第11話 綺麗な指揮と卵とのリンク・2

 今回の曲も昨日と同じく、『タイスの瞑想曲めいそうきょく』だった。


 蒼真の両手の上で、徐々に卵の色が変わっていく。

 青から白、そして最終的にはピンク色に変化したオリジンの卵に、二人はほっと胸を撫で下ろした。


 弘祈がヴァイオリンを手から消したのを確認して、蒼真は弘祈の方へと歩み寄る。


「綺麗な色になったな」

「うん、よかった」

「ほら、またしっかりしまっとけよ。絶対になくすんじゃねーぞ」


 そう言って、蒼真は卵の乗った両手を差し出した。


「わかってるよ」


 だが、弘祈が苦笑しながらそれを受け取ろうとした時である。

 オリジンの卵がするりと滑り落ち、二人は揃って「あっ!」と大きな声を上げた。


「おい、大丈夫か!?」


 すぐさま蒼真がしゃがみ込んで、草の上に落ちた卵を丁寧に拾う。弘祈も一緒になって地面に膝をついた。


 もし割れてしまったら、地球に帰れなくなるかもしれない。そんな嫌な考えが頭をよぎる。それに卵の中身も心配だ。


「大丈夫かな……」


 不安そうに顔を青ざめさせた弘祈も、きっと同じことを考えたのだろう。


「ほら」


 蒼真が拾った卵を改めて弘祈に渡す。もちろん、今度は落とさないようにしっかり気をつけてだ。


 それから、蒼真と弘祈は卵の状態を確認し始める。二人であちこちの角度から細かく見ていった。


「割れてはいないみたいだけど……」


 弘祈が言った通り、確かに割れてはいない。色がピンクから黄色に変化しているくらいで、そのことには安堵する。


「いや、弘祈よく見ろ。ここに小さな傷がある」


 しかし、殻にはとても小さなものではあるが、傷がついていたのだ。


「……ホントだ」


 弘祈が息を呑んで呟いた時だった。

 何気なく蒼真の視界に入った弘祈の右手、その甲にあるものに蒼真は目を見開く。


「おい、その怪我どうした?」

「怪我?」


 蒼真に指差され、弘祈は自身の手の甲に視線を移した。


 そこには斜めに細い切り傷のようなものがついていて、薄くではあるが血が滲んでいた。怪我自体は特に酷いものではないが、少し痛そうに見える。


「さっきまではなかったよな?」

「うん、こんな傷なかったと思うよ」


 弘祈が正直に答えると、蒼真は顎に手を添えてうつむいた。

 しばしの間考え込んでいた蒼真だが、ふと何かに気づいたように顔を上げる。


「まさか、卵……? 弘祈、すぐに説明書出してくれ」

「わ、わかった」


 弘祈は言われた通り、すぐさまかばんから取扱説明書を引っ張り出した。

 それをひったくるようにして受け取った蒼真がページをめくる。

 あるページで手を止めると、声に出して読み始めた。


「『簡単に割れるようなものではありませんが、親として卵とリンクしている者は気をつけてください』って書いてある。きっとこれだ」

「つまり、卵に何かあるとその親にも影響するってこと?」

「多分そうなんだろうな。だからさっき卵に傷がついた時、弘祈の手にも傷ができたんだ。きっと精神的な繋がりはなくても、身体的には多少繋がってるってことなんだろ」


 弘祈が首を傾げながら問うと、蒼真は真面目な表情で頷く。


 今回は卵についたのが小さな傷で済んだおかげで、弘祈も大きな怪我にはならなかったのだろう。


 だが、もしこれから先オリジンの卵が割れるようなことがあれば、その親である弘祈に一体何が起きるか。


 それは蒼真に不穏なものを想像させた。


 考えたくもないのに思わず最悪の事態を考えてしまい、途端に背筋に冷たいものが走るのを感じる。

 ただの知り合い程度だから別にどうなろうと構わない、とはさすがに思えなかった。


 蒼真は思わず両手で口を覆うと、浅い呼吸で息を呑み込んだ。


 そんな蒼真の様子に、弘祈が不思議そうな表情を浮かべる。


「どうしたの?」


 そのまま顔を覗き込んできた弘祈に蒼真ははっとして、すぐにいつもの笑みを貼りつけた。それは少し引きつっていたかもしれないが、気づかれないことをただ祈る。


 どうやら、弘祈は最悪の事態についてまだ考えが至っていないようだった。

 ならば、このことはきっと本人には言わない方がいい。


「いや、何でもねーよ。少し疲れたのかも」

「そうだね、蒼真はさっき戦ったばかりだもんね」

「ああ、だからちょっとだけ休んでもいいか?」


 ごまかすようにそう告げると、弘祈は「もちろん」と素直に頷いた。


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