第17話 消えた魔物と倒れる弘祈

「くそっ! 弘祈、待ってろよ!」


 遠くに飛ばされた弘祈は、地面に横たわったまま動かない。

 蒼真のいる場所からでは、生きているのか、または死んでいるのか、それすらもわからなかった。


 すぐにでも弘祈の元に向かいたい蒼真だが、目の前にはまだ魔物がいる。先ほどよりも少し離れた場所にいるが、その双眸そうぼうは確実に蒼真を狙っていた。


 まるで「弘祈のことはもうどうでもいい」とでも言いたげである。その様子に、蒼真の心がざわついた。


(今は『ラピード』……急いで、速く! さっさと倒して弘祈のとこに行かねーと!)


 一刻も早く弘祈のところへ行かなくては、と気がはやる。けれど、焦ってはいけないことも頭のどこかでよくわかっていた。


(そう。急いで、速く。だけど焦っちゃダメだ! 今は目の前の魔物を倒すのが先だ)


 蒼真は「冷静になれ」と、必死に自分に言い聞かせ、剣を構え直す。

 そしてまっすぐに魔物を見つめた時だ。魔物が蒼真目がけて突進してくる。


 蒼真もそれに対抗するかのように、思い切り地面を蹴った。


「うおぉぉぉぉおっ!」


 雄叫びを上げて、魔物に迫る。


(まずは一拍目!)


 足を止めずに素早く剣をぐと、魔物はそれを腕で受け止めた。

 しかし皮膚が硬いのか、蒼真の攻撃はそれほど効いていないようだった。


(なら次、二拍目!)


 次には流れるように剣を振り上げ、両手でつかを強く握り込む。


(――からのラスト!)


 その勢いのまま、魔物の左肩を狙って頭上から剣を一息に振り下ろした。


「何っ!?」


 魔物がまたも腕で防御しようとするが、それは間に合わず、蒼真の剣が肩から腹にかけてまっすぐな軌跡を描く。


 わずかな静寂の後、魔物は低く唸るような声を上げながら、その姿を消していった。


 少しして完全に姿が消えると、そこには布に包まれたオリジンの卵だけが残される。


 手から剣を消した蒼真はすぐ地面に膝をつき、卵を拾い上げた。

 目視で簡単に確認をするが、とりあえず割れてはいないようである。


「……よし、無事っぽい」


 卵が無事だったことに安堵しつつ、今度は弘祈の元へと向かった。



  ※※※



 弘祈は地面にぐったりとへたり込んでいた。


「大丈夫か、弘祈!」


 そんな弘祈に、蒼真が慌てて駆け寄る。

 生きていて、どうにか起き上がれていることにはほっとした。


「……別に、これくらい平気だよ」


 蒼真の声に弘祈が反応して、ゆっくり顔を上げる。

 その顔は青白く、血の気が失われているように見えた。


「全然平気なんて顔じゃねーだろーが! 何で俺を庇ったんだよ! 任せろって言ったろ!」


 弘祈のおかげでどうにか魔物は倒せたが、危険もかえりみず自分を庇ったことに、蒼真は思わず声を荒げてしまう。


「でも、危なかったよね……?」

「だけど勝手に怪我なんてしてんじゃねーよ! お前が怪我したら卵に影響するかもしれないんだぞ!」


 呟くようなか細い声でそう答えた弘祈に、蒼真はさらに語気を強めた。


 もちろん蒼真にだって責めるつもりはない。むしろ助けられたのだ。心の奥底ではありがたいと思っている。

 ただ、武器も持たない弘祈を戦わせたくなかっただけだ。


 しかし、蒼真が弘祈に対して素直にお礼を言えるはずもなく、逆に乱暴な言葉ばかりが飛び出してくる。


「……うるさいな。そんなの僕の勝手でしょ」


 そんな蒼真に向けて、弘祈は不機嫌そうに答えると、さっさと顔を背けてしまう。


「お前……っ」


 蒼真がさらに文句を言おうとした時だった。

 弘祈の身体が大きく傾き、そのまま蒼真の方へと倒れてくる。


「ちょ、弘祈!?」


 蒼真はどうにかそれを支えたが、そこで弘祈の異変に気づいた。


 たまたま触れた手がとても熱い。昨日、指切りをした時の小指は冷たかったはずなのに。


 途端に嫌な予感がして、蒼真は焦り始める。


「おい、弘祈! しっかりしろ!」


 懸命に声を掛けながら、すぐに弘祈の顔を覗き込んだ。先ほどまで青白かった顔が、今は赤く火照ほてっているように見える。


 次に額に手を当てると、やはり熱かった。どうやら熱が出ているらしい。


 さらに、弘祈の右腕から血が流れていることに、今になって気づく。おそらく、先ほどの魔物にしがみついた時に怪我をしたのだろう。

 きっとその傷から何かしらの影響を受けたのだ、と容易に想像できた。それは毒かもしれないし、病気かもしれない。


「くそ、さっきの魔物のせいか……!」


 蒼真は吐き捨てるように言ってから、まだ抱きとめたままの弘祈の様子を改めて確認した。


 腕の中の弘祈は目を閉じて、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。


 どうしたものかとわずかに逡巡しゅんじゅんした蒼真だが、今の自分にできることは一つしか思い浮かばなかった。


(早く弘祈を連れて村に帰った方がいい)


 ふと、手に持ったオリジンの卵に視線を落とす。それは弘祈の状態を表すかのように、これまで見たこともない真っ赤な色に染まっている。


「少しだけ我慢してくれよ」


 蒼真はすでに意識のない弘祈と卵にそう告げると、すぐさま村に帰るべく、弘祈の身体を背負ったのだった。


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