第52話 溺れる者、人魚を掴む?

徐福がいなくなった集落は、どこか暗い。


徐福が存命の時も、姜文が集落の方針や行事を考えていた。


実質の指導者は姜文、徐福は象徴の様な存在であった。


しかし、徐福の人柄や笑い声が、会う者達と村全体に安らぎみたいなものを与えていた。


徐福が亡くなり、彼がいなくなった今、始めてその存在の大きさを姜文は痛感していた。


以前と変わらない筈の各責任者との打ち合わせが、以前より難航し、どれもスッキリと片付かないのである。


独りで考え、一人で指示を出す。正直、自分の指示が100%正しい自信は無い。

姜文は、今後の自分に一人で集落の者達を統率できるのかと、不安を抱えていた。


『姜文様、お顔の色が宜しく有りませぬ。未だ病み上がりと思い無理は禁物です』と蘭華が姜文の様子を見かねて声をかけた。


『いえ、身体は問題ありません、蘭華殿が案ずる程ではございません』


蘭華は、姜文の精神状況が回復した後も、変わらず毎日姜文の家に通い、家事を中心に手伝いをしてくれていた。


斉の国から出航し、この地に来た頃、食料問題も抱えた頃に戻ったような、いやそれよりも悪い雰囲気を姜文は感じていた。


(・・・徐福様がいた時、こんなに苦労した事は無かった・・・。)と姜文は、過去を思い出す。


未だ、この地に来て日が浅い頃、漁師の長から難しい要求を受けた事があった。

食料が乏しい中、その日の収穫を1か所に集め均等に集落の者達に分配していた時期である。


その時は、未だ見知らぬ土地であったという事もあり、山に行く者達が持ち帰る収穫が少なく、それに反し海の漁が好調で、漁師達が釣ってくる魚介類に大きく依存していた。


そんな状況が続くと、漁師達の中で不公平を訴える者達が出て来たのである。


彼らの要求は、貢献度の高い自分達の食糧の取り分を引き上げろというモノであった。


実情を知る姜文としては、彼らの要望を飲む事は前提で、その取り分をどれだけ下げられるかを考えていた。


その時期は、山への探索隊の収穫が何時改善するかが見当がつかなかった事もあり、漁師達に気持ちよく言う事を聞いてもらう為には、止む無しと考えていたのであった。


そんな時、姜文と共に話を聞いていた徐福が、話しを持って来た漁師の長が帰った後、姜文の様子を見て自分の意見を言ったのである。


『姜文、お主、漁師達の要求を飲むつもりじゃろ?』


『いけませぬか?断って、漁師達がへそを曲げても困ります。こればかりは飲まざるをえないかと』


『そうじゃな、そこはワシも同意見じゃ』


とおっしゃられるということは、どこかダメな所があるのですか?』


『なに、最初から白旗を出すと、相手がつけあがるかと思ってな』


『こういう時は、とにかく強気で行った方が、案外うまく行く事もあるのではないか』


『強気とは?』


『不公平を言っている連中、取り分をあげろと主張する者達をこの家に呼ぶのじゃ』


『こっちは、逃げも隠れもせず直接交渉してやると、長に伝えるのじゃ』


『私は嫌ですよ』


『ワシも嫌じゃよ』


『だったら、漁師の長とだけ話をした方が良いのでは』


『姜文、逃げちゃいかんのだ、ワシらも嫌じゃが、きっと奴らも嫌な筈じゃ。』


『この家は、ワシらの土俵じゃ。つまりあ奴らよりはワシらは気持ち的に有利に立てる』


『そいういうモノですか・・・ね』と姜文はその時徐福の言う事に半信半疑であった。


姜文は、その会話の後、漁師の長へ徐福の意向を伝え、漁師の中で強く要望している者達を数名家に連れて来る事になった。


その日の当日、彼らが来る前に、徐福が姜文へ家の酒の量を確認する。


『徐福様、交渉時に酒をふるまうのですか?』


戯言じょうだん言うな!交渉時に酒をふるまえば、舐められる。せっかく家迄来させるのだから、そんな事したら意味がなくなってしまうではないか』


『飲むのは、交渉はなしが終わった後じゃよ』といい、徐福は自身有りげにほほ笑んだのである。


徐福の予言どおり、家を訪れた強硬論者達は、全くそうは見えず、姜文が心配になるほど低姿勢であった。


交渉は、交渉というよりも、集落の食糧事情の現状を説明するだけの場になった、いやそれで済ませたのである。


交渉が終わり、意気消沈した彼らが帰ろうとする時、徐福が酒を出しながら、引き留める。

その後、一緒に酒を飲み、不平を言いたい気持ちは分かるが今は辛抱してくれと、徐福は彼らに涙ながらに訴えた。


帰路につこうとする彼らの顔からは、交渉するという戦意を失われていた。

その後、2度と彼らが文句を言う事は無かった。


(徐福様とまではいかなくとも、自分の考えを持って、私の気づかない見識を教えてくれる相談者が欲しい・・このままでは、不味い)


そう思っていると、妖からもらった青い鱗が姜文の目に入って来た。


(・・・・。)


(徐福様が妖に言った願いの一つ、私の相談相手として・・・。)


姜文の頭の中に、縋りつくような思いが一瞬浮かんだのである。


『蘭華殿、スミマセン、ちょっと浜辺に行ってきます!』


『お帰りは?』


『直ぐ戻ります』


溺れる者、藁を掴むというが、姜文は藁ではなく、人魚をつかむ・・・つもりでいたのである。

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