第24話 君がいるから

 誰か助けてくれ。

 独白の心もとなさに、隼人はかぶりを振る。自分で何とかしなくちゃ。誰かじゃない、自分で助けるんだ。

 自分はダークヒーローだ。きっと勇敢に戦ってみせる。隼人はいま一度、ハヤトを自分に重ね、己を鼓舞した。

 そうして数学のノートを取り出して、そこにハヤトロクを書きつけ始めた。


「俺は負けない。千の刃が襲おうと、俺はここに立っているぞ」


 ハヤトは凛と胸を張った。

 吹き付ける向かい風は、氷のように冷たい。まっすぐ立てば立つほど、ハヤトを凍てつかせるはずだ。

 なのに何故、彼は立つことをやめないのだ? ハヤトは不敵に笑った。


「俺が俺であるからだ」


 無数の星が、ハヤトの頭上を照らしている。星にはひとつひとつ物語がある。人間もまた、同じように。ハヤトは星のように輝いていた。


「俺には父母がいて、守るべき姉がいて、そしてお前がいる。タイチ」


 タイチはハヤトを静かに見ていた。その目は、星ですら遠くなる輝きを秘めている。


「大切なものに胸をはれる自分でいたいのさ。俺は」



「よし」


 隼人はペンを置いた。ハンカチで顔を拭いて、涙の跡をぬぐう。

 書いたらだいぶ気持ちに整理がついた。

 ユーヤたちとのいさかいが解決したと思いきや、何者かに陥れられたハヤト。誰が敵かわからない。そんな中で、ハヤトは胸を張るのだ。


「俺が俺であるから、か。われながらいいセリフだなあ」


 満足して、隼人はノートを撫でた。スマホで時間を確認すると、もうそろそろ予鈴がなる頃だ。

 隼人は立ち上がると、砂を払い、教室に戻るべく歩き出した。鞄を背負い直す。重みに体が揺れたが、しっかりと足をふみしめていた。


◇◇


 教室に続く曲がり角で、龍堂と行き合った。


「龍堂くん」

「おう」

「これから体育?」


 龍堂は「ああ」と頷く。ジャージ姿の龍堂は、体格の良さをいかんなく発揮していて、颯爽とした格好良さがあった。


「またね」


 移動なのに、引き留めてもいけない。隼人は手を振って別れる。

 龍堂の背を、振り返り、隼人は笑う。

 ハヤトロクを書いておいてよかった。心の整理のつかないまま会っていたら、きっとまともに目を合わせられなかった。

 たった二言、三言の会話。けれども、それで十分だった。


 教室に入り、隼人は口唇を引き結んだ決意の面持ちで席へ向かった。ケンたちの視線も、何のそので、隼人は席に座る。机を確認しながら思う。

 龍堂くんがいる。

 俺には、龍堂くんがいる。学校にくれば、龍堂くんに会える。俺はそのために来るんだ。

 その思いは、隼人を強くした。授業の間も、揺れることなく、心を強く保つことができた。

 自分は、龍堂にふさわしいヒーローになるのだ。小説の中だけでなく、現実でも。

 そう思えば、隼人は強く、胸を張っていられる。そんな自分のことがなお、誇らしく、好きだと思った。


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