$BaffaloooOOO.00¢

古博かん

イチロウ(仮名)さんの牧場(ベガス)で〜、アイアァールゥ〜♪ ってノリだったはずなのに、第三者視点にしたら、ギャンブルで人生丸ごと棒に振って死んだ男のホラーサスペンスになった件。

 アメリカ合衆国はネバダ州ラスベガス。

 その名の由来はスペイン語で「牧草地」を指すという、砂漠の真ん中で煌めく眠らない街。

 世界屈指のショービジネスを誇る観光地であり、カジノとマリファナが合法であり、それゆえか、メインストリートから一本裏に入ってしまうと命の危険を伴う治安の悪さも背中合わせの街。


 たとえラスベガスの中心地であっても、路地にたむろしている浮浪者ホームレスたちとは、一瞬でも目を合わせてはいけない——というのは、旅行ガイドにも記載されている注意事項である。

(目がガンギマりしている明らかにヤヴァイ奴らが執拗に追いかけてきたり、暴力ありきの因縁ふっかけてきたりしてガチで危ない)


 それでも、一時期に比べて殺人や交通事故死は減りつつあるというが、はてさて。


 そんな不夜城を巡回するラスベガス警察に、深夜、緊急事態を知らせる通報が入る。

 一報目は、マッカラン空港へ向かう高速道路でスピードオーバーによる横転事故が発生したというもの。

 二報目は、有名カジノ&ホテルがひしめく観光地の一つ、フレモント・ストリートから一本入った路地裏に、拳銃で撃たれたらしき男性が血を流して倒れているというもの。現場周辺には百ドル紙幣ベンジャミンが数枚散らかっており、擦り切れたジーンズのポケットには、近くのカジノのものらしい印字の擦れた古いチケットが無造作に捩じ込まれていた。


 警官たちが現場に到着した頃には、男性はすでに事切れており、状況からジャックポット絡みの強盗殺人の線が濃厚と思われたが、その後の聞き込みでは事件前後の目撃者が皆無であったことが捜査を難航させることになった。


 幸い、該当のカジノはセキュリティーの確かなホテルに併設されていたこともあり、被害者のカジノ内での足取りは録画された監視カメラの映像で追うことができた。

 そこには、北米人気ナンバーワンを誇るスロットマシン「バッファロー」の最新機種「バッファロー・マクシス・ギガンテス(※1.)」に興じる該当男性の姿があった。


 ちまちまと、追加五回や十回のフリースロットを適当なタイミングで当てながら、ひたすらに、目一杯回転する五列五段のスロットを打ち続け、バッファローが画面上に並ぶのを待っている。

 時折、ボーナス演出が入り、たまたま背後に立ち止まって画面を覗き込む人も出てくるが、数秒で立ち去る者がほとんどだった。


「もっと時間を遡らないとダメだな」


 映像を逆再生すること、およそ二時間分、被害者男性の傍に立っている別の男性の姿が映り込んだ。

 殴り合いにこそ発展していないものの、互いに相当に苛立った様子で何事か諍っている。そんな不穏なやり取りがしばらく続いた後、立っている方の男性が財布から紙幣を一枚、被害者男性に叩きつけるように投げつけ、そのまま踵を返して足早に立ち去ってしまった。


「重要参考人だ、身元割れるか?」

「やってみよう、本部に連絡だ」


「おい、ちょっと待て。ガイシャが隣の台に紙幣を突っ込んだぞ。一体何やってんだ?」


 知人と思しき男性が立ち去ったあと続いた映像では、被害者男性が自分の台を回しつつ、隣の同機種にも紙幣を入れてスロットを稼働させている。

 そして、さらに不可思議なことには誰もいないはずの隣の台が、勝手にスロットを打ち続けているのだ。

 それを見て、被害者男性も愉快そうに何事か話しており、あたかもそこに親しい知り合いでも居るかのように振る舞っている。


「このカメラ、収音マイク付いてるタイプだよな? 音拾えるか?」

「会場がジャラジャラうるせぇが、やってみるわ」


 音声解析は幾分難航したが、可能な限りの人語部分の収集と被害者男性が横を振り返った時の口の形から話語を分析する。


——そうか、お前ドビーっていうのか、オレはジャックだ。よろしくな。

——ほう、そうかい。そいつぁ長い旅になりそうだ。ところで、ニホンってどこにあるんだ? ハワイの隣くらいか?

——あっははは。確かに、こいつは正確にはアメリカバイソンで間違いない。オレたちにとっちゃ、こいつらがバッファローさ。オレらが正義だ! USAだ! そうだろう?

——へえ、次はアフリカに行ってみるのも悪くないな。まあ、それもバッファローが群れを成して突き進めば、の話さ。おっと、リーチかかってるぞ、ツイてるな、お前。


 警官たちが唖然と画面を見つめる間、とめど無い独り言が延々と続く。


——ああ、さっきのあいつか? ダチ……いや、元ダチだな。昔はよくつるんで界隈遊んでたんだぜ。オレが貸したカネ、今まで返しもしねぇで、少し見ねぇ間に随分とお上品ぶっちまいやがって、なあ。


——ん? ポピーが誰かって? お前も随分と首を突っ込みたがるんだな。気を付けな、寿命縮むぜ、そんなんじゃ。ああ、ポピーが誰かって話だったな、オレの彼女……いや、こっちも元彼女だな。毎日毎日ギャンブルやめろって、小言がうるせーの何のって。そのカネでメシ食ってるくせに、自分は悲劇のヒロインぶって次々とヤローを引っ掛けてやがんだ、随分なタマだろ? おっと、ここまでは聞かれてなかったな、忘れてくれ。


