うるさいヤツ

 幸村ゆきむらが余計なことを言ったものだから南雲なぐもがキョトンとした顔で「何か三人で役をやっているのですか?」と俺たち男子を見た。

 幸村が南雲、小原おはら日葵ひまりの三美少女を指して三役揃い踏みと言ったのを俺たち男子三人のことだと勘違いしたのだろう。

 俺は隣にいる男子とは喋ったことはないし幸村と喋るつもりもない。三役なんてとんでもない。

「多分違うよ」小原が言った。「――私たち三美女のことよねー?」

 小原は樋笠ひがさに近い雰囲気の陽キャだ。おバカみたいな喋り方だがこの件に関しては正解を導いていた。

 幸村が「そうだよ」と悪びれずに言った。

 俺の右隣の男がわずかにため息をついた。「それより――」と俺の方を向く。

「――F組男子学級委員をしている万永まんえいだ」

「E組の山田だ」

 学級委員と名乗りやがったから無所属とでも言うしかないじゃないか。何もつけないと淡白なヤツと思われてしまう。ま、実際そうだがな。

「そ、そうか、よろしくな」万永まんえいは戸惑っていた。そんな返しが来るとは予想していなかったのだろう。

「山田くんと山田さんが並んでるー」小原がウケている。

 箸が転がっても笑うのだろうな。しかし厳密には俺と日葵は横並びではないぞ。

「ふたりの山田だからここでは名前呼びにしようよ、ねえ日葵」馴れ馴れしいヤツだな。

「俺はヤマダで良い」

 初対面のヤツに名前呼びされてもな。ここでは――とか言っているがこの先このメンバーで集まることなんてないだろう。

「またまた~、山田くん、恥かしがり屋?」

「す、少しな」いやたっぷり恥ずかしがり屋だ。

 俺は顔がほてっていた。小原が眩しい。

 突然俺の左すねに痛みが走った。間違いなく日葵ひまりの仕業だ。

 日葵め、蹴りやがったな。足癖が悪いぞ。みんながいるから俺は抗議もできない。

「山田くうん、下の名前何て言うの?」

祐太ゆうた」俺は仕方なく答えた。答えるまで訊くだろう。

 また足を蹴られた。ひどいな。このままだと俺の左足はアザだらけになるな。

 しかしなぜ小原は俺に興味を示す? こんなことは今までなかった。こいつは誰彼構わずコミュニケーションがとれるヤツなのか。

「小原さん、君の距離感を押しつけると誰でも戸惑うよ」万永がたしなめるように言った。

「エ、そう? 私、近すぎ? 

「うん、大丈夫」南雲なぐもは何とも思っていない。

「おとなしい男子多いからね、うちの学校」小原が笑う。

「そうそう」お前は違うだろ幸村。「ボクも名前でも良いよ」

「エエエ、幸村くん、名字みょうじの方がカッコいいじゃん」

「そだね」

 うまく名前呼びを拒否られたように見える。やはり小原の方が上手だ。

「E組ってどんな感じ?」小原が俺に訊く。

「どんなって……」俺にもまだわからない。少なくとも一言で言えるほどには。

「なかなかキャラがたっているヤツが多いクラスだよ」幸村が答えた。

「幸村くんみたいに?」小原がまた笑う。目は笑っていない気がするけれど。

「俺ってどんなキャラに見える?」

「お調子者~」

「そうそう、俺、お調子者」

 二人して笑い合う。いやお前、適当にあしらわれてるだろ。

「賑やかなヤツが多いように見えるな」右隣の万永が呟くように言った。

 こいつは学級委員をしているらしいが俺に近い人種だろう。でしゃばらず様子を観察する。そいつが見た隣のクラスの賑やかなヤツというのは……。

「俺かな~?」幸村が言った。

 そうだ、こいつは思ったことが口から出るヤツだった。

「自覚してる~」小原がテーブルを叩いてキャハハと笑っている。

 俺はまた日葵に蹴られた。うるさいから何とかしろと言うのか?

「ちょっと静かにした方が……」

 俺の遠慮がちな声が届くはずもない。

 かといって引率者の二人の女教師は両隣のグループ席にいてここにはいなかった。声は聞こえているはずだが腰が重そうだ。互いにあんたが注意なさいよと思っているかもしれない。

 実は役に立たない担任二人だった。

「あなたたち、静かにしないと他のお客様に迷惑よ!」遠いところから名手の声が飛んできた。

 よく通る声だ。他の客にも聞こえたろうが、ここではナイスだと俺は思った。

「あは、ごめん、ごめん」小原が名手に向かって手を合わせた。

「ごめんなさい、名手さん」南雲まで上品に頭を下げたぞ。ずっと品良くしていたのに。

「幸村がお口チャックね!」

「はい!」

 名手のひとことが幸村には

 小原がけらけら笑って名手にグッジョブをしていた。

 やはり幸村ひとりが浮いていたのだと俺は思った。こいつはこういう場所には連れてくるべきではないな。



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