教室の夏冬、死に至る温度差【アーカイブ版】

 昨日までは――そして今朝ホームルームが始まるまで確かになかったはずの二組の机と椅子に、対照的な転校生二人が収まっている。

 午前の授業の間、休憩時間になるたびにその周りには人だかりが出来た。

 男子も女子も、ホームルームで刺激的すぎるデビューを果たしたコンビに興味津々らしい。


「ん~、みんなの制服かわええなあ」

「ほんと~? 夏樫なつかしさんの制服姿もみたいな!」

「あははー、ま、そのうちになぁ」

「部活なに入るか決まってるの? 決まってなかったらうちの演劇部とかどうかな。夏樫さんのルックスなら絶対キマるよ」

「ん~おもろそうやなけど、ウチたぶん美女と野獣でもシンデレラでも関西弁になるで? あとアドリブしまくるで」

「うっ、でもそれはそれでウケがいいかも……」

「ふふ、ウチは安い女優やないで?」


 椅子に逆向きに座って組んだ腕を背もたれに乗せる夏樫。

 さすがというべきか、あっというまにクラスの女子の取り囲まれておしゃべりに興じている。

 というか、軽く十人はいる今日初対面の女子との会話をほぼ同時に聞きながら返事している。アイツは聖徳太子かなにかか!?

 

 いっぽうの冬壁ふゆかべはというと、


「なあ、冬壁さんはつき合ってる男とかいる?」

「いないけど、欲しいと思ったことはないわ」


 背をまっすぐ伸ばし、質問した男子を見もしないで教科書をめくっている。


「あの、冬壁さんは入りたい部活とかある? よかったらうちの見学どうかな」

「生憎、放課後は用事があるの」

「そっか……」

「ふ、フリーならオレとかどうかな!? こう見えてもオレ……」

「ごめんなさい」


 次々にばっさり切り捨てられ、男子連中はお通夜ムードだ。夏樫と冬壁の周りにその名前に入っている季節くらい温度差がある。端から見てるだけでも風邪引きそうだ。


 昼休みのチャイムが鳴ったときも、クラスの連中はこぞって二人を誘いに来たが、夏樫はそんな彼らに軽く手を合わせると、


「ゴメンなあ、ウチらちょっとデートしてくるわ~」


 本気か冗談か分からないことを言ってのけ、途中で冬壁の細いウエストに腕を回して何故かおれのところまでやってくる。

 


「なー、定森くん、案内してーな」

「へ? なんでおれ?」

「冷たいこと言わんといてーな、三人でアツ~い一夜を過ごした仲やろ?」


 しなだれかかるようにおれの右肩に腕を置く夏樫の一言に、昼休みの喧噪が一瞬消失し、クラスじゅうの男子と女子の鋭い視線がおれに突き刺さる。


「どういうことだ、定森のやつ……」

「熱い一夜を……?」

「三人で……?」

「藤元さんというものがありながら……?」

「非モテの敵……」

「女の敵……」

「そういえば冬壁さんが貧乳だって……あれってそういう意味……?」


 口々に響く低いささやきが教室を支配する。

 いや、アツい一夜って、おれは鏡の中に拉致られるわフジモトを人質に取られるわでヒヤヒヤでしかなかったんだが!?

 自己弁護しようとすると、冬壁までもがおれの左側に姿を現し、身振りでドアのほうを示す。

 夏樫はともかく、冬壁がそう促すということは真面目な話だろう。おれは慌てて立ち上がった。

 

「んで、あの京香ちゃんとはどこまでいったんや? もうキスくらいは済ませたん?」

「えっどこまでって……」

「下世話よ、夏樫」


 教室の連中のじっとりした視線が届かなくなったところで、夏樫がニヤニヤしながら尋ねてきた。器用に後ろ歩きしながら顔をのぞき込んでくる。

 その頭に手刀を落とした冬壁が咳払いを一つ。


「本題に入るわよ。今度は別の異質物持ちに巻き込まれているようね」

「やっぱり異質物なのかよ、どう考えてもありえない写真の盗撮魔なんだ! それで犯人を見つけないとおれが犯人で、フジモトが撮られちまうんだ」

「んーつまりNTRの危機っちゅうわけやな~?」

「ちげーよ盗撮のほうだよ!」


 慌ててまくし立てるおれを面白がるように眺める夏樫の横で、すました顔で冬壁が口を開く。


「おおまかなことは分かってるわ。金曜日までにそいつを捕まえないとアンタが困ることもね」

「話が早いぜ……頼む冬壁、おれとフジモトを助けてくれ」


 冬壁に向かって手を合わせて拝む。


「あら、転校してきた知り合いに向かっていきなりつるぺた呼ばわりするヒトに私が協力する義理なんてあるのかしら。もう異質物持ちじゃないんだし、盗撮犯の異質物だけ切り取ればそれで済む話じゃない」


 フキダシにトゲトゲが生えてそうな口調と極低温の眼差し。生きた心地がしねえ。

 その圧に押されるように、おれは固く冷たい廊下に膝と両手を突き、腰から上を折り曲げ、


「その節は誠に失礼しました冬壁サマ、どうか、どうかフジモトだけでもお助けを……」


 土下座体制に移行したおれを見て、夏樫は愉快そうに手を叩いた。

「まー、見事な土下座やないの。なあ冬壁ちゃん、へそ曲げてないで助けたろ? な? これが終わったらまたモミモミしたるから」


 頭を下げたままでも、夏樫がするりと冬壁の背中に回るのと、冬壁が飛び退くのが分かった。


「だからこんなとこでやめろって言ってんでしょうが!! だいたい揉まれても大きくならなかったじゃないの!!」


 ぴしゃりと相方の手を叩く冬壁。

 え、その口振りだと少なくとも一度は実行済みという……?

 思わずドキリとして土下座から頭を上げてしまう。

 胸元を両手でかばう冬壁の紅い目とばっちり目が合った。その頬も赤く、きっとおれを睨みつける目にも力がない。

 なおもワキワキと指を動かしてにじり寄る夏樫に気がつくと、彼女は渋々といった様子で叫んだ。


「あーもう分かったわよ! 彼のこともまとめて助ける! それでいいでしょ!」

「ふふ、上手に言えたなあ冬壁ちゃん。まあ、大船に乗った気で安心してーな、雅紀クン……ちょいとがんばってもらうけどなっ」


 ヤケクソ気味な冬壁とにんまりする夏樫。

 相変わらず、場の空気を好きなように持って行くヤツだ。

 おれは廊下のタイルの硬さに音を上げ始めた膝を強く感じながら、呆れて息をついた。



 

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