エレノア・マーロウの決意
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第1話
エレノア・マーロウは地味で目立たない子爵令嬢だった。
「エレノア、このドレスを選ぶの?少し派手すぎて、君には似合わないんじゃないかな。」
いつもは着られないクリーム色のドレスを着て浮つきかけていた心が、上から押さえつけられるように沈み込んでいく。
エレノアには幼いころからの婚約者がいた。
ブライアン・ロッソ、遠縁の子爵家の次男だ。
エレノアと結婚して将来マーロウ家を継ぐことが決まっている。
いつもエレノアをエスコートしてくれて、ドレスも一緒に選んでプレゼントしてくれる。
浮気などもなくエレノア一筋。悪い噂も一切ない、非の打ちどころがないなかなかの好青年。
エレノアはいつも、ブライアンは自分なんかにはもったいない相手だと思っていた。
「今年の流行の型でございます。お嬢様はとてもお美しいので、華やかでとてもお似合いですわ。」
今日の店員さんは新人らしい。
ブライアンはその言葉が気に入らなかったらしく、好青年の仮面を少し歪ませた。
「エレノアの事は僕が一番良く分かっている。君は新人か?いつもの店員はもっとエレノアの事を考えてくれるのだけど。」
いつもの店員というのは、ブライアンの言う事をうんうんと聞くだけの人だ。
ただブライアンのいう事をうんうんと頷いて聞いていれば、さっさと買って帰ってくれるのである意味楽なお客なのだろう。
「紺色かベージュのドレスを持ってきてくれ。それかもっと落ち着いた色目の物。デザインは昔ながらのシンプルなものがいい。昔からあるものはそれだけ意味がある。歴史と伝統があって、何十年でも着続けられる。」
そうして、またいつもの紺かベージュのドレスが運び込まれてくる。
明らかに今シーズンのものではない。在庫から持ってきたような。
紺・紺・ベージュ・紺・灰・ベージュ・たまに灰がかった青。
うちのクローゼットのお馴染みの色合い。
「君は派手な格好で男を引き寄せようなんて破廉恥な真似はしないよね?もう僕という婚約者がいるんだから、他の女と違ってそんな下品な事をする必要がない。・・・これなんか良いんじゃない?」
ブライアンが指さしたのは、首まで詰めた息の詰まりそうな紺色のドレスだった。
せめて白のレースでもついていれば、紺色に映えるだろうけど。どこまでも目立たない紺。うちのクローゼットに何着もある。
―――わざわざ季節毎に買う必要ある?
「・・・はい、ありがとうございます。ブライアン。」
でも、幼いころからどれだけ頼んでも、ピンクも黄色もスミレ色も買ってもらえないと学習してしまった。
もし買ってもらったドレス以外を着て外に出かけたら、とても悲しそうな顔で、皆の前でこういうのだ。
『僕が買ってあげたドレスは気に入らないの?ごめんね。また買ってあげるから。』
どれだけ頼んでも願いが叶わないなら、もう最初から期待しない方が楽だ。
私が一緒に買いにくる必要ってあるのかしら?勝手に買って贈ってくれば良いのに。そうエレノアは思った。
きっと一緒に買い物に行き、エレノアの意見を聞いてあげたという事実が大切なのだろう。
「このドレスですか?失礼ですが、パーティー用のドレスとうかがっております。こちらはもっと落ち着いた場で着るような・・・。」
「何なんだ君さっきから!」
ブライアンのイライラとした高圧的な声が、若い店員さんの説明を遮る。
若い新人さんは、職務に誠実な人のようだった。お客の事を考えて、ドレスの用途を教えようとしてくれるくらい。
この紺色のドレスは華やかなパーティーに使用するものではなく、もっと式典とか、親族の集まりなどで着る礼服に近いのだろう。
なんならお葬式にも着ていける。
「僕がドレスコードを知らないとでも言いたいのかい?紺は清楚なエレノアにピッタリなんだ。最近の男受けだけを考えた派手なドレスとは違う!」
「ですが・・。」
「もう良い。出て行きたまえ!こんな店二度と来ないぞ!!」
「お待たせいたしました~。もう本当にすみません!前のお客様がどうしても決めきれないと言って長引いて。ブライアン様とお話しできるのを楽しみにしていましたのに。」
