激昂のピーピング・トム【アーカイブ版】

「それで、そのヤバいカメラに手ぇ出したんやな?」


 うずくまる百目とどめに向かって、夏樫なつかしが問いかける。


「このカメラは、記者だったパパの使ってたもの……昔、使い方を教えてくれたから覚えてた。暗室での現像の仕方も……。

 アイツのせいでどん底だったとき、これを手に取って、なにげなく覗き込んでみた。そうしたら、レンズの中に学校の中の光景が……アイツが生徒会室で彼氏とキスしてるとこが見えた……!! 怒りで、撮りたくもない画にシャッターを押してしまったわ。フィルムを引き出してみたら、そこにその忌々しい光景が映っていた」

 

 アナログなカメラ。フィルムで撮影してそれを現像していたから、デジタルデータやネットでやり取りしていなかったのか。

 百目の指が、異次元の盗撮に使われたカメラを握りしめる。狂おしい独白はまだ続く。


「私はアイツを辱めてやりたかった。一番無防備なところを撮影してやりたいと念じた……そうしたらこのカメラは応えてくれた。私は部屋から一歩も動かずに、ありえない角度からあの女のスカートの中身を収めて、シャッターを切った。パパの暗室で、現像した。そうして、こういう写真を売りさばけそうなルートを持っている男子生徒を探した。それが杉田だった」

「アイツの写真を売って、代金を手にして……そこからはもう、止まらなかった。私にしか出来ないことで、私だけの愉悦を……あんたたちには分からないでしょうね」


 睨まれた白黒と黒白の転校生たちは、


「ん~、分からへんなあ、ウチせいとかいちょーとか興味あらへんし、冬壁ちゃんとはらぶらぶやしなっ」

「逆撫でするのやめなさいよっ」


 頬をすり寄せてくる夏樫を引きはがしながら、冬壁は真面目な顔で言った。


「あなたの恨みつらみは尊重するけど、そのカメラは手放しなさい。そんな特異な物品を持っていれば、まともな生活を送れないような目にあってしまうわよ。私たちに預けて、こんなことはもうやめなさい」


 冬壁ふゆかべの諭す声は、しかし百目の反発を招いただけのようだった。


「うるさい! あんたたちなんかに何が分かるのよ! 

あんたたちの写真も撮って、売りさばいてやる!!」


 叫んで立ち上がると、その背後の中空に虹色の光の塊が十数個も浮かび、それぞれが一眼レフカメラの形になった。


「うおっ!? なんだアレ?」

「あきさくいわく、『アルゴス・レンズは分身体を作って同時に複数の被写体を撮影できる異質物なんだよー。だからあんなにたくさんの女の子のぱんつを撮れたんだね~。

でも使う人の頭がいたいいたいだから早めに捕まえてあげてね』やそうや」

「ようはさっさと取り上げるしかないってことね」

 

 慌てた様子もなく説明する夏樫と、ポケットから黒い和ばさみを取り出す冬壁。

 見たところ、盗撮するだけなら前におれを追い詰めた『コレクター』のような戦う力はなさそうだし、楽勝では?


「あんたたちがどうやってアルゴス・レンズに映る像を無茶苦茶にしたか知らないけど」

 

 おれの見通しを嘲笑うように、ピーピング・トムである彼女はカメラを持つほうとは逆の手を振りかぶり、夏樫たちに向かって何かを投げつけた。

 灰色のソフトボールのようなそれは、破裂して眩しい光を放つと、逞しいシルエットのロボットを生みだした。

 エックス字状に開いた四本の脚の上に胴体が乗っており、おれの胴体よりも太い腕の先にはバカでかいカニのはさみのようなクローが付いている。


「これで押さえつけて、いくらでも撮影してやるわ!!」


 頭部カメラアイが光って、保健室の床をたわませながらそのロボットが突進してくる。


「おいおいウソだろ!?」


 おれのときはゾンビやら角付き犬やらナマモノだったのに……!

