第4話 声あらずとも心あり
「……もしやこれ?」
放課後図書室で情報収集に励んでいた私は、気になる記述を発見した。十二年前の事件、一人の女子生徒が階段から転落死した。遺体は翌日に発見される。
「被害者はエルナ・オグリー、貴族の親戚だから捜査はされたのね……でも目撃者も証拠もなく、一応誤っての転落死で決着したと」
リボンが変わる前の世代で、女子生徒が校内で死亡したのはこの一件。私はちらりと背後に目をやった。
「ねえ」
授業の間ずっと聞こえていた歯軋り音が今はしない。彼女は私の背後に立ち、じっと記事に視線を落としている。
「これがあなたよね。エルナ・オグリー」
陰鬱な眼差しが私に向けられる。否定しているようには見えない。が、遅れて意外そうに目瞬きした。彼女は自分が話しかけられたと理解したようだ。
会話が成立するかは謎だったが、意思疎通は出来そう。
「本当に事故だったの? 誰かに突き落とされたとかじゃなく」
私の問いに彼女は口を開いた。しかし残念ながら私にはその声が聞こえない。少し考えた末、外へ出ることにした。
人のいない校舎裏の地面に木の枝ではい、いいえ、どちらでもある、どちらでもないと四方に書く。そして質問事項をガリガリと筆記した。紙は無料じゃないし処分に困る。他人の耳目を憚る内容なら、この方が始末が楽だもの。
──あなたは事故死?
──どちらでもある。
──殺人事件の被害者?
──いいえ。
──自殺?
──どちらでもある。
「死因は偶発的だけど、死にたい気持ちはあったって感じかしら」
──誰かを恨んでいる?
──いいえ。
「……そうなの?」
意外過ぎて言葉に出てしまう。てっきり恨み辛みを晴らすべく、この世に化けて出ているのかとばかり思ってたのに。
「ええと」
──じゃあ神の御元へ行く手伝いをするわ。
──いいえ。
──何か心残りがある?
──はい。
随分長い間筆談を重ねた結果、引き出せた情報は僅かなものだった。選択肢と意思表示に限界があるわ。それでも本人の意思を知る術がないよりましよね。
「つまりあなたは死を受け入れているけど、恩人に所縁のあるビークをなるべく見守っていたいと。でも分かってるわよね? あなたがいることで、彼に影響が出ているの」
私の言葉に彼女は凍り付いたように表情を硬くした。もしかしたら自覚がなかったのかもしれない。自分が生気を奪っていること……最早いるだけで害を与えてしまう存在なのだと。
「……気付いてなかったのね」
──正直、私は今すぐあなたは天に行くべきと思う。気持ちに反して相手を傷付ける前に。
──……はい。
「ふう……」
疲れた。けど最大の懸案事項である、私の即死は回避された。偉い、頑張った。この調子でエルナが天に召されれば完璧ね。その為に出来るのは……説得、いえ誘導かしら。
「期限を設けるべきと思うわ。あなたがいるのは彼が卒業するまで。流石に大人になってまで、赤の他人が付き纏って見守るのは変よ。そこで区切りましょう」
彼女はがっくりと、項垂れるように頷いた。意思疎通出来る以上、エルナの行動は私に客観的に評価される。彼女は死んでから気にせずにいた、他人の耳目を意識せざるを得なくなったのだ。お互い不幸な出会いね、全く。
「あなたのこれまでの行動ってあれよね。彼女面で交友関係を管理しようとする母親みたいな毒々しさよね」
──いいえいいえいいえいいえいいえ!!!!!
エルナの指先が凄まじい勢いでいいえ連打してる。でも自覚した方が良いと思う。鏡に映らない分、反芻するしかないでしょう? そう伝えたら、エルナは膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「お耳が赤いね。でも自分のしたことだから……ね?」
私はランタンの灯火のように温かな眼差しで、震える彼女の背中を見下ろす。きっと後悔と自省に駆られているのね。別に苛めてるんじゃないわ、これは優しさよ。
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