叫び声に、慌てていつもの店員さんが駆け込んでくる。個室とはいえ、下位貴族用の小部屋で、他の部屋にもこの怒鳴り声は鳴り響いたことだろう。
「もう知るか!帰る!」
そんな事言っても、この老舗店ほどブライアンの希望の在庫が揃っている店もないし、子爵家の予算でドレスが買える店も限られている。
いつだって結局この店に戻ってくることになるのだけど。
「そんな事おっしゃらないで~。ブライアン様、お若いのに深い知識と見識があって。いつも勉強させていただいておりますのよ。まあ!そのドレス。エレノアちゃんに似合いそう!さすがのお見立てです。」
「あのね、そんな事言って、新人の教育は全然なっていないんじゃないか?」
「大きい声じゃ言えませんけど。この子は最近の流行を追いかけてばかりいるような方ばかり相手してましてね。もう良いから行きなさい。」
シッシと追い払うような手の動きに、新人さんは憮然とした表情をしたけれど、最後に一瞬エレノアへ同情的な視線を送ってから、無言で部屋を出て行った。
社交界では好青年だが、こうやって庶民の店員相手などでは、時折ブライアンは高圧的な一面を見せる。
二人だけの時はエレノア相手にも。
両親にそのことを相談したことがあるけれど。
「ブライアンがエレノアに気を許している証拠だよ。」
「家でも外でも愛想を良くしてたら大変だわ。気心が知れた相手には、少し甘えていまうのよきっと。」
そう言われてしまった。確かにそうかもしれない。
だってブライアンはこんなにもエレノアを大切にしてくれている。
不満など持ってはバチが当たるだろう。
「あんな新人を雇っているようでは、あの店の品位も落ちたものだね、エレノア?」
「・・・・はい。」
結局、その日もブライアンの選んだ紺色のドレスが、少しだけ仕立て直してうちへ届けられることとなった。
「友達と街へ遊びに行く?そんな事をしては品位と人格が疑われるてしまうよ。」
「見てごらんあの子。男ばかり引き連れて、卑しい事だ。エレノア、君はあんな真似しないよね?見てごらん、皆があの子を笑っている。」
「貴族の子女は、人前でむやみに笑うものじゃないよ。僕の少し後ろから付いておいで。」
「エレノアはこっちの方が好きなんだよね?」
「歌が好き?ああ、確かに少しは聞けるけど。笑われてしまうだろうから他の人の前では歌わないほうが良いよ。」
「僕に任せて。僕の言う事を聞いていれば、間違いないから。」
今日も紺や灰色の服を着て、灰色の日を生きる。
笑い方、喋り方、手の上げ下げまでブライアンの言うとおりにしなければいけない。まるで淀んだ沼の中で生活しているようだ。
何かを決める時、常にブライアンの声が聞こえてくる。
「それ派手じゃないかな?皆に笑われてしまうよ?」
ただ立つとき、座る時、何かをする時、誰かの視線が気になる。
―――この動き、可笑しくないかな。笑われないかな、下品じゃないかな。
エスコートも完璧だし、たまに少し不機嫌になるだけで手を上げられた事もない。
言う事さえ聞いていれば、ニコニコと上機嫌で優しくしてくれる。
「あなたの婚約者は、いつも一緒にいてくれて、幸せね。私の婚約者なんて、めったに手紙も書いてくれないのよ。」
「とっても優しそう。」
いつも皆に羨ましがられる。
でも苦しい。苦しい。苦しい。
・・・・・もう、自分の好みも、やりたい事も、とっくに忘れてしまった。
*****
「キャー見てこれ可愛い!」
「え、どれどれ見せて?」
今日のお茶会は、若いご令嬢が沢山集まっていた。侯爵家で開かれたガーデンパーティー。
素晴らしく手入れされた庭に、色とりどりのドレスが咲き誇っている。
実はこのような集まりはエレノアは苦手だった。華やかなご令嬢たちがいると、ブライアンの機嫌が後から悪くなるからだ。
「まあこの刺繍可愛い!ウサギをまーるくして、目が大きくてキラキラしてる。こんなの初めて見たけれど、本物よりも可愛く見えるわ。」
「えへへ~。そうでしょう?私も、妹の描いている絵を見て思いついたの。本物に近づけるより、こうして顔を丸く描いたり、目を大きくしたら可愛いなって。」
その会話にエレノアも少し気になって横目で様子を窺う。
若い令嬢たちには珍しく、誰かの持ってきた刺繍に令嬢たちが集まって褒め称えているようだ。
「刺繍の作品を持ってくるなんて、感心じゃないか。エレノア、君の作品も見せてきたら?」