 そこで、しばらく会話が途絶え黙々とスロットに興じる男性の姿が続く。


「これは、どういうことだ?」

「ガイシャはガッツリ薬物をキメてる可能性もあるな、おい、司法解剖の結果はまだか?」

「ひとまず、ポピーって女にも話を聞いた方が良さそうだ」


 本部に連絡して身元調査する対象が増えたは良いが、謎の現象は画面の向こうで続いている。


「おいおい、隣の無人台、さっきから小当たり連続で出してるぞ。こりゃ、たまげたな」


 被害者男性は、時折ちらりと隣の台を見ながら楽しそうに笑っている。

 そうしている間に、男性の台にも大当たりが出て画面が一気にお祭りモードに切り替わる。

 大画面を占拠するバッファローの群れ。

 ラスベガス郊外に広がる雄大なレッドロックキャニオンを背に大量に押し寄せる猛牛の爆進撃と共に宙を舞う大量の金貨と踊る「Baffalo!」の文字。

 大音量が鳴り響き、監視カメラ越しに音割れを起こすほどのバッファローコールとチャリンチャリン弾ける金貨の効果音が録音されていた。


「おい、ジーザス! 最高掛け率MAXベットのジャックポット出してやがったのか。課税確実(※2.)の大当たりじゃねえか。現場周辺に散ってた額、全然足りねえぞ」


「カジノの支配人に至急事情聴取だ! さすがに状況覚えてるだろ!」


 画面上では稀代の大当たりに、場内は衆人環視の中お祭り騒ぎになっている。これを目の当たりにした賊による強盗殺人の可能性が高まった。


 しかし、事件解決に至るほどの収穫は無かった。


 というのも、確かにカジノの支配人は被害者男性を覚えていた。

 換金後の獲得勝利金の税引き処理も行う必要があったため、その手続きまで事細かに覚えていた。

 しかし、それだけだった。

 被害者男性は、カジノ会場に予め用意されていたセキュリティーボックスに預けていたバックパックに、獲得した大金を無造作に詰め込み、そのまま何事もなく会場を立ち去ったという。男性の背後をつけ回すような輩も見当たらなかったと証言した。

 屋外に設置された監視カメラの映像にも、男性を狙う素振りを見せる不審者は結局現れなかった。


 しかし、奇妙である。

 男性の倒れていた事件現場にバックパックは無かったのである。


 もっとも、現場周辺は多数の浮浪者が彷徨うろついているような場所だ、置き引きよろしくバックパックだけを持ち去った可能性は十二分にあった。


 予想外に難航する全貌の見えない事件に頭を抱えていた警官たちの元に、本部から無線が入る。同深夜に起こった自動車横転事故の処理に当たっていた別働警官たちの上げた調書(※3.)の報告だった。


「お前たちが寄越した殺人事件の参考人についてなんだが、身元は割れたが既に死亡しているよ、残念だ」


 先立っての事故の犠牲者二人が、くだんの参考人その人たちだという。

 自動車は分離帯を突き抜けて対向車線へとはみ出して暴走、そのまま舗装されていない緑地帯へ突っ込み、行先指示看板を支柱ごと巻き込みながら横転し、大破。

 事故直前にブレーキを踏んだ痕跡はなく、時速百マイルを超える猛スピードで突進したらしい。


「ドライブレコーダーを回収したんだが、どうにも奇妙でな」


 車内を映せるタイプのものではなく、映像は進行方向を映すばかりなのだが、車内音声は拾っていた。

 危険運転を感知して録画を開始したらしい車内には、スピード違反のアラートが鳴り響いていたが、それ以上に、パニックに陥って叫び声をあげる男女が非常に耳障りだった。

 放送規制音を発動しなければならない禁止ワードの合間に繰り返されるのは、「ゴーストだ! ゴーストがいる!」という正常な判断力を疑う単語だった。


「いつまで付いてくる気だ、チクショウ! チクショウ——!」

 乱れる映像と悲鳴、そして即死を疑う余地のない悲惨極まる破壊音を最後に、映像も音声も途切れたという。


「どういうことだ? 薬物反応は出たのか?」

「残念ながら、検死結果は全身挫滅だ、内臓組織まで鑑定できる状態じゃない。大破前に周辺に散らばった所持物から辛うじて人物を特定できた程度だ、すまないな」


 事故現場周辺から、くまなく回収した所持物の中に拳銃が含まれていたという。

 鑑定の結果、拳銃で撃たれた男性の体から出てきた銃弾と落ちていた薬莢が、該当物と一致したことから、事故犠牲者二人が殺人犯であった可能性が浮上した。

 しかし、両方の現場をどれだけ探してもバックパックは行方不明になったままなのである。


「一体どうなってるんだ? どうやって調書まとめりゃいいんだよ、まったく」

「ゴーストが持ち去ったんだろう?」

「冗談はやめてくれ。どのツラ下げて、そんなことを書けって?」


 眠らない砂漠の街、ラスベガス。

 夢と希望と欲望渦巻くネオン煌めくこの街の治安を維持する警官たちもまた、しばらくは眠れぬ夜を過ごすことになりそうだ。



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※1. スロットマシン「バッファロー」は、アリストクラット社から2008年より発表され定期的に新機種が導入される実在の人気マシンですが、当作中に登場する「マクシス・ギガンテス」は架空機種です。存在しません。遊べません。


※2. ラスベガスでは、獲得賞金額がUSD1,200.00を超えると30%の課税対象となります。ガッツリ引かれるので、カジノのご利用は計画的に。


※3. ラスベガスの警察が、どんな風に事件調書をまとめるのかまで調べる時間的余裕がなかったので、やり取りは完全に妄想です。どうかお許しを。

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