな、まぁちょっと座って待っていてくれ」


 ここはアジト内のシエラの私室である。私室といっても、現代日本のオフィスビルにある応接室のようなものではない。洞窟なのだから当然だ。

 洞窟の中をくり抜いて洞を作り、その入り口を少し目隠しした程度である。ソファなどはもちろんないので、俺もローラも地面にべたっと腰をおろした。


「明日がまた魔物討伐の日だな? じゃあまたこれを頼む。貴重なものだから壊すなよ」


 そう言って透明の石を渡してくるシエラ。今回も同じく俺に三個、ローラに一個。


「あの、シエラさん。どうしてこれはいつも俺が多いんですか?」


「ん? ああ、まぁたまたまなんだが……、セルウスに持たせた方が効率が良い事がわかったからな。だからお前の方が多いんだ」


 男の子だからたまたま……。玉の様な石だしな……。いやいや、違う、そうじゃない。シエラはそんな事言わない。きっと。

 どちらにしてもあまりまともに答える気はなさそうだ。


「ああ、そうだった。それでボスからお前たちに伝令がある。というか新しい仕事の命令だな。やってくれるか?」


「あんな奴からの命令に従う気なんてないわ!」


 内容も聞かず即拒否をするローラ。

 というのも、ローラも新規入団員という事で当然ながらパンメガスに面通しをしている。ローラのあの性格だからな、起こった事は想像通りだ。そして俺と同様シエラにたしなめられたと。

 そこから当たり前の様にローラはパンメガスを毛嫌いしている。


「これはローラにしか頼めない、ローラにしかこなせない仕事だったんだがな……。そうか、ローラには荷が重かったか……」


「アタシに出来ない仕事なんてないわ! アタシにかかればどんな仕事だって完璧に、ぐうの音もでない程にこなして見せるわ! さあ、仕事の内容を言いなさい」


 チョロい、チョロ過ぎるぞローラ。シエラもローラの扱い方を心得てるな、にんまりと笑っている。


「そうかそうか、受けてくれるか。私も助かるぞ。実際問題、これはお前たち二人にしか頼めない仕事だったしな」


 いや、ちょっと待って。


「俺、まだやるって言ってないんですけど……」


「ん? セルウスにやるという選択肢以外があったのか?」


「え、いや、その……」


「私からの頼みで、かつローラもやる気だというのに? ……やって、くれないの?」


 シエラの上目遣い……!

 破壊力はばつぐんだ!!


「……やります。やらせてください」


「そうか! やってくれるか!!」


 ぱあぁぁっと音が聞こえそうなくらいの笑顔で俺を見つめるシエラ。してやられたと分かっていても、この笑顔の前には敵わない。守りたい、この笑顔。


 はぁ、俺もだいぶチョロかったわ。




 ※ ※ ※ ※



「お前達二人へ頼む仕事だが、町への潜入捜査だ」


 さっきとは打って変わって、キリッとした表情で説明をするシエラ。うん、さっきまでのが嘘だってわかんだね。


「潜入捜査!? 何それ、かっこいい!!」


 逆にローラは興味津々で目がキラキラと輝いている。絶対にローラにはできない仕事だな。


「どこに潜入して、何を捜査するんですか?」


「いい質問だな。内容はこうだ」


 俺たち二人に与えられたミッション。

 それは町の領主の弱みを握ってくる事だった。弱みを握り、脅し、揺さぶり、こちらに従わせ、骨の髄までしゃぶり尽くすのだ。


「でも、どうやって?」


「方法はお前たちに一任されている……が、何もヒントもないと無理だろうな。一応私が考えた方法はある。上手くいくかいかないかはお前たち次第だが」


「世間知らずな俺たちが考えるよりもずっといいと思います。教えてもらえますか?」


「世間知らずはアンタだけだけどねっ!」


 ローラにだけは絶対に言われたくない。絶対にだ!


「そうか、じゃあ説明しよう。まず、お前たちはハンターは知っているか?」


 シエラの説明では、ハンターとは俺の知識の中では冒険者と言われる人たちだと思う。

 護衛、討伐、探検、採集、雑用、金さえ貰えればなんでもやる人たちだな。戦闘特化は傭兵という事なので一部仕事は被るが、基本的に住み分けは出来ているみたい。


「俺たちがハンターになるんですか?」


「そう、お前たちじゃなきゃダメなんだ。詳しい事は後日また説明させて貰う。その時に現役のハンターを連れてくるから、そいつから説明させよう。そうすればお前たちじゃなきゃダメだという事が分かるはずだ」


「分かりました、じゃあそれはまた後日。出発はいつ頃すればいいんですか?」


「そうだな、一週間後には出てもらおう。それまでに色々準備をしておいてくれ。こちらからも支給出来るものはするから、二人で何が必要が打合せをして申し出てくれ」


「「了解!」」




 ※ ※ ※ ※




 シエラの部屋を出て、さっそくローラと打合せだ。まだ日が高いので一度アジトを出て森の入り口で話をする。


「任務よっ! これはアタシ達にしか出来ない極秘ミッションなのよ!」


「ああ、そうだな」


「これが成功したらアタシ達も一気にこの団の幹部よっ!」


「ああ、そうだな」


「報酬は何にしようかしら? お金? 食べ物? それとも魔術師用の杖にしようかしら?」


「ああ、そうだな」


「……アタシは今とても頭に来ているわ? やっちゃってもいいかしら?」


「ああ、そうだ——、ぎゃあぁぁぁっ!!」


 適当な返事をしていたらローラに襲われた。殴る蹴るの暴行を加えられ、無惨な姿に変えられてしまった。痛い。


「何すんだよっ!」


「何すんだよっ! じゃないわよっ! アタシの話に適当に相槌を打つなんて、万死に値するわ! 一万回死になさいっ!!」


 一回既に死んでいる俺にそれは禁句だ。次もまた人間に生まれ変われるとは限らない。ミジンコとかに転生したらどうすんだ!


「わかった、わかった、俺が悪かった! だからやめてくれ! 爪はマジで痛い!」


「ふんっ、分かればいいのよ! それで、アンタはさっきからチマチマ何してるのよ?」


「チマチマって……。さっきシエラから言われただろ? これからハンターとして町に潜入するんだ。細かい指示はあるだろうけど、町に入って活動するための準備だよ。装備とか、持ち物とか、自分で必要なものは自分で考えないとダメだろ?」


「それで必要なものを書き出してるのね? ……えっ!? アンタ字なんか書けるの!?」



 ふふーん、実は俺は字が書けるんだな。奴隷時代はそもそも字を見る機会がなかったけど、ここに来てからはそれなりにあった。

 特にマンケの元で仕事をしていた時は設計図や指示書に色々文字や数字が書かれていたから、字が読めなければ仕事にならなかった。


「ふ、ふーん、ほぉーん、ア、アタシだって字くらい書けるし! なんなら絵だって描けるし!! ほら、ちょっと貸しなさいよ! アタシのファンタスティックでスペクタクルな絵を見せてあげるわ!」


 そう言いながら俺のペンを奪い取る。

 違う、違うんだローラよ。字でも絵でもないんだよ、俺は準備をしたいんだよ。

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