「えっ」
「ほら、行ってきなよ。エレノアと話が合うかもよ。」
エレノアはブライアンの友人達と同じテーブルで固まっていた。
ブライアンの友人たちも、皆いつもエレノアの事を「清楚で男を立てる、素晴らしい婚約者だな。」と褒めてくれていた。
でもいつもブライアン達の集まりに連れていかれるものの、しばらくしたら男同士で話したいからエレノアも友達と話して来たら?などとやんわりと追い出される。
今がその時なのだろう。
ブライアンからにこやかでいて逆らえない指示がとぶ。
これまで何度もエレノアが自分の友人と作るのを反対してきたのというのに、こういったお茶会などでは友達と話してこいなどと無茶な事を言ってくれる。
今まではブライアン達に追い出されたら、目立たないようにお茶会終了まで会場の外に隠れたりしていたのだけど・・・・。
一瞬迷ったが、ブライアンに逆らってはいけないものだと、エレノアは身体の髄までしみ込んでいた。
もし逆らうとブライアンはとても悲しそうな顔をして、いつの間にかエレノアは優しい婚約者を虐げるとても悪い事をした悪女の様に仕立て上げられてしまうのだ。
意を決して立ち上がると、貴族令嬢用の地味なポシェットから一番自信のある刺繍のハンカチを取り出した。
盛り上がるご令嬢たちの方へ進む、一歩一歩がとてつもなく重い。
これから自分がどうなるのか。エレノアには分かっていた。
「あの、こちらを見ていただけませんか?」
「ねえ!今度私の分も作って来てくれませんか?」
「もし良ければ私のも。ねえ、猫とか犬とかでも同じようにまあるくしたらどうかしら。」
「それ良い!」
勇気を出して発した声は、誰にも届かない。
―――盛り上がっていて聞こえなかったのかな。・・・本当に?誰にも?誰かは聞こえていて、無視されたのではなくて?
「あの!!!よろしければ、私の刺繍もご覧になっていただけませんか!?」
今度はもう少し大きな声でと思ったら、予想以上に大きな声が響いてしまった。
楽しそうにしていた令嬢たちが、驚いて一斉にエレノアの方をみる。
すっかり盛り下がってしまった。
「えーっと、あなたは確か。」
「エ・・・エレノア・マーロウと申します。皆様よろしければ私の刺繍も見ていただけませんか。」
近くにいた令嬢が声を掛けてくれた。
この人は優しそうだ。良かった、とエレノアは思った。
「・・・見たわ。」
「これアカンサス?昔からよくある柄ね。」
「えーと・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・頑張りましたわね?」
一応見てはくれたものの、盛り上がるはずもなく。
「ありがとうございます。失礼いたします。」
先にいたたまれなくなったのはエレノアの方だった。
なんとか見てもらったお礼を言うと、顔を伏せてその場を離れる。
ブライアン達のいるテーブルを見る勇気がなかった。
少し離れて人気のないところまで来たら、我慢しきれずに走ってしまう。
―――何よ!!!何よ何よ何よ!!!!!
あんなヘタな刺繍にはあれだけ褒めて盛り上がっていたのに。私の方が上手かったわ。
なのになんで私にはあんな反応なの??
あんな奴ら!!!群れないと何もできないくせに!!!!!
そこまで考えて気が付く。
―――ああ、私今ブライアンと同じような事を考えている。
今日のお茶会の主催である侯爵家の庭が広くて良かった。もう周りに誰も人がいない。
エレノアはその場に崩れ落ちた。
誰もいない庭の外れで、エレノアは一人、声を押し殺して泣いた。
「ぐうぅ。・・・・ううっ・・・・・・ううう~・・・。」
誰もいないというのに、もしも誰かに見られた時のために声をこらえる。こらえようとしても少しの声は出てしまう。
先ほどの刺繍のハンカチで、涙と他の液体も拭いた。
「ううっ。・・・・・・うううっ。」
「あのさあ。」
「ひっ!!」
急に声を掛けられて、エレノアは文字通り飛び上がって驚いた。
どこかからエレノアに掛けられた声。慌ててエレノアは周囲を見渡した。
「あー、そっちじゃない。上。」
「えっ。」
声の通りに上を見上げると、そこには木の太い枝に跨り幹に寄りかかる青年の姿があった。
―――もう良い年なのに、木登りなんて信じられない!!
