第22話 蒼真の狙いと消える魔物

 弘祈の奏でる『パッヘルベルのカノン』が、蒼真の背中を押すように鳴り響いている。


(よし、これに賭ける!)


 あることに気づいた蒼真は、光をまとった剣を手に、改めて魔物の方へと駆け出した。


 両足の生えた魔物は蒼真を迎え撃つつもりなのか、その場から動くことなくどっしりと構えている。まるで相撲の力士のようだ。


(ここからだ!)


 魔物に剣が届きそうなところまで来た蒼真は、素早く腰を落とすとそのままの低い姿勢で剣をぐ。


「ソンナ攻撃ガ効クモノカ」


 魔物は余裕ありげに嘲笑あざわらうと、正面を狙った蒼真の攻撃を後ろに飛びのいて簡単にかわした。さらにそこから身体を回転させて、またも尾びれを叩きつけようとしてくる。


 腕がないのだから、きっと攻撃手段は尾びれくらいなのだろう。これまでの攻撃を見てもそれは明らかだ。他にあるとすればせいぜい体当たりか、足を使った蹴りくらいのものか。


 そう考えていた蒼真が、にやりと口端を持ち上げる。


(予想通り、また同じ攻撃で来た!)


 心の中で思わずガッツポーズをしてから、尾びれの攻撃を剣で容易たやすく受け止める。


 弘祈のヴァイオリンのおかげか、攻撃を受けても剣が折れることはない。ただ相手のうろこも硬すぎて、互いの力が拮抗きっこうしているような状況だ。


 このままではらちが明かない。


(ここからが本番だ!)


 魔物の尾びれを受け止めている蒼真は、そのまま剣を滑らせるようにして、攻撃をいなしながらさらに魔物に迫る。


 今、魔物の身体は横を向いていた。大きな目玉は蒼真を見ているが、おそらくすぐに体勢を正面に戻すことは難しいだろう。

 その間に、蒼真は魔物の胴体へとまっすぐに走る。


 やはり魔物は体勢を戻そうとして、尾びれを引っ込めた。今度は身体が逆に回転する。


 蒼真はその視界から消えるようにまたも姿勢を低くすると、すぐさま流れる指揮のような動作で剣を地面と平行に払った。狙ったのは魔物の太い足である。

 蒼真の狙い通り、光の剣が描いた軌跡は鱗がなく無防備だった足を傷つけた。


「ギャアァ!」


 途端に耳をつんざくような魔物の悲鳴が上がり、その場で横向きに倒れる。と同時に地面が大きく振動した。


(ここで『ヴォランテ』。飛ぶような、いや、実際に飛ぶ!)


 体勢を元に戻していた蒼真が、今度は全身のバネを使って大きく飛び上がり、空中で剣を逆手さかてに持ち替えた。


 両手でしっかり握ると、そのまま魔物の目がけて攻撃を試みる。

 重力に逆らうことなく、落下時の勢いも乗せて、全力で剣を突き立てた。


(よし、刺さった!)


 蒼真がほっとするなか、さらに魔物の悲鳴が大きくなる。だが、まだ魔物が消える様子はない。


(もう一息!)


 蒼真は悲鳴に構うことなく、えらをこじ開けるようにして、刺した剣の角度を変えた。

 やや斜めに、腹部の方へと傾けた剣。そこに残った力のすべてをつぎ込んで、さらに深くえぐるようにして思い切り突き刺す。


 剣先が向かった場所にはおそらく心臓があると、蒼真は踏んでいた。

 魔物は魚の姿をしている。つまり、心臓も魚と同じような場所にあるのではないかと考えたのだ。


(さあどうだ……!?)


 つかを握る両手に力を込めたまま、蒼真は動かない。


 魔物はもう声すらも出せないようだった。その全身から徐々に力が抜けていくのが、刺した剣から伝わってくる。

 上手く心臓に刺さったのかは定かではないが、どうやら急所をつくことはできたらしい。


 少しして、ゆっくりと魔物の身体が消え始めた。それを確認した蒼真が大きな息を吐いて、静かに剣を抜く。


 いつ何があるかわからない。完全に消えるのを見届けなくては。

 蒼真は乱れた息を懸命に整えながら、消えていく魔物の姿をじっと見つめる。


「よし、終わったぁ……」


 しばらくして影も形もなくなったのを見届けてから、ようやく安心したようにその場に座り込んだ。


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