 こんなとこで暴れたらエライことになるぞ。

 腕で頭を庇おうとすると、ベッドの上の冬壁が小さなハサミ――ソーイングセットくらいの大きさのそれを握って突き出した。


「ハイエスト・チェアの製品ね。アイツら、もう手を回していたのね……」


 瞬時に巨大化して黒く染まった刃の尖端がロボの脚を突き、押し戻す。同時に冬壁の体操着から、白以外の色が抜ける。


「ありゃ~、ロボットくん、こんな狭いトコやったら暴れたりへんやろ」


 夏樫もおれと同意見だったようだが、慌てふためくだけだったおれと行動は違った。


 ベッドから降り、指をパチンと鳴らとその墨染の体操着がぐにゃりと形を歪ませ、短パンの丈が伸びて足首まで覆ったかと思うと、生地がナイロンからデニムに。上半身も袖が伸び、さらに首の後ろにフードが出現。

 見慣れた夏樫のパーカー&ジーンズ姿が完成すると、織り上げたばかりのフードに片手を突っ込むと、真っ白なデカい鎌を引き出す。


「ここで好きなだけ遊んだるで。そ~れ」

 

 鎌を片手で保健室の床に振り下ろす。リノリウムが裂けた、と思う間もなく、裂け目がクレバスのように走る。その溝が大きく広がり、元の保健室の十数倍……体育館ほどのサイズまでに空間が歪んで大きくなった。

 保健室に出現した巨大な谷間に、ロボットは転落していく。深さは十メートルほどもあるだろうか。


「なっ……!?」

 

 谷の反対側で、愕然とする百目。まあ……夏樫と冬壁を敵に回したのが悪かったとしか言うしかない。

冬壁もハサミを構え、鎌を持つ夏樫と並び立った。

「さ、ウチらをコテンパンにのしてくっころ~な写真撮りたいんやったら撮ってみ? 撮れるもんならなぁ」

「っく、言わせておけば……!」


 鎌の柄を肩にトントンと当てながら挑発する夏樫に、谷の反対側の百目は噛みつきそうな顔で睨んだ。

 双方が動き出す寸前、百目の背後の引き戸ががたんと音を立てた。「それで、そのヤバいカメラに手ぇ出したんやな?」


 うずくまる百目とどめに向かって、夏樫なつかしが問いかける。


「このカメラは、記者だったパパの使ってたもの……昔、使い方を教えてくれたから覚えてた。暗室での現像の仕方も……。

 アイツのせいでどん底だったとき、これを手に取って、なにげなく覗き込んでみた。そうしたら、レンズの中に学校の中の光景が……アイツが生徒会室で彼氏とキスしてるとこが見えた……!! 怒りで、撮りたくもない画にシャッターを押してしまったわ。フィルムを引き出してみたら、そこにその忌々しい光景が映っていた」

 

 アナログなカメラ。フィルムで撮影してそれを現像していたから、デジタルデータやネットでやり取りしていなかったのか。

 百目の指が、異次元の盗撮に使われたカメラを握りしめる。狂おしい独白はまだ続く。


「私はアイツを辱めてやりたかった。一番無防備なところを撮影してやりたいと念じた……そうしたらこのカメラは応えてくれた。私は部屋から一歩も動かずに、ありえない角度からあの女のスカートの中身を収めて、シャッターを切った。パパの暗室で、現像した。そうして、こういう写真を売りさばけそうなルートを持っている男子生徒を探した。それが杉田だった」

「アイツの写真を売って、代金を手にして……そこからはもう、止まらなかった。私にしか出来ないことで、私だけの愉悦を……あんたたちには分からないでしょうね」


 睨まれた白黒と黒白の転校生たちは、


「ん~、分からへんなあ、ウチせいとかいちょーとか興味あらへんし、冬壁ちゃんとはらぶらぶやしなっ」

「逆撫でするのやめなさいよっ」


 頬をすり寄せてくる夏樫を引きはがしながら、冬壁は真面目な顔で言った。


「あなたの恨みつらみは尊重するけど、そのカメラは手放しなさい。そんな特異な物品を持っていれば、まともな生活を送れないような目にあってしまうわよ。私たちに預けて、こんなことはもうやめなさい」


 冬壁ふゆかべの諭す声は、しかし百目の反発を招いただけのようだった。


「うるさい! あんたたちなんかに何が分かるのよ! 