「あのさあ。いなくなるまで待とうかと思ってたけど。もう君あまりに辛気臭すぎて。中々泣き止まないし。俺そういうの無理。本当無理。泣くならあっちに行ってくれない?」
いつものエレノアなら大人しくその場を立ち去っていたと思う。
それどころかニコリと笑って大変失礼いたしましたなどと取り繕ったのかもしれない。
でも今日は、もう取り返しがつかないほど無様に泣いているところを見られてしまっているし、それに珍しくエレノアの中で羞恥心よりも怒りの方が勝っている状況だった。
「あなたの方が!あちらへ行かれてはいかがですか。どこのどなたか存じあげませんが。」
もうその時のエレノアには人からどう見えているかなんて考えている余裕がなくて。
「泣いている令嬢にハンカチも差し出さずにあっちへ行けなどと、失礼ですわ!!!」
思わず本心をさらけ出してしまう。
「あー・・・・確かに。言われてみればそうかもね。そっちは俺がここにいる事を知らなかったんだし。悪かったよ。」
その青年は、予想外にあっさりと謝って木をスルスルと身軽に降りてきた。
「えっと。先ほどは失礼しました?お詫びと言ってはなんですけど。何があったかくらいお聞きしますよ、レディ。」
なんだか馬鹿にされているようだけど、エレノアはもう誰でも良いから誰かに不満をぶちまけたい気分だった。
エレノアはその青年の頭の上から靴の先までを素早く観察した。服装は使用人が着るような汚れが目立たない丈夫な仕事着だ。頭髪は妙に艶々として、綺麗に切りそろえられているが、貴族の従者だったら身だしなみを整えていておかしくない。
上位貴族の使用人の中には下位の貴族の子女が行儀見習いでやっているケースもあるが、待ち時間に控えてないでサボっているようでは身分もたかが知れている。
この人になら愚痴を言ったところで、ブライアンに漏れる事もないだろう。
エレノアは、先ほどあった出来事を洗いざらいその青年にぶちまけた。
「いや、それさあ。その令嬢たち、すごく優しくないか?」
「・・・・・・・・。」
「盛り上がっているところ、無理やり他の刺繍を見せられて、それでも見てあげて、頑張ってますねって褒めてくれたんだよな?」
「分かってます!!」
分かっているけど言われたくない。
「ていうか君さあ。その服地味過ぎない?お茶会だよ?君の趣味?」
「ブライアンが。最近流行っている派手な格好は下品だと。」
「はあ・・・・そう。」
青年は話を切り上げたそうに、やる気のない返事をした。
でも久しぶりに本心をぶちまけても良い相手を見つけたエレノアは、まだ彼を解放する気はなかった。
「なんですかそのやる気のない返事は!見て下さいこの刺繍。上手いでしょう?丁寧でしょう?いつ誰に見られても良いように、すっごく時間を掛けて刺したんですよ。」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった先ほどの刺繍とは別の物を取り出して、青年の顔の前に突き出す。
「あー、はい。」
青年はその刺繍をジロジロと眺めたあと。
「・・・・・うん。普通だね。」
などと言う。
「なんですって!?普通ですって?」
「いやだって、こんな昔からある図案で。丁寧だけどプロには負けるし。ご令嬢が自分で刺したにしては頑張ったねとしか。」
「でも、先ほどはこれよりもずっと下手で雑な刺繍を皆さん褒めていました!」
「だからそれは、その子が考えた可愛らしい図案だったんでしょう?下手でも楽しく作れば、その楽しさが伝わってくるものなんだよ。」
「なんですかそれ。そんなの知りません。」
そんな事は、お母様も家庭教師も誰も教えてくれなかった。
上手な刺繍より下手な刺繍の方が人を楽しませるなんてそんなことは。
「君さあ。地味な服装に地味な髪型。無難な図案の刺繍。・・・何かないの?他に自分の好きな事とか。」
「そのくらいあります!!」
とっさにそう言ったけれど、エレノアには特技も趣味もなにもない。
「へえー、何?」
「・・・・・・・・・う、歌う事です。」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
小さな頃好きだった歌う事。
恥ずかしいから人前で歌わないで?とブライアンに苦笑されて以来、誰の前でも歌わなくなってしまった。
とっさとはいえスルリと出てきたのは意外だった。
「へえ。じゃあ歌ってみせてよ。」
エレノアは迷った。
実は今でも手習いの一つとして、先生に習ってはいる。貴族の令嬢として、音楽はたしなみの一つだ。ピアノや楽器などは手入れが大変なので、一番お金が掛からないと言う理由で歌を続けてはいた。
無難な曲を無難に習っているだけだけど。
そしてもうずっと誰にも聞かせないけれど。
―――何を歌おう。
少しためらう気持ちと、ほんの少しの期待が心を占める。
笑われたら恥ずかしいという気持ちと、久しぶりに人に聞かせることができる期待感。
―――ただの使用人相手。笑われてもどうでも良いわ。何を歌う?最近習った無難な歌?それとも・・・・。
―――もうこの人相手ならなんでもいっか。
エレノアは、小さいころに大好きだった童謡を、おもむろに歌い始めた。
不思議な事に、いつもレッスンで歌うよりも楽しい。
外で歌っているからだろうか。
それとも、誰かに聞いてもらっているから?
歌い始めたら楽しくて、止まらなくて、何曲も、歌い続けてしまった。
パンッパンッパンッパンッパンッ
好きな歌を夢中で一通り歌い終えて気が付けば、青年が立ち上がって力強く拍手をしてくれている。
まるでプロの演奏に対するような態度で。
「すごいな君!!本当に歌が好きなんだね。すばらしいよ。なんというか、心が震えた。」
興奮した様子で褒めてくれる。
「そ、そんなお世辞を言われましても。」
「いや今更お世辞なんて言うと思う?」
「・・・・・ないですね。」
この人が今更エレノアにお世辞を言ってくるとは思えない。
あれだけボロクソに正論を言ってくれたのだから。
エレノアは、この人の評価なら信じて良いかな、という気持ちになってきた。でも・・・・。
「でもブライアンは。私の歌は恥ずかしいから人前で歌うんじゃないと。」
「えええー!何を言ってるんだそいつ。こんなに素晴らしいのに。プロにだって負けない。今度王妃様が主催する音楽サロンがあるから披露すると良いよ。それだけの価値がある。」
「・・・ブライアンが、そのようなこと許してくれるとは思えません。」
「何で?」
「そんな、人に見せつけるような真似は下品では・・・。」
「君の婚約者がそう言ってたの?王妃様の音楽サロンを下品だと?」
「いえ、そう言いそうだなーと。」
でも確かに。王妃様主催の音楽サロンが下品であろうはずがない。一度ブライアンに相談してみようか?
「いやでもちょっと待て。そいつきっと君に嫉妬してるんだよ。サロンの話をしたら邪魔されそうだな。」
「えっ。」
青年が、なんだかとんでもない事を言っている。
―――ブライアンが私に嫉妬?あの完璧なブライアンがこの地味な私に。
「そんな事は・・・・・ないと。ブライアンは私に恥をかかないように。」
「恥かいてるじゃないか。そんなお葬式みたいな格好させてお茶会に連れてきて。」
「・・・・・・・・・・。」
それは思ってもみない事だった。今までの人生で一度だって考えもしなかった。
でも言われてみれば確かにそうだ。
今まで「君に恥をかかせないために。」と何度言われたかもう覚えてもいないけれど。その言葉を信じて従っていたけど。
いつだってエレノアは恥ずかしい思いをしていたことに、気が付いた。
「なんだかおもしろそうだな。よし!じゃあその婚約者には秘密でなんとかしよう。来月のこの家のお茶会にはまた参加する?なんとかして参加してよ。」
「・・・頑張ってみます。」
「うん。それまでに何か考えておくから。来月のお茶会の時、またここで会おう。」
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