夏樫の制服/逆襲のピーピング・トム【アーカイブ版】

 黒い制服とパーカー姿の夏樫なつかしはとにかく通り過ぎる生徒の視線を集めた。今にもボタンが飛びそうな胸元と、なぜそれで下着が見えないのかという短さのスカートは先生たちに怒られそうだが、巧みに立ち回っているのかそれともご自慢の能力で視界を歪めているのか、生活指導の先生でさえノータッチだった。

 昨日は休憩時間に夏樫を囲むクラスメイトは男女が半々くらいだったが、今日は男子の割合が大幅に増えている……というか他のクラスからも集まってきているし、なんなら教室の外からも何人もの生徒が男女問わず覗き込んでいる。そのうち何人が彼女の隠し撮りを注文したのか……考えたら頭が痛くなりそうだ。


「うわあ……」

 

 軽く引いていると、冬壁ふゆかべも横で溜息ためいきをついた。彼女は今ノーマークだ。

咲良さくらに連絡もらってるけど、アルゴス・レンズは夏樫と私一人に集中して狙ってるみたいね……」

 

 うんざりした様子だが、犯人が二人に集中しているのは都合が良い。夏樫があれだけ刺激的な格好をしているのだから、昨日二人の写真を撮影出来なかったヤツは焦っているだろう。

 現に、教室の隅っこで注文の連絡役の杉田がイライラした様子でスマホを覗き込み、

「どうしたんだよ、おせーじゃねえか、クッソ……」と声に出しているし。


「体育の時間に、仕掛けるわ」

「ああ、けど大丈夫なのか?」


 打ち合わせた作戦内容では冬壁が痛い思いをするのではないかと思ったのだが、冬壁は平然と頷いた。

「そういうとこに関してはアイツを信用してるから」


 こともなげに口にする冬壁に、おれは彼女たちの付き合いの長さを推し量った。


 いよいよ、問題の体育の時間だ。

 昨日のスーパープレーと、その肢体に男女問わず夏樫に注目が集まり、立ち止まる生徒が多発し、男女両方の教師の叱咤がコートに響く中。

 ゴールを狙う絶好の位置に飛んできたボールを夏樫が蹴ったまでは良かったのだが……その軌道はあらぬ方向へ飛び――冬壁の頭にぶつかった。






 朝、改造したとは言え制服を着てきた夏樫を見つけ、何度もシャッターを切った。

ダメだ。今回も撮れなかった。どれもこれも不自然なほどに、肝心な箇所が歪んだようにピンボケして映っていない。

ありったけのアルゴス・レンズの分身を放ち、あらゆる角度から撮影したのに。

 未だかつてこんなことはなかった。この神の目を持ってすれば、どんなに固く守られてきた純白であっても捉えられない一枚はなかった。

 それを、欲望に飢えてヨダレを流す男たちに振る舞い、崇められる。

そんな瞬間こそこの自分が特別であることをありありと実感できたものを。

 その自分がなぜ、こんな歪んだ写真しか取れないのか。

 おのれ……冬壁希未ふゆかべのぞみ!!

 許すまじ、夏樫小雪なつかしこゆき!!

 最大のチャンスと今日の体育の着替えでも、謎の光の歪みを突破することは出来なかった。

 杉田からの催促も語気が荒くなり、しまいには音声通話までかかってきた。しかも、これ以上滞るなら、『例のロッカー』を暴いて中身を売ると言ってきた。

 『例のロッカー』。それは、部室棟の中、廃部になった部室だ。私がこっそり手に入れた鍵で施錠してはいるものの、古いベニヤ板で出来た扉は傷んでおり、男子の力なら蹴破れそうなのだ。

 そしてそこには、私にとって核爆弾にも等しいもの……生徒会長の、一糸まとわぬ姿の写真の束がある。

 それは、ここぞという時、復讐の最後の切り札として、また生徒会に万が一私の正体がバレたときの交渉材料として温存していたものだ。誰彼かまわず売り飛ばすわけにはいかない。

 うっかり彼にそれを漏らしてしまったのはミスだった。考えなしに売られてしまっては不味い。

 今までは下着姿までに留めていたが、フルヌードとなれば話は別だ。校内ではことが収まらない可能性が大いにある。

 だからこそ、そんな事態を招かないためにも何としてでもあのにっくき二人を捉えなければいけないのだ。

 奥歯を噛みしめる。すると、体育中の二人の監視用に使っていたアルゴス・レンズの分身体の一つが、夏樫が蹴ったボールの行方を映し出した。

 勢いよく放物線を描いたそれは、よそ見をしていた冬壁の黒髪に吸い込まれるようにしてぶつかり、跳ね返った。

 糸が切れた人形のように彼女は倒れ、声までは届かないがおそらく悲鳴を上がり、生徒たちが何人か駆け寄った。

 ボールをぶつけた張本人である夏樫が真っ先に駆け付け、冬壁を抱き上げる。保健室に連れて行こうと言うのだ。

 その行動を見て、悟った。

 これが最大の、そして最後のチャンスであると。

 立ち上がる。

 これまでのように遠隔からでは、きっとこの二人には勝てない。

 直接、それこそ小細工の通用しない至近距離からでなければ……!

 熱に浮かされたようにそう考えると、アルゴス・レンズを右手に握りしめ、保健室に向かった。

 今度こそ確実にするため……昨夜、差出人不明で家に届いた、怪しげな道具を左手で掴んで。

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