あんたたちの写真も撮って、売りさばいてやる!!」


 叫んで立ち上がると、その背後の中空に虹色の光の塊が十数個も浮かび、それぞれが一眼レフカメラの形になった。


「うおっ!? なんだアレ?」

「あきさくいわく、『アルゴス・レンズは分身体を作って同時に複数の被写体を撮影できる異質物なんだよー。だからあんなにたくさんの女の子のぱんつを撮れたんだね~。

でも使う人の頭がいたいいたいだから早めに捕まえてあげてね』やそうや」

「ようはさっさと取り上げるしかないってことね」

 

 慌てた様子もなく説明する夏樫と、ポケットから黒い和ばさみを取り出す冬壁。

 見たところ、盗撮するだけなら前におれを追い詰めた『コレクター』のような戦う力はなさそうだし、楽勝では?


「あんたたちがどうやってアルゴス・レンズに映る像を無茶苦茶にしたか知らないけど」

 

 おれの見通しを嘲笑うように、ピーピング・トムである彼女はカメラを持つほうとは逆の手を振りかぶり、夏樫たちに向かって何かを投げつけた。

 灰色のソフトボールのようなそれは、破裂して眩しい光を放つと、逞しいシルエットのロボットを生みだした。

 エックス字状に開いた四本の脚の上に胴体が乗っており、おれの胴体よりも太い腕の先にはバカでかいカニのはさみのようなクローが付いている。


「これで押さえつけて、いくらでも撮影してやるわ!!」


 頭部カメラアイが光って、保健室の床をたわませながらそのロボットが突進してくる。


「おいおいウソだろ!?」


 おれのときはゾンビやら角付き犬やらナマモノだったのに……!

 こんなとこで暴れたらエライことになるぞ。

 腕で頭を庇おうとすると、ベッドの上の冬壁が小さなハサミ――ソーイングセットくらいの大きさのそれを握って突き出した。


「ハイエスト・チェアの製品ね。アイツら、もう手を回していたのね……」


 瞬時に巨大化して黒く染まった刃の尖端がロボの脚を突き、押し戻す。同時に冬壁の体操着から、白以外の色が抜ける。


「ありゃ~、ロボットくん、こんな狭いトコやったら暴れたりへんやろ」


 夏樫もおれと同意見だったようだが、慌てふためくだけだったおれと行動は違った。


 ベッドから降り、指をパチンと鳴らとその墨染の体操着がぐにゃりと形を歪ませ、短パンの丈が伸びて足首まで覆ったかと思うと、生地がナイロンからデニムに。上半身も袖が伸び、さらに首の後ろにフードが出現。

 見慣れた夏樫のパーカー&ジーンズ姿が完成すると、織り上げたばかりのフードに片手を突っ込むと、真っ白なデカい鎌を引き出す。


「ここで好きなだけ遊んだるで。そ~れ」

 

 鎌を片手で保健室の床に振り下ろす。リノリウムが裂けた、と思う間もなく、裂け目がクレバスのように走る。その溝が大きく広がり、元の保健室の十数倍……体育館ほどのサイズまでに空間が歪んで大きくなった。

 保健室に出現した巨大な谷間に、ロボットは転落していく。深さは十メートルほどもあるだろうか。


「なっ……!?」

 

 谷の反対側で、愕然とする百目。まあ……夏樫と冬壁を敵に回したのが悪かったとしか言うしかない。

冬壁もハサミを構え、鎌を持つ夏樫と並び立った。

「さ、ウチらをコテンパンにのしてくっころ~な写真撮りたいんやったら撮ってみ? 撮れるもんならなぁ」

「っく、言わせておけば……!」


 鎌の柄を肩にトントンと当てながら挑発する夏樫に、谷の反対側の百目は噛みつきそうな顔で睨んだ。

 双方が動き出す寸前、百目の背後の引き戸ががたんと音を立てた。


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