あまりにもムダのないムダに手際のいい手つきで冬壁をいじる夏樫【アーカイブ版】
「いい、いつのまに?」
「あははー、飛び上がって喜んでもろてうれしーわ~」
初めて出会ったときよろしく机の上で足を揺らす
予想もつかないとんでもない登場に加えて、真っ黒いパーカーの背中に流れる髪の浮き世離れした純白さ。にっとつり上がった唇に、そして吸い込まれそうな深い黒い瞳。
思いっきり場の主導権を奪われた担任ですらあんぐり口を開けて立ち尽くしている。
芝居がかった手つきで両手を広げ、コケティシュに首を傾げる。
「やあやあ愉快な僕ちゃんにかわええお嬢ちゃん。改めまして、夏樫小雪、いうモンや。顔と名前と、スリーサイズだけでも覚えて帰ってや~ええと上からひゃ……むぐっ」
前をはだけたパーカーから覗く、これまた黒いタイトなタートルネックを張りつめさせる『質量』と『体積』に野郎どもの視線が集まるなか、教壇からすっ飛んできた冬壁が夏樫の顔面にアイアンクローを見舞う。
「なにアピールする気なのよア・ン・タ・は!! ムダに目立ってムダにそのバカデカいのを見せびらかしてんじゃないわよー!!」
青筋を浮かべる冬壁の剣幕をよそに、夏樫はへらへら笑い、
「えーやんか、これから仲ようする同級生やで? ちょっとくらいサービスしたってバチはあたらんて」
「風紀に悪すぎるのよアンタのサービスは!」
「ふふ、冬壁ちゃん~? それって~、”アンタのたわわはわたしだけのもの”ってことでおうてる~?」
「バカいってんじゃないわよ! 何で普通の転校生らしく振る舞えないわけ!?」
「ふふ、”転校生”って時点でみんなユニークなキャラ期待しとるもんやで~?」
「知らないわよそんなもん!」
突然漫才のようなやりとりを始めた二人に教室にいる全員があっけに撮られる中、夏樫は顔を掴んでいた手からするりと抜け出し、
――あまりにもムダのないムダに手際のいい手つきで冬壁の肩に手を回して、そのまま自分が腰掛けていた机に押し倒した。
「ちょっと、なにするのよ」
「んふ~、顔真っ赤にして怒る冬壁ちゃんがかわいいから、ごほうびあげよー思うて」
マウントポジションを奪われた冬壁がなにもできないうちに、夏樫はずいと身を乗り出して顔を近づけた。
わざとらしく頭の横に持ってきた手の指をワキワキと動かしてみせる。
横たわった冬壁の胸の上で、圧倒的な差のある、夏樫の言うところの『たわわ』が形を歪ませる。
「やめなさいよこんな教室のど真ん中で!!」
「人のおらん教室ならええんやな~?」
「あーいえばこー言う! あ、こら……」
「やっぱり、冬壁ちゃんはビンカンやな♪」
舌なめずりし、爛々と瞳を輝かせるその表情は彼女の恐ろしさを知っているおれでさえ生唾を呑むほど扇情的で。
は、いかんいかん、あいつは夏樫、あいつは夏樫。本物の死神や悪魔なんぞよりタチの悪い女だ。
我に返って頭を振ると、野郎どもは皆前屈みになって夏樫と冬壁を視線で穴が空くほど見つめている。
「おいおいなんだよあれ……なんだかエロいぞ……?」
「俺、新しい扉開きそう」
「いけ……脱がせ……」
そいつらの露骨な囁きに、さぞかし女子にはドン引きされているだろうと思って見れば、なんと少なくない数の女子が目にハートを浮かべているもんだからたまげた。
夏樫が冬壁の耳たぶや唇にじっくりと指を這わせ、そのたびに冬壁のスカートから伸びるすらりとした脚がこらえきれないように震えるに及んで、ようやく自分を取り戻した担任が叫んだ。
「な、なにをやっとるんだ!! そういうことは家でやらんか!! 早く離れてそこ、席に着かんか!! それに夏樫!! 制服はどうした!!」
いや、家であればいいとは教師が言ってもいいのか……というのは野暮というもんだろう。
「あははーすまんなあせんせー、ウチ制服ないトコから来たもんやから~」
荒い息をつく冬壁から身を起こしながらしれっと言ってのける夏樫。
同時に、示し合わせたようにチャイムが鳴る。
「ちゅーわけで、短い間やけどウチらをよろしゅうな!」
にんまりする夏樫に、誰からともなく拍手がおこった。
それに紛れて、極小ボリュームのやりとりがかすかにおれの耳に届いた。
「……あのコンビなら最高に……けるの撮ってくれるだろ」
「ちげえねえ、もっと過激に絡んで欲しいぜ」
一人は杉田の声だ。おれはそっちを見ないで耳をそばだてた。どうやら朝から大変刺激的なコミュニケーションを見せつけた夏樫と冬壁の写真を依頼するヤツと、需要と儲けを予想し例の盗撮魔に送る依頼をまとめている連絡役の杉田の会話のようだ。
つまり、これからあの超次元のカメラの餌食になるのはあの白黒と黒白ということになるのだが。
クラスじゅうの好奇の視線を受けながら手を振って笑みを振りまく夏樫と、さんざんいじられた唇を押さえて顔を赤らめる冬壁に目をやる。
冬壁からはキッと刺すように睨まれ、夏樫はその笑みを意味深に歪ませた。出会ったときの、ドクロを思わせる笑顔